完璧な記憶の陥穽

(泰継×花梨  ゲーム本編中背景)


思い出すこと――
忘却を知らぬ私にとって、これはたやすいことだったはず。
だがなぜか今、私の記憶の中に空白がある。

なぜだ………なぜ私は思い出せない………。
常ならば、その時、その場所に再び立ち戻ったと同じように、
周囲のものを見、音を聞き、匂いを感じ取り、暑さ寒さや
素足に触れた地面の微細な感覚までも、私の中に再現できるというのに。

そうだ。やり方を変えてみよう。
前後に起きたことは、全て記憶している。
空白の一点ではなく、もう少し前から記憶を辿ってみるのだ。

今朝――神子が降ってきた。
その時、私は…………

………いや、これでは空白の刻に近すぎる。
もっと前から思い出した方がよいだろう。



―― 記憶再生開始 ――


今朝、私は神子を迎えに行った。
いつものように紫姫に取り次ぎを頼むと、神子は蔵にいると言う。
その時の会話は…………これは関係ない部分だ。
飛ばそう。

→→→ 記憶早送り

蔵の扉は開け放されていたので、外からでも神子のいる場所はすぐに分かった。
背の高い棚の上で爪先で立って、何かを探しているようだ。
どうやら、あそこまでよじ登ったらしい。

→→ 記憶通常再生

「神子、迎えに来た」

私が声をかけると、神子はこちらを振り向いた。
「おはようございます、泰継さん」

だが、下りてこようとはしない。

まだ用向きを終えていないからだろうと判断し、
「手助けは必要か、神子」
私は棚の下まで行って尋ねた。

すると、なぜか神子は動揺し、着物の裾を押さえた。
「や、泰継さん! なぜ来るんですか!」

「助けが必要かもしれぬと考えたからだ。
神子が望むなら、そこまで飛ぶが」

「い、いいです! だからこっちを見上げないで下さい! ……ん?」
神子は何かに思い至ったように言葉を切った。

「どうした、神子?」

すると神子はどこか安堵したような表情でにっこりと笑った。
「蔵の中って暗いから、私のこと、はっきり見えていませんよね。
ちょっと焦っちゃいました」

神子は私の能力について、誤った認識を持っている。
訂正しなければならない。
「いや、暗くても私には問題ない。神子の姿は隈無く見えている」

私が答えたとたん、神子は……

ここからが重要だ。

→→ 記憶コマ送り再生


「きゃっ!」と叫んで

飛び上がり、

再び両手で着物の裾を押さえ、

着地と同時に身体の均衡を失い、

足を滑らせた。

そして私の上に、降ってきたのだ

………精査したが、ここまでの記憶に欠落はない。
となれば、やはり問題なのは次だ。

神子を受け止めようとした私の視界に、
神子の後から落ちてくる筺が映った。
そしてさらに、積み上げられていた別のものも
神子の落下の巻き添えになって崩れようとしている。

→ 記憶スロー再生

最初に対処すべきは、神子と筺だ。
瞬間的に見積もったところでは、
その筺だけで私の陰陽師としての報酬の十年分ほどの値打ち。
中に何か入っているのかどうかまでは判断できなかったが、
こんな場合、先代ならば……(以下略)
とにかく、筺の落下→破壊も防がなければならないことだけは確かだ。
私は体勢を変え、左足を軸に身体を後ろに大きく反らせた。
その状態で右手右足を伸ばして筺を捕捉し、
何よりも大切な神子は、私の全身で受け止めた。

そして………

・・・・・・記憶断片化・・・


私の顔に
二つの菊綴が近づいてきて
柔らかくてよい香りのする
何かが
私の頬に



空白



落ちてきたはずの神子が、いつの間にか私の隣に立っていた。
「やっ泰継さん! 大丈夫ですか!? ぎっくり腰になったんですか!?」

この神子の言葉から後は、はっきりと記憶している。

「泰継さん、そんな恰好のまま固まってしまって、
いったいどうしたんですか!?
せめて返事をして下さい!!」

そんな恰好とは、神子と筺を受け止めるためにとった体勢のことだ。
なぜか私はその形のままで硬直していたのだ。

神子に言われて身体を起こすと、筺がゴトンと床に転がった。

「あっ! 紫姫の探していたのって、この筺かも!」
神子の声が聞こえて、私は筺の存在を失念していたことに気づいた。
そして、程なくして上から様々な物が落ちてくるであろうことにも
思い至ることができなかった。

私は初めて「忘れる」という体験をしたのだ。

さらに私は、次にどうすればいいのか、何を為すべきなのか、
全く判断できなくなっていた。

「泰継さん、上から物が……早く逃げないと!」
神子が叫んだが、私は動くことができなかった。

「神子……私は、どうしたというのだろう。
この状況に対処する方法は次々に浮かぶというのに、
どれもが私の脳裏をかすめて飛び去っていくのだ。
幾つもの方法から最善の一つを選ぶことが、これほど困難なのは初めてだ」

「ええと、泰継さんは『慌てている』んだと思います。
まず、この場所から離れましょう」

神子の言葉で私はすぐに動き、
なだれ落ちてくる有象無象から神子を守ることができた。


―― 記憶再生終了 ――


神子に教えられて、私は知った。
あの時の気持ちが「慌てている」という名であることを。

慌てたい。
私はもう一度、慌てたい。
あの時に感じた「慌てている」心地よさを再現したい。

だが、慌てられない。
慌てている感覚も再生できない。

だが……


   私の顔に
   二つの菊綴が近づいてきて
   柔らかくてよい香りのする
   何かが
   私の頬に


この部分をはっきりと思い出せば、私は再び慌てることができるはずだ。
原因は蔵に隠されているのかもしれない。
明日、調べに行こう。
神子と一緒に―――。



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思いっきり間違っている花梨ちゃんと泰継さんでした。

小説部屋の泰継×花梨は、今のところこのSSと翌日談だけですが、
リズ先生長編の中に、シリアスな継花エピソードがあります。
ギャグで泰継さんを書くは初めてなので、かなりドキドキしました。
おバカな話ですけれど、少しでも笑ってもらえたらうれしいです。


2012.10.24 ブログ「小ネタ」にアップ   2013.02.18 加筆・修正して[小説]に移動