零零七番の転職




太陽がまぶしいぜ。
熊野って所は、俺には少しばかり明るすぎる。
海の青、木々の緑、どれもなぜ、これほど強く光るんだ。
俺の住む世界とはかけ離れたものばかりだ。

しかし、ここで働くのが俺の任務。
任務とあっては是非もない。
与えられた指令通り、動くだけだ。
俺は通称零零七番。凄腕の間者。
いや、正確にはお庭番だ。

え?
時代考証無視だって?
お庭番ていうのは、上様の後ろで踊っている・・・
って、それは腰元だろうが。

自分を語るのは得意じゃないが、
ここにあるのは、俺の戦いの記録・・・、
興味のあるヤツだけ、読んでくれればいい。


あれは、半年ほど前のことだ。

グワシッ!
両側から、腕をつかまれた。
「どこの間者だ?」
「ゆっくり話を聞かせてもらおうか」

熊野別当の弱点をつかむべく熊野で潜入捜査をしていた俺は、
不覚にも、悪名高い烏に捕まってしまったのだ。
家で待つ、可愛い六人の妻と一人の子供の顔が脳裏をよぎった。
あ・・・。上の一行は読まなかったことにしてくれ。
願望が少しばかり混ざっただけのことだ。

昼食時など、烏たちは俺の目の前でカツ丼を食う。
俺には親子丼だ。
なんて効果的な拷問だろうか。
その時の世間話で、俺を雇った国の領主が夜逃げしたことを知った。
とんだ、無駄骨だったな。
俺の胸に苦いものがこみ上げる。
いかん、胸焼けだ。やっぱりカツ丼じゃなくてよかった。
だが・・・人生に皮肉はつきものだ。
俺は胸焼けに耐え、前払い金の収支計算をしながら、
黙々と箸を口に運んだ。

尋問が始まると、俺は屈強の男達に取り囲まれた。
男達の眼には、諜報戦の世界に生きる者特有の、
暗く鋭い光が宿っている。

当然のように、尋問は苛烈を極めた。

「熊野に潜入するなど、大した度胸だな」
「おとなしく、もうとっくに分かっている雇い主と
いまいちよく分からない目的をしゃべってもらおう」
「素直に話せばよし。さもなくば・・・」

ふっ・・・何が「さもなくば」だ。
そんなことは、百も承知だぜ、坊や。
だがな、たとえ領主が夜逃げしようと、
雇い主の秘密は最後まで守り抜くもんだ。

俺は片頬でにやりと笑って見せると、
不適に言い放った。

「ごめんなさい。もう二度とこんなことはしません」
「声が小さい!!!」
「ごめんなさい。もう二度とこんなことはしませーーーん!!」


世の中というのは、分からないもんだぜ。
この時の俺の、大胆不敵な態度と、剛胆なハラの座りっぷりが
結構評判になったらしい。
俺は実力を認められ、今はこうして熊野のお庭番になっている。

え?時代考証?そんなこと言い始めたらこのサイトは全滅・・・
だからお庭をこうしてお掃除している。

熊野という国は、働く者達への福利厚生が充実しているので、
故郷から、可愛い六人の妻と一人の子供も呼び寄せた。
あ、いやその、上の1行はついクセで・・・。
妻には内緒にしておいてくれ。

心穏やかな生活。
しかし、それで鈍くなるような俺ではない。

今も、俺の心で警鐘が鳴った。
庭の奥で、何かが動いたのを、俺は見逃さない。
確かあそこは・・・!!!

行ってみると、そこは無惨にも荒らされていた。
落ち葉を集めて、芋を焼いていたところだったのに。
俺の・・・妻に隠れてこっそり食べる、楽しいおやつだったのに。

犯人は・・・わかっている。
後ろ姿が見えているから。
しかし、俺は犯人を咎めることができない。

長い髪を揺らして歩きながら、
美味しそうに焼き芋を頬張るその娘は、
俺の雇い主の奥方様なのだ。

「おや、姫君、お腹が空いたのかい?」
「うん、ヒノエくんもどう?庭に落ちてたんだけど、おいしいよ」

落ちてねえ!
明らかに、たき火ひっくり返したろ?
確信持って、焼き芋探しただろうが!!

「落ちている物を拾って食べちゃいけないよ、姫君」
「そういえばそうだね」

常識だろう、そういうのってさ・・・。
今さら納得するなよ。
てか別当様、あんたの奥方、何とかしてくれ!!

俺はきっぱりと心の中で別当に抗議した。









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ヒノエくんのお誕生日SS「零零七番の不運」に出演した、
間者・零零七番氏の後日談です。

熊野の烏に捕まってからの運命は、
誰も関知しないはずでしたが、
続きを、という言葉を頂きましたので、つい調子に乗って(笑)。
結果、どこがヒノ望だか・・・(苦笑)。

零零七番氏のキャラ設定は、
真宮の愛読書からの影響が大きいです。
ご存知の方はピンときていることと思いますが、
土屋賢二氏がお好き、という方、お友達になりましょう(笑)。
とはいえ、あのユニークさと面白さと皮肉っぽさには、
とうてい掠りもしていないのですが。


2007.4.7筆