きっとお前を・・・




「また縁談話を蹴ったのか?」
「なあんだ、あんたか」
「父親に向かって、ずいぶんなご挨拶だな」
「楽隠居のあんたには、関係ない話だろ」

「副頭領も難儀だと思ってな。
いいヤツなのに、強面の役ばかりやらされて」
「いや、上手いもんだよ。この頃はあれで、けっこう楽しんでるみたいだしね」
「こんな恐ろしげなやつに、可愛い姫はやれねえってか。
確かにあいつなら、向こうが尻込みするわな、ははは」

「ま、こっちから断ったわけじゃないんだから、ってね」
「お前、本当にズルいな。俺の弟にそっくりだ」
「都合の悪いとこだけ、人のせいにするかよ。あんたの方がよっぽどズルいぜ」

「ふん、まあいいさ。でもな、隠居はしてても俺の目は節穴じゃないぜ。
お前、目当ては別ん所にあるんだろ」
「まあね。もうオレは決めてるからさ」
「ずいぶんと自信があるじゃねえか」
「ああ、とびっきりの花嫁を連れてくるよ」
「お前がそこまで惚れるとはな・・・・」
「だからあんたも、オレの姫君に、絶対に口も手も出すなよ」

「何だ、もう、そそくさと行っちまうのか。さては逢瀬の約束でもやっと、取り付けたか?」
「まあね、姫君がオレのために、きれいに着飾ってくれるそうだからね」
「カッコつけんな。おメエのためじゃねえ。熊野別当殿のため・・・だろうが」
「・・・っ!なんであんたがそんなことまで知ってんだよ」
「ははは、若造には秘密だ」


ヒノエは町に出た。

望美は着付けをすませたら、きっとみんなに姿を見せに来るはずだ。

外で出迎えて、一番にその姿を見るのはオレじゃないとね。
熊野別当のための晴れ姿なんだから。

潮の香のする町を、賑わう人の波を軽やかに避けながら歩く。

親父には、ああ言ったけど、自信なんて、ない。
自分でも、オレらしくないと思うけど、
望美、お前は、何を秘めて戦っているんだい?
一人でいる時のお前の眼は、海よりも、ずっと遠い彼方を見ているようで・・・。
姫君、お前の心は、今、どこにあるんだろうね。

でも、この戦が終わるまでに、お前がオレを、オレだけを見るようにしてみせるよ。

だから、もう少しの間、隠しておくからね。オレの正体は。
お前は、熊野に、源氏の味方になってほしいんだろ。
つまり、熊野の別当は単なる交渉相手ってこと。
そんな相手に成り下がるなんて、つまらないからね。
もっと、オレのことを知ってもらうまでは、ヒミツさ。


四つ辻に出た時、遠くの角を曲がっていく望美の姿が見えた。
「少し急がないといけないかな」
歩みを早めようとした時、

「ヒノエ様〜!!」
「きゃああ!!」
「やっと会えましたわ♪」
「また、熊野を離れていらしたの?」
「淋しかったですぅ」
娘達の群れにつかまってしまった。

「まずいね、これは・・・」

可愛い娘に、こまめに声をかけてきた成果というか、
つまりは、自業自得ではあるものの・・・・。
せめて、望美に見られていなくてよかった、と思うことにしよう。

「やあ、久しぶりに会ったけど、君たちの咲き誇る花も恥じらうほどのあでやかさには
思わず目を奪われてしまうよ。本当に罪な君たちだね」
「きゃああああ」
「以下同文」
娘達の黄色い声がとどろき渡る。

「ところでさ、気になってるんだけど・・・」
ヒノエは娘達の真後ろにある、店の辺りを指さした。
「あれは、いったい何なんだい?」
娘達が一斉に後ろを振り返り、
何もないことに不審がりながら元の場所を見ると、
ヒノエの姿は消えていた。

「きゃあああ!逃げられたわぁ」
「以下同文」


あの道を曲がったんなら、ここにもうすぐ来るはずだね。
娘達をまんまとまくと、ヒノエはもう先回りして、望美を待っている。

遠目でも、思わず息を呑むくらいに美しい姿だった。
早く、会いたい。

「でも、あんなにきれいな姫君が一人歩きなんて、変な虫が寄って・・・ん?!」
いくら、着慣れない衣装だからとはいえ、遅すぎないか?

まさか・・・・?!

ヒノエは走った。
風のような速さで通りを駆け抜けながら、途中の小路を全て確認していく。
その中の一つを覗くと、遠くの角を、鮮やかな色の着物が抱え上げられて、
ちょうど曲がっていくところだった。

ヒノエから笑顔が消え、その眼が鋭く光る。
めったに見せることのない表情。
「いるかい?」
「はっ」
ヒノエの言葉に、どこからともなく一人の男が現れた。

「水軍の連中を呼んでくれ。熊野の海を掃除しなくちゃいけない」
「承知!」

ヒノエは、望美を追って走る。
「悪かったね、姫君。オレが最初から迎えに行けばよかった」

浜辺への道を、飛ぶように駆け下りる。
「オレの正体・・・、知られてしまうね。でも・・・」

波打ち際の漁師に声をかけ、小舟を波間に押し出す。
「お前のことは、絶対に助けるよ」


青く澄み切った熊野の空と海。
ヒノエの小舟は彼方の船に向かい、進んでいく。









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あとがき



熊野で、望美がヒノエくんに助け出される話を
ヒノエくん視点から妄想した一編です。
やっぱり、書いていて、ますます惚れ直すキャラです。ヒノエくん♪
湛快さんも、好きなキャラなので、特別出演。


2006.11.13加筆