さらば零零七番




太陽がまぶしいぜ。
熊野って所は、元間者の俺には、少しばかり明るすぎる。
海の青、木々の緑、どれもなぜ、これほど強く光るんだ。

しかし、ここでお庭番として働くのが、俺の任務。
いや、任務だった。
少し前までは。

今の俺は……

殉職したらしい。


俺の家からぞろぞろと出てくるのは、葬儀の列。
最初は、家族に何かあったのかと思ったぜ。

しかし、よくよく数えて見ても、可愛い六人の妻と一人の子供じゃなくて、
可愛い妻と六人の子供は、全員揃っている。

みんなが口々に、妻を慰めているようだし、
子供たちは「父ちゃ〜ん…ぐすっ」
とか言って泣いている。

つまり死んだのは、俺…ってことになっているようだ。

俺が閉じこめられていた間に。


あれが何日前のことになるのか、今となっては定かではないが……。


お庭番の朝は早い。
あ、一応断っておくが、お庭番というのは、
別当様のお屋敷のお庭を維持管理する役目のことだ。
ここのサイトの管理人が歴史に疎いので、
とんでもない間違いをやらかしたのでは、と
ドキドキしてしまった皆様、ごめんなさい。
俺が替わりに謝りますので、許してね。

と…話が逸れた。

ある朝のことだ。
俺はいつものように明け方に起き出すと、
庭の掃除を始めた。

その時、怪しい気配に気づいたのだ。
庭の端の植え込みが、不自然に動いた。
長年の間者としての経験が、俺に危険を報せる。

逃げよぉっと…。
そう思った時には既に遅く、
茂みから飛び出した人影が、俺の目の前にいた。
誰だ?!
しかし、男の顔を確かめる前に、
腹に、ものすごぉぉぉぉい、痛みが走る。

俺はその場に倒れた。
無理して立っていても、ロクなことはない。
幸いなことに、そいつはとどめを刺さずに逃げ、
俺はそのまま気絶した。

そして、目覚めた時には、真っ暗闇の中に寝かされていた。
痛む腹を、そっと触ってみると、布がぐるぐると巻かれている。
俺は、助かったんだ!
しかも、手当までしてもらっている!

しかし、喜んだのも束の間。

「おや、気がつきましたか」
暗がりから、男の穏やかな声がした。

この声の主が、俺を助けてくれたのか。

礼を言おうと思い、口を開いたとたん、
いきなり、苦い薬を喉に流し込まれた。

「ぐへっ苦っげぇっ」
しかし、恐ろしく強い力で押さえつけられて抵抗できない。

「もう少し、おとなしく眠っていてもらいましょうか」
そう言うと、穏やかな声の主は遠ざかっていった。
飲まされた薬は、眠り薬か痺れ薬かわからないが、
俺はまた気を失った。


そんなことが幾度か繰り返され、日にちの感覚も失った。
しかし今日、俺が気づいた時には、その男はいなかった。

そこで、俺はそこを抜け出し、
可愛い妻と六人の子供の待つ我が家に戻ってきたのだ。
そうしたら、何とこの俺が……というわけだ。


「俺は生きてるぞ〜」
そう叫んで、みんなの前に飛び出そうとしたその時だ。

「奥さん、これからのことは心配要りません。
遺族年金に、殉職の上乗せ分がありますから…」
水軍の副頭領が、妻に説明しているのが聞こえた。

そうか……
俺が殉職したことにしておけば…

俺はその場をそっと離れた。

この熊野とは、これでおさらばか。
短い間だったが、結構いい思いをさせてもらった。

年金の不正受給になるかも…と思うと、
俺の良心は痛んだが、
これで家族が安泰ならば、ヤクザな商売の父親は姿を消そう。


海岸に出る。

俺は立ち止まり、最後の仕事をすることにした。
痛む腹に、精一杯の力を込めて声を張り上げる。

「出てきていいんだぜ。ここなら、誰もいない」

すると、砂浜の老松の影から、ゆらりと男が現れた。
葬列に参加していた男だ。
俺が立ち去ると同時に、そっと列から離れ、俺を追ってきたのだ。

「お前は水軍の! …誰だっけ?」
「ちっ、正体がバレたかと思ったが、とんだ取り越し苦労だったぜ」
男の手には、抜き身の刀が握られている。
俺はといえば、しまった! 武器の類は所持していない。
不正受給が、正しい受給になるかも…と、ふと思う。

しかし、どんな時でも、俺は冷静さを失わない。
「ふっ、あの時とどめを刺さなかったのが、お前の誤算だったな」
余裕を見せたつもりだが、
目の前の相手は、男の哀愁とか、背中で語るとかの美学を理解しないようだ。

「誤算もクソもあるか!」
と、何の工夫もない平凡なセリフを吐くと、
俺に向かってきた。

ばっ!!
俺はしゃがみこむと、男の目に砂をかけた。

「うわっ! 痛いじゃないか! 卑怯者!
人の目に砂をかけるなんて、いけないんだぞ」

その時
「いけないのは、お前だ!!」
いきなり大声が降ってきて、男の身体が高々と持ち上げられた。

「副頭領!!」

「よお、零零七番、年金の不正受給もいけないんだぞ」
熊野水軍の副頭領は、俺に向かってにやりと笑った。
福利厚生関係の実務をこなし、荒事もこなす。
すごい人だ。
熊野は、人材に恵まれてるなあ。

「これで、裏切り者をあぶり出すことができましたね」
穏やかな声がして、あのアヤシイ薬の男も現れた。

初めてはっきりと姿を見るが、黒い外套に身を包んだ優男だ。
こいつが、あんなにすごい力の持ち主だったのか?
そして、副頭領の仲間?


話を聞かせてもらって、やっと俺は納得した。
俺は、おとりに使われたのだ。

熊野の内部情報を外部に漏らしている者がいることは
上層部の知る所ではあったが、
証拠を掴みかね、犯人を特定できずにいた。

そこへ、たまたま俺が、ヤツとばったり出くわした。
正体を知られたと思い込み、俺の口を封じようとしたまではよかったが、
人の気配に慌てて、とどめを刺さずに逃げたのが失敗だった。

この状況を熊野衆が利用しないはずがない。
一計を案じたのは、たまたま訪れていた、黒い優男の医者だった。

曲者に襲われて、俺が大怪我をしたとふれ込み、
その間、誰にも会わせない。

こうなると、犯人の不安はつのるばかりだ。
もし、俺が回復したなら、正体はばれるだろう。
もう既に知られているのではないか?
俺の葬儀が執り行われても、
実際に俺の亡骸を確かめるまでは安心できない。

というわけで、俺は自分の葬式の日まで、
万が一にもヤツに見つからないように
黒い医者の監視と保護の元に置かれていたのだった。

見張りがいなくなれば、俺が家に戻る…というのは想定済みのことで、
ヤツが葬儀に参列することも、計算通り。

神経過敏になっているヤツは、
遠くから葬列を見ている俺に当然の如く気づく。
そして……全てうまくいったというわけだ。


「父ちゃんっ!」
小さな子供が、俺に飛びついてきた。
痛っ…腹の傷が…
「父ちゃんっ!」
続けて五人。
「あんたっ!」
最後に重量級が一人。

俺は砂の上に吹っ飛ばされた。

「傷を治して、また働いてくれるよな」
副頭領が言った。
俺は、不敵に笑いながら答える。
「はい…よろしくお願いします」

「じゃあ、もうしばらく僕の薬を飲んで下さいね」
黒い医者が言った。
「泥水でも飲んだ方がましさ」
俺は心の中で、言い放った。









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ヒノエくんのお誕生日SSに出演した、
間者・零零七番氏の後日談です。
一発ネタではないので、少し長い話になってしまいました。

とことん不運な零零七番氏は、
今回かなり痛い目にあいましたが、
熊野は暮らしやすそう(笑)なので、
これからは、きっと穏やかな生活が待っていることと思います。

手練れのお庭番目指して、がんばれ!!


2007.11.10 拍手より移動