つかれた男

「1」オールキャラ  ゲーム本編・第6章〜背景



「龍神の神子が封印の力を手に入れたか。
ついにあの怨霊を使う時が来たようだ」

「あ……あれ…を使うのですか。
しかしお館様、あの怨霊は……」


    * * * * * * * * * *


「た、大変ですわ、神子様」
「どうしたの、藤姫?」
「屋敷の前に、怨霊が現れたのです」
「ええっ!? で、誰か襲われたの?」

「武士団の者が見張っていますが、
怨霊は今のところ何の動きも見せていません」
「しかし怨霊も、こんな時に出て来るなんて災難だな」

「へへっ、天真の言う通りだぜ!
このイノリ様が屋敷に来ている時に現れるなんてな」
「ええと……八葉のみんなも全員揃っているしね」

「神子殿、手勢が多いとはいえ、油断は禁物です。
これもおそらくアクラムの仕業に違いないかと」
「少し肩の力を抜いたらどうだね、鷹通。
あまりあれこれ考えすぎては疲れるだけだからね」

「あ……あの…神子。
私ではお力になれるかどうか分かりませんが
精一杯お助け」「無駄口は要らぬ。行くぞ」


みんなは怨霊がいるという場所へ急いだ。
しかし―――

「え、ええと……怨霊はどこ?」
「もう逃げ出したんじゃねえのか」

「見えぬか、神子。あれだ」

「え……?」

「神子殿、目を凝らして向かいの塀をご覧下さい」

「………あっ……そういえば……」

「見えるかい、鷹通」
「あそこに、薄い影のようなものがありますが」

よくよく見ると、影の薄いその怨霊は、
通りに背を向け、塀の前で膝を抱えて座っている。
周囲が、どんよりと暗い。

「神子殿はお下がり下さい。
まずは我々が怨霊の力を削ぎます」
「はい、みんなよろしく頼むね」

背後のあかね達の声が聞こえているのかいないのか、
怨霊はうずくまったままだ。

頼久が剣を抜き放っても、怨霊は動こうともしない。

「待って下さい!! 頼久さん!!」
剣を振り上げた頼久に、あかねは思わず声をかけた。

「神子殿?」
「神子、なぜ頼久を止める」

「だって、無抵抗の人に後ろから斬りかかるなんて」

「人……じゃないけどな。
ま、お前の気持ちは分かるぜ」
「おう、オレもだ。
怨霊相手でも、堂々と真っ向勝負で行くのが男だ!」


    * * * * * * * * * *


「龍神に選ばれた神子といっても
しょせんは愚かな小娘。
八葉があれを攻撃するのを許しはしないだろう」
「……神子の優しさを利用なさるのですか」

「優しさなど、戦いの場では愚かさと同じだ」
「しかし、繰り返しますがお館様、あの怨霊は……」


    * * * * * * * * * *


「斬りかかるのがだめなら術を撃つ。
急急如律令……」
「やめて泰明さん! そういうことじゃないんです!!」
「うるさいなあ……」
「神子の言うことは分からない。
なぜ怨霊をかばう」
「わけ分からないのはあなたたちの方でしょ……」
「だって、この人さっきからずっと後ろ向きのままで」
「俺達のことシカトしてるよな」
「はぁぁ〜疲れる……」

「神子、あ、あの……この方が何か仰っているようですが…」
「え? この方って……怨霊が?」
「あ、気づいた……放っておいてくれてもよかったんだけどっていうか 黙って斬りかかって封印とかしてくれてよかったんだけどああ〜〜〜めんどうくさい疲れる頼むから 話しかけたりしないでくれるかなあ」
「ねえ、怨霊さん」
「ああああああああああだーかーらー」


    * * * * * * * * * *


「お館様、あれは気力の無い怨霊では」
「そうだ。最大気力五百三十のしょうけらより、
気力が五百三十も低い」

「気力が無い上に、性格も少々難ありかと」
「甘いな、イクティダール。
少々ではなく多々だ」

「手持ちの怨霊の中では最弱な上に、
たとえ神子が同情したとしても八葉の反感を買うのは必定。
………っ! もしやお館様は」

「やっと気づいたか。
神子がすぐにあれを封印しなければ、それが命取りとなる。
なぜなら、あれには………」


    * * * * * * * * * *


怨霊は後ろ向きでうずくまったまま、
小さな声でぶつぶつと言っている。
「人と話すのって疲れるじゃないですか面倒だと思いませんか ここに座ってるのも疲れるから攻撃してくれてかまいませんよ そもそも生きてるのが面倒だし生きてないけど」

あかねが毅然として進み出た。
「そんなことない!!
あなたにも、きっと生きる希望や喜びはあるよ!!」

「神子殿、さすがにそれは前向きすぎるのでは」
「たいしたものだね、神子殿は」
「あの……怨霊殿、私のつたない読経でよろしければ」
「ならば、その怨霊をどうするつもりだ、神子」

「え、ええと……
……すみません、まだそこまでは考えてなかったです」

とその時、怨霊がふらふらと立ち上がった。
「ああもう〜〜〜仕事が増えたじゃないですか」

「怨霊! 神子殿のお優しい言葉に対して何という失礼な態度を!」
「見かけ通りすっげー後ろ向きなやつだな」
「オレ、いらいらしてきた」
「ずいぶんこじらせてるね」

その時、異変を察知した泰明が叫んだ。
「神子、逃げろ!」

影の薄かった怨霊の姿が、さらに薄くなっていく。
「みんな〜〜もう遅いですよ〜〜〜さっさと封印するか放っておくかしてくれればよかったのに 誰に取り憑こうかなあ〜〜〜〜」

「禁呪符陣!!」
「ひょういぃぃぃ〜〜〜〜〜」

そして怨霊は消えた。

泰明の術で消えたのか、
それともこの場の誰かに憑依したのだろうか。

みんなは顔を見合わせた。


    * * * * * * * * * *


「お館様、あれに特殊攻撃をさせるということですね」
「そうだ。あれは憑依しかできぬ上に、なかなか能力を発動させない。
だが、周りがあれこれうるさいと、
人に取り憑いてその場を逃げ出すのだ」

「逃げるための憑依とは、あくまでも後ろ向きということですか」
「面白いではないか、イクティダール。
あれに取り憑かれても、本人には自覚がないのだ。
だが、次第に心を乗っ取られてやる気のない人間になっていく」

「つまり、八葉の一人がやる気を無くしてしまい、
そうなれば、我々との戦いもこれまでのようには行かなくなる……。
お館様、完璧な計画です」

「戦いとはこうするものだよ、イクティダール」


    * * * * * * * * * *


「じゃあ、みんな、また明日ね」
あかねがにっこり笑って手を振った。

泰明が怨霊の気を探ったが、
自身を含め全員、何も見つからなかった。
だが元々影の薄い怨霊ゆえ、
気が極めて微弱で察知できないだけかもしれない。

つまり誰かが憑依されている可能性は依然として残っている。

だが「誰」なのかが分からない以上、ここでこうしていても始まらない。

なので今日はこれで解散。
各自はそれぞれの務めに戻ることになったのだ。

「承知しました」
「頼久と詩紋の様子は俺が見てるから、お前は安心してろよ」

「じゃあ、天真の様子はあかねが見るのか」
「あかねちゃんは休んでいて。
天真先輩のことはボクが気をつけてるから」

「私の身に異変が起きたら、すぐに神子殿にお知らせします」
「こんな時も真面目だね、鷹通は。
あの怨霊が間違って鷹通に憑依したなら、さぞ居心地が悪いことだろう」

「あ、あの……友雅殿、そのようなことを仰っては……。
鷹通殿のように優秀な方に万一のことがあったなら、
多くの方々がお困りになるのではないでしょうか」
「では永泉は自分が取り憑かれるのがいいのか?
後ろ向きなところが似ているからか?」


    * * * * * * * * * *


「誰が憑依されたか分からない、とは面白い趣向だと思わないか」
「八葉は、いや、龍神の神子さえも、
互いに疑いの目を向け合うことでしょう」
「龍神の神子が熱心に築いてきた絆とやらが、
いかばかりのものか、ゆっくり楽しませてもらうとしようか」


    * * * * * * * * * *


そして翌日、八葉は再び土御門に集まった。

最後にやって来たのが友雅だったが………

「どっどうしたんですか、友雅さん!?」

「こっこれは……友雅殿に……」
「マジかよ。後光が……差してる」

「いや、この光は私のものではないよ」
そう言って友雅は艶やかに微笑むと、後ろを振り向いた。
「さあ、出てきたまえ。
君の行方を皆が心配していたのだからね」

「は〜い♪」
元気のよい返事と同時に、
「あの怨霊」が神々しく光り輝きながら現れた。
顔にはなぜか、鼻血の跡がある。

「わっ! こいつ、すっかり変わってるじゃないか」
「でも、昨日の怨霊だよね」

すると怨霊は、にこにこ笑いながら大きな声ではきはきと答えた。
「この人のおかげで、元々生きてなかったけど生まれ変わったんです♪
それでこの通り、成仏できちゃいました〜♪」


「へ…………?」←友雅以外全員

「どうやら、憑依されたのは私だったようでね」
「そ…それは分かりましたが、
友雅殿はどうやって怨霊を成仏させたのですか」

「そんなことが私に分かると思うのかい、鷹通。
私はいつも通りにしていただけなのだが、彼にはとても刺激的だったようだ。
言えることはそれだけだよ」

「うわ〜〜〜っ♪
あれがいつも通りなんですか? 本当ですか!?
あのめくるめくスバらしいシアワセで×××で××な×××…がぁぁぁっ♪
あんな体験ができたなら、もう思い残すことなんてありません。
自分にも赤い血が流れてるんだって実感できて、
ああ〜〜生きてるってステキなことだったんだなあって……♪」


「ええと、友雅さん、怨霊さんは何の話をしてるんですか?」
「内緒。
さて怨霊くん、みんなにも挨拶できたし、もうこれでいいかな」

「は〜い♪ じゃあみなさん、さようなら〜〜〜〜♪」

「さようなら、怨霊さん」

手を振るみんなに笑顔で答えながら、成仏した怨霊は天に昇っていった。

「なあ、天真、オレには何であいつが成仏したのかよく分からねえ」
「生まれて初めてモテたってことだろ」
「よほど堪えていたんだね」
「何だよ詩紋、お前には分かるのかよ」
「んーーーー、何となく」

「怨霊殿が無事成仏できて、本当によかったと思います。
友雅殿には御仏のご加護があったのでしょう」
「成仏の術はお師匠の教えの中に無い。
友雅、後で方法を教えろ」


    * * * * * * * * * *


こうして、アクラムの企みはあっけなく阻止された。

「怨霊を成仏させるとは、
なかなか楽しませてくれるな、龍神の神子」

そしていつもの通り敗因分析のないまま、
アクラムは次なる戦いの準備にいそしむのであった。



めでたしめでたし♪




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こじらせた状態でも成仏確定後も
どちらもイラッとさせる怨霊くんでありました。

しかし左近衛府少将の日常とはどれだけ「刺激的」なのでしょうね。

「おまけ」は短いですが、よろしければどうぞ。
七夕更新ができなかったため、ついカッとなって書きました(笑)。

2016.07.08 筆