この話は、無印「遙か3」の、熊野・龍神温泉での
譲の恋愛必須イベントを下敷きにしています。
星空を眺めながら、望美と有川兄弟で夏の星座について話す、あのイベントです。




今だけは



満天の星。
降るような星空って、こういうのを言うんだろうな。
こんなんで、星座なんて、見つかるのか。

こんなにたくさんの星、プラネタリウムにでも行かねえと 見られなかったよな。

こっちに来たばかりの頃は、この夜空だけでもずいぶん驚いたっけ。

「星を見て、占いか、将臣」
「ああ、知盛か。ま、そんなところだ・・・」
「くっ、もう少しましな戯れ言は言えないのか。
宴の席を抜け出して何をしているかと思えば」
「苦手なんだよ、ああいう席は」
「女たちが捜していたぞ」
「歌を詠めなきゃ話にならねえんだろ。結構なシステムだぜ」
「そうとは・・・限らんさ。お前にその気がないだけだ」

「将臣殿、兄上も・・・こちらにおいででしたか」
「なんだ?今夜の主賓がこんな所に来てどうするんだよ」
「経正殿と敦盛殿が楽を奏して下さるそうです。
お二方とも釣殿にいらした方がよろしいのではと」
「あの二人、風流を絵に描いたみたいだよな」
「宴に音曲は欠かせぬ、か。だが使いの者を寄越せばよいものを、
勝ち戦の将自ら足を運ぶとは・・・くっ、その顔、不満げだな、重衡」
「・・・・兄上」

「確かにな。凱旋してきたってのに、あまり嬉しそうには見えねえな」
「いえ、そんなことはないのです。勝ち戦は喜ばしい・・・。けれど」
「将臣、星占をしていたのだろう。この重衡の浮かぬ顔、星のご託宣によれば何故だ」
「んなこと、冗談だって言ったのはお前だろ、知盛」
「そうだな。託宣など必要ない。勝ち戦が実は負け戦だったとあれば・・・な」
「おい知盛、お前の言い方ヘソ曲がり過ぎ」

「将臣殿、あなたにお尋ねしたい」
「ん、何だ?」
「あなたが総大将であったなら、墨俣での勝利の後、どのようになさったでしょうか」
「重衡・・・俺は武士じゃねえんだぞ」
「もちろん存じています。けれど、此度の戦の大切さ、
将臣殿にはお分かりのことと」
「・・・・俺だったら・・・・、追撃すると思う。
今の平家にとって、戦略上の拠点での勝ち戦は貴重だ。源氏は東国支配を固めつつある。
俺だったら、その時間を与えずに突き崩す。墨俣合戦は、そのチャンスだった」
「ちゃんす?」
「絶好の機会ってやつさ」
「重衡の進言は、聞き入れられなかった。それが今の平家・・・か。
しょせん、滅びの運命は・・・変えられぬさ」
「兄上、そのようなこと」
「そんなことは、させねえ!!」
「将臣・・・」
「将臣殿・・・」


俺を呼ぶ声が・・・重なる。

「将臣くん・・・」
「兄さん・・・」

「あ・・・、ああ・・・、何の話だっけ?」
「もう、将臣くんたら、夏の星の話してる途中で急に黙っちゃうんだもん」
「悪い・・・、ちょっと、思い出したことがあってさ、」
「そんなにぼーっとしていたら、危ないんじゃないのか?
俺達と一緒だからいいようなものの」
「譲、俺を気遣ってくれてんのか?お前も大人になったな」
「よせよ、兄貴はどうせまた単独行動になるんだろ。
それなのにこの調子じゃ、先輩が心配するじゃないか」
「それって、かなり曲がりくねった心配の仕方だぞ」
「あ、あのね、だから、せっかくこの世界で三人一緒になったんだから、
もっといろいろ話そうよ」
「そうですね。この世界で再会できるなんて、大変な偶然ですよね。
もっとも、神子と八葉の間には絆があって、互いに引き合う・・・とか
白龍が言ってますけど」
「そのおかげで会えたんならラッキーだよな。きっと・・・、また会える」

涼しい風が吹き渡った。
望美の長い髪がなびき、夜気に混じってよい匂いが漂う。
さくっさくっと、土を踏む三人の足音。
星明かりの夜。
熊野の山が、薄明るい空に黒い影の輪郭線を描いて浮かび上がる。
遠い世界で、普通の学生だった三人。
今、異世界で違う星空を見上げて歩く。

あの後・・・重衡が星の伝説を教えてくれたんだっけ。
・・・こっちに来てから、ずいぶん時間が経っちまったな。
でも、こんな穏やかな夜は・・・久しぶりだ。
いや、望美や譲と一緒にいるからか、この静かな気持ちは。
今だけは・・・俺は幼馴染みで同級生で、本当の兄・・・だ。

木立の向こうに灯りが見えた。
「仲間」が待つ今宵の宿。

ん・・・?! 将臣の眼が、竹薮の奥に不自然な草の動きを捕えた。

「二人とも、先に中に入っててくれねえか」
「え?どうしたの、将臣くん」
「兄さん、また」
「察してくれよ、譲。緊急なんだ。そこの薮で、すぐすむからさ」
「何だよそれ、まるで子供じゃないか」
「ね、どうしたの?」
「行きましょう、先輩。兄さんはすぐ来ますから」

二人が家に入るのを見届け、ゆっくりと振り向く。
そこには、射抜くような眼光を放つ、別人のような将臣がいた。
竹薮をまわりこみ、奥へと分け入る。
「どうした、還内府はここだ。出てこい!」
押し殺した声だが、凄まじい威圧感。

その声に押し出されるように、刺客が姿を現した。
「覚悟!」
深く茂った草に足を取られもせず、素早く間合いを詰めてくる。
竹薮の中、動きの制約される将臣の大太刀は不利だ。

だが、将臣は微動だにせず太刀を下ろしたまま。
星明かりに、刺客の刃が光った。
瞬間、血しぶきが上がる。
重い大太刀の動きを、刺客は見誤っていた。
剣術を我流で学んだ将臣に、セオリーは通用しない。
一瞬、身を屈め、下から斜めに突き上げた将臣の剣は、
刺客の肩を深々とえぐっていた。

「無・・・無念・・・」
刺客はよろけながら竹藪の奥へと逃げていく。
「まずいな、仕損じたか」
後を追おうとする将臣に、
「恐れながら・・・拙者が」
低く声を掛けた者がいる。
還内府直属の平家の家人だった。

「ああ、お前か。よくここがわかったな」
「あの刺客めを中辺路で見つけまして、後をつけてまいりましたが
最後にまかれ、遅れをとってしまいました。申し訳ございません!」
「し向けたのは西国のどっかだろ」
「はっ」
「仕方ねえか。還内府の首が土産なら、前は平家側だったとしても
鎌倉の覚えはめでたくなるからな」
「拙者は・・・情けのうございます。今まであれほどに・・・」
「ここで嘆いててもはじまらねえぞ。それより、経正の方は」
「滞りなく進めているとのことにございます」
「そっか。あいつなら、大丈夫だな。焦ることねえから、少しずつやってくれ、と
伝えてくれるか?それより・・・」
「はっ!刺客は拙者がとどめを!」
「仕留めろ、確実に」
「御意」

家人は刺客を追って藪の奥に姿を消した。
刺客は相当の深手を負っているはず。遠くへは行っていない。
手練れのあいつが仕損じることはないだろう。

ほっとする自分がいる。
人を殺めろと、平然と命じる自分がいる。

俺の言葉で人が死ぬ。
敵・・・ばかりじゃない。
平家の人々も、関わりのない人達まで、まきこまれ、死んでいった。
俺の下した命令で、勝ち戦でも負け戦でも、
いとも簡単に、たくさんの命が奪われていく。

俺自身の手も・・・血に染まって、もう真っ赤だ。
手も足も震えず、心すら震えずに、ためらいもなく
俺は太刀を振り下ろす。
・・・家族があって・・・思い出があって・・・俺と同じように
生きたいと願う人間に向かって・・・。

そう、今だって、心臓の鼓動すら乱れていない。
こうして平然と、竹藪を出て、星空を見上げて・・・歩いている。
涙すら、流れない。

だから・・・俺は、帰らない。
あのなつかしい世界。
俺はもう、遠く離れすぎたから。

望美が・・・早く帰れると・・・いい。
あいつが無事とわかって、何よりうれしかった。
譲が一緒なら・・・・、まあ、少しは安心だ。

・・・・俺は、側にいて守ってやることができない。
あいつは、守られるだけの女じゃないが。

いつの間にか剣を覚えて、怨霊と戦っていると知った時には、心底驚いた。
だが、こっちに来て間もないってのに、あの剣の腕は、半端じゃない。
あいつも、覚悟を決めてるのか。
白龍の神子として。
時折見せる、遙か遠くを見つめるような、思い詰めた眼差しは・・・その現れなのか。

望美も俺も、変な役目になっちまったもんだ。
俺達平家が怨霊を作り出して、それをあいつが封印する。
そして封印された分だけ、平家もまた怨霊を作る。
何だか、自分のシッポをくわえ込んだ蛇みたいだ。

でもいつか、終わりは来る。
そして、俺は・・・俺達平家は、きっと生き延びてみせる!
歴史を・・・、変えてでも!

枝折り戸にかかる枝を避けながら庭に入ると、ごそごそと動く影がある。

咄嗟に太刀の柄に手を掛け、影の主を見て、ふっと息を抜く。

「なんだ、望美、探し物か?」
「あ、将臣くん、遅かったね」
「遅いのはお互い様だろ。明日は早く出立するんじゃなかったのか」
「うん。でも、髪のピンを落としちゃって・・・」
「ピン・・・て、お前がいつもつけてるあれか?」
「やっぱり無いと落ち着かないんだ。元の世界から一緒に来てくれたものだしね」
望美はその間も手を休めず、草の間を探っている。
「明るくなってからやればいいじゃねえか」
「だから、明日は早いでしょ。みんなに迷惑かけられないよ」

そんなことくらい、あの連中なら喜んで手伝うと思うぜ・・・。
そう口まで出かかったが、何も言わず、将臣もしゃがみこんで草むらを探し始める。

「将臣くん・・・もしかして手伝ってくれるの?」
「一人より、二人の方が見つけやすいだろ」
「何だか悪いね」
「昔っからだろ、お前のおっちょこちょいに付き合うのは」
「・・・そうかなあ?」
「そうかなあって・・・お前、自覚無さ過ぎ」
「・・・そうかなあ?」
「ははっ・・・」

木々が影を落とす庭は、星明かりも届かず足元もおぼつかないほど暗い。
二人は手探りで、さがし続けた。
「あ!これか?」
「あったの?!」
望美が将臣の手をとって、掌をのぞき込んだ。
「なあんだ、違う・・・」
望美はまた地面に向かおうとした。

土だらけになったその手は、ひどく冷たい。
将臣は自分の手の中に、望美の両手を包み込んだ。
「え・・・?何」
華奢で小さな望美の手。
だが、剣を握る掌も指も、固くなっているのがわかる。

「将臣くん、どうしたの?」
暗くて、望美の表情がわからない。
だからきっと、俺がどんな顔をしているのか、こいつにも見えていないはず。

「ああ・・・お前の手、ずいぶん冷たかったからな、暖めてやろうかと思ってさ」
「わ、私なら大丈夫、これくらい」
望美は慌てたように手を引っ込めた。
くるりと背を向けて、やみくもに地面に手を這わせる。

「照れるなよ」
「て・・・照れてなんかいないよ!」
「お前、意外と気を遣ってんだな。みんなの予定を変えないように、
こんな夜更けに、一人で寒い思いしながら探すつもりだったんだろ」
「うん。自分が不注意だったんだもん。仕方ないよ」
少し、鼻声だろうか?
「望美、寒いんじゃないのか?」
「全然・・・・・・っくしゅん!」

「やれやれ・・・」
将臣は上衣を脱ぐと、望美の肩に掛けた。
「将臣くん・・・?」
「こまめに洗濯ってわけにもいかねえから、ちっと汗くさいかもな。
でも、ないよりましだろ」
「ありがとう・・・暖かいよ。これ、将臣くんの匂いがする・・・」
今度は将臣が背を向けた。

「照れなくていいよ」
「照れてるわけじゃ・・・」
「さっきのこと、訂正する」
「さっきって、何だ?」
「将臣くんは、小さい頃からずっと、私のおっちょこちょいに、
こうしていつもつきあってくれてたんだよね。何だか、いつも一緒にいたから
当然すぎて、考えたこともなかった。ごめんね・・・」
「よせよ、改まって言われると、それこそ照れくさいぜ」

礼も詫びもいらない。
ずっと、一緒で、ずっと、見ていた。
ずっとお前を、守ってやりたかったから・・・。
脳天気なクセして、自分で全部背負っちまう。
こうと決めたらテコでも動かねえ。
いつも一生懸命な、そんなお前を・・・。

「うーん、見つからないね。庭じゃなくて、外で道に落としちゃったのかなあ」
「外となると、少し厄介だが、そういえば落としたのはいつだ?」
「さっき、将臣くんたちと一緒に帰ってくる時だよ。
この近くで風が吹いて、髪を直した時には、まだあったんだ」
「髪を留めるピンって、簡単に落ちるもんなのか?」
「ううん。今まで落ちたことなんてないよ」
「となると・・・、俺達、探す場所を間違ってたかもな」
「え?どういうこと」

遅い月が上ってきた。
枝折り戸の上に広がった枝の先に、きらりと光るものがある。
「これか?」
将臣は手を伸ばしてそれを取った。
「ああ!これだよ!!」
望美が嬉しそうな声をあげる。
「将臣くん、ありがとう」
こちらの心まではずむような声。
「もう失くすんじゃねえぞ」
将臣はピンを望美の髪に挿した。
「ああっ、そんな挿し方じゃ落ちちゃうよ」
望美はピンを押さえた。
将臣の指と望美の指が触れ合う。

その指は、まだとても冷たい。
望美が顔を上げ、将臣の指先をそっと握った。
「将臣くん・・・」
ためらいがちに、言いよどむ。
「どうした?」
望美は目の前にいるのに、その声が遠くから聞こえてくるような気がする。

「将臣くん・・・・私、今は聞かない」
「何のことだ・・・?」
「将臣くんがこの世界に来てからのこと、将臣くんが恩を受けた人達のこと」
望美の顔を月が照らす。

あの眼をしている・・・。
元の世界では見たことがない、透き通って、思い詰めたような眼差し。

「私達、重すぎるものを抱えているかもしれない。
でも・・・・決めた道を行くしかないから、
離ればなれになっても、きっとまた、会えるから・・・。
そして・・・いつか一緒に、元の世界へ帰ろう・・・」
望美の瞳が曇った。
「・・・将臣くんが・・・望むなら」

知っているのか?俺のこと・・・。
望美、お前の眼は何を見ている?

険しい将臣の視線に、望美は少し戸惑ったように笑った。
「ちょっと心配なんだ、将臣くんのこと。
だって、将臣くんて大ざっぱなクセに、何もかも自分で
背負っちゃうところがあるから」

「え?」
なんで、そうなるんだよ。
俺と同じこと心配してるのか?
将臣の表情がふっと和らぐ。

「それ、そっくりお前に返すぜ」
「ええーっ?私、将臣くんほど大ざっぱじゃないよ」
「つっこむ所が違うだろ」
「そうかなあ?」
「さ、もう中に入って寝ようぜ」
「そうだね、安心したら眠くなってきちゃった」
「じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
望美は奥の寝所に入っていった。


望美・・・俺も、今は聞かない。
お前が心に秘めている決意を。
背負っているものは、「白龍の神子」だけじゃないんだろ。

俺達は、もう違う道を歩き出してしまったんだろうな。
引き返せない道、どこに続くかさえ、わからない道を・・・。

だけど・・・
一緒にいられる今だけは、
お前の知っている有川将臣でいたい。

お前は、還内府の俺を知らなくていい。
冥府から蘇った小松内府重盛に、お前が会うことなどないのだろうが。

望美・・・。
俺は、帰れない。
あのなつかしい世界。
俺はもう、遠く離れすぎたから。

全てを終えたら、お前は帰れ。
譲と一緒に。
俺のことは、思い出だけで・・・十分だ。
春日望美が幸せでいてくれること・・・
それが、俺の・・・有川将臣の願いだから。


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あとがき


おかげさまで5000HITです。
管理人の心の赴くままに迷走するサイトにもかかわらず、
お見捨てなく幾度も訪れて下さっている神子様方、
本当にありがとうございます。

御礼に書きました、この将臣×望美SS、いかがでしたでしょうか。

前書きにもあります通り、龍神温泉のイベントが下敷きです。
譲くん対象なのに、こっそり横滑り・・・(苦笑)。
このイベントの背景を考えた時の切なさが好き・・・というようなことを
以前、日記に書きましたが、
それを何とか形にできないものかと、考えた末(←考えました。これでも)、
この話となりました。

「遙か・1」で、最初にコロッと参ったのが頼久で、
以来、天青龍の攻略は、地玄武と共に最後までとっておくか、
真っ先に突進するか、というのがデフォルトに。

決断の速さ、カリスマ性、大局的な視点、行動力、思いやり。
こうして並べてみると、理想の上司・・・みたいですが(笑)
将臣くんはどれをとっても、抜きん出ています。
黙ってあなたに憑いていきたい。

閑話休題・・・
ずーーっと先のことと思っていた5000打を越えることができましたので、
次は、サイト存続1年!を目指していきます!!

これからも、似たような調子で進んでいくことと思いますが、
どうか、よしなにおつきあい下さいませ。


・・・補足・・・
冒頭の平家の宴ですが、墨俣合戦の勝利を祝うものとして設定しています。
「十六夜記」に、重衡さんが墨俣に出向く、との会話がありましたので、
その辺りを思い出して頂ければと思います。

将臣くんが辿りついた「時」が、望美ちゃん達より3年前というのが、
とても大きなポイントですよね。
この半年分がなかったら、生前の清盛と会って、
平家に迎え入れられることも難しかったでしょうから。

平治の乱で、九郎さんの父をリズ先生が助けたことになっていることといい、
(この時点で義朝が史実通りに亡くなっていたら、
「遙か」の九郎さんの年齢設定だと、義朝の実子というのは不可能に・・・笑)
キャラ設定が縦横無尽なのとは対照的に、
時系列という点では、かなり細かい所までこだわっているなあ、と。