バースデー・ケーキ

(リズ×望美・現代ED後)



パタパタパタ… うんしょ…こらしょ… バタバタバタ… ウィィンウィィン…

望美は朝から忙しい。

そこへ玄関チャイムが鳴った。

「あ…先生だ♪」
望美の顔がぱっと輝く。
しかしそれは一瞬のこと。
「うう…どうしよう。まだ何もできてないや」

「どうした、神子。何か問題があるか?」
迎えに出た望美の様子に、リズヴァーンは案じ顔になった。

「先生、分かるんですか?」
「無論。神子がえぷろんをつけて家の中を走り回っているのだから、
尋常ならぬ状況だということは容易に想像がつく」

望美は慌ててエプロンを外した。
「すみません、こんな格好でお客様を迎えるなんて」
「私のことなら問題ない」

そうだ、先生にはちゃんと話して、お詫びしなくちゃ。

「あの…両親が寝込んでいて、
看病とか掃除とか洗濯とかに追われてしまって
先生のお誕生祝いのケーキが、まだできてないんです。
お招きしておいて待たせるなんて申し訳ありません」
ぺこり、と頭を下げる。

「ご両親が病?
そのような時に祝いなど、すべきではない。
私への気遣いならば無用だ」

望美はぶんぶんと首を振った。
「二人とも、先生のお祝いはちゃんとしなさい、って言ってます。
寝込んでいるっていっても、少し具合が悪いくらいで、枕から頭が上がらないだけですし」
「起きられないなら、十分具合が悪いと思うが、
ご両親が寝込んだ原因は何だったのだ、神子……」
「先生のバースデーケーキを試作したんです。
その味見をしてもらったら、ちょっと失敗作だったみたいで」

リズヴァーンは小さく呟いた。
「……私が…原因か」

それには気づかず、望美はにっこり笑った。
「今日こそ、失敗しないようにがんばります。
お掃除も終わりましたから、あとはケーキだけなんです」

そう言って、キッチンへ向かおうとした時、
大きな手が、そっと望美の頭に置かれた。
「先生…?」
その手の動くまま、リズヴァーンの胸に抱き留められる。
「神子」
「…はい」
いつになく大胆なリズヴァーンの行動にどきどきしながら、望美は返事をした。

「私のために、がんばってくれたのだな」
「だって…先生のお誕生日ですから」
「では、私も一緒にけえきを作ろう」
「…は…い………え?」

眼をぱちくりしている望美の前で、
リズヴァーンはエプロンを取り出した。

「先生、そのエプロンは…?」
しかし、リズヴァーンの厳しい眼差しに、望美は口を閉じた。
エプロンの紐を結びながら、リズヴァーンは決然として歩き出す。

「行くぞ、神子! これも修行と思いなさい」
「はいっ!!」


レシピ本を熟読すると、リズヴァーンはおもむろに準備に取りかかった。
「神子、まずは必要な道具をここに並べるのだ」
「はい」
「室温に戻しておく材料は、あらかじめ出しておかねばならぬ」
「はい」
「分量は正確に量りなさい」
「はい。これくらいかな…えいっ!」
「それでは倍量入っている」
「え? これくらいなら大丈夫かなあと」
「危険だ」

しゃかしゃかしゃか
「わあっ、先生すごい…! 泡立てがあっという間に…」
「おーぶんの余熱はどうした、神子」
「あっ! そうだった」

さっくりさっくり
「あっという間に混ざっていきますね」
「型の用意はできているか」
「あっ! 忘れてました」

「焼く前に一度型を落として空気を抜くのだ」
「頑張ります!! きぇぇぇっ!!」
「待ちなさい、神子。てえぶるに叩きつける必要はない」




「リズ先生が先輩の 家に入ってから、もうずいぶん経ってるよな」
「ん? そういや、そうだな。まだ悲鳴は聞こえないか?
…って、あのリズ先生がみっともない悲鳴なんて上げるわけねぇか」
先輩の手作りチョコで、 さんざん倒れてきたから、
もしかしてもう慣れたのかもしれない。残念だな…」
「慣れるなんて、できるもんなのか?
もしかしたら、黙ってばったり倒れてるかもしれねぇ」
「そうしたら、悲鳴を上げるのは
先輩の方 じゃないのか?
そんなことになったら、
先輩 がかわいそうすぎる。
リズ先生には、男の面子にかけて耐えてもらわないといけないな」
「面子かよ」
先輩に バースデーケーキを作ってもらうんじゃないか。
それくらいの代償は当然さ」





「わあ〜♪ いい匂い。きれいに焼けましたね」
「うむ。しかし、まだ完成ではない。
けえきには、飾り付けが必要なのだろう?」
「はい。ステキに仕上げたいです」
「神子はどのようにしたいのだ?」
「ええと、まず上下二段に切り分けて、間に生クリームとフルーツを挟みます。
真ん中っていうと、この辺りかな…」

「待ちなさい、神子」
いきなりケーキにナイフを当てた望美の手を、リズヴァーンが押さえた。
「けえきを切る刃も剣と同じ。
真っ直ぐに断つためには、刃も心も研ぎ澄まされていなければならない」
リズヴァーンは丁寧にナイフの刃を研ぎ始める。
「お料理にも、剣の心を忘れてはいけないんですね」
「よくぞ悟った、神子。
では、ここからが真剣勝負だ」

慎重に位置を決めると、リズヴァーンは真一文字にケーキを断った。
「わあっ!!」
息を止めて見入っていた望美が歓声を上げて手を叩く。
「では、神子の好きな果実を並べるといい。
周囲の生くりいむは私が塗ろう」
「はい!」


「うむ。これでだいたいの形はできたか」
「あとは、生クリームとデコペンで飾るだけですね」
「そうだな。上部の飾りは神子に頼もう」
「はい、やっぱり、『先生おめでとう』って、自分で書かないといけませんから」
「このけえきには、神子の心がこめられているのだな」
リズヴァーンは微笑んだ。

「がんばりますっ!」
むにゅ〜むにゅ〜む…にゅぅん

― 先生、お誕生日おめでとう!!! ―

「できました!!」
「感謝する、神子。お前はよくがんばったな。
では、文字の周りと側壁の飾りは私が施そう」




しばしの後……

有川家の玄関でチャイムが鳴った。

ピンポ〜ン♪
「ごめんくださ〜い」
「あの声は…」
先輩だ」
「助けを求めに来た…ってわけでもなさそうだな」
すぐ行きます、先輩!!!

有川兄弟が玄関に出てみると、そこには頬を上気させた望美がいた。
その手には、小さな箱がある。

望美は二人に、箱を差し出した。
「これ、先生のバースデーケーキなんだけど」
「うっ!」
げっ

「すっごくよくできたの。だからお裾分け♪」
望美はにっこり笑う。

こうなったら、全ての抵抗は無駄だ。
二人はおそるおそる箱を開けた。
と……

「うっ!」
わっ!

望美は不服そうな顔になった。
「何で驚いてるの?」

「うっ!美味そうじゃねぇかって言おうとしたんだ」
「わっ!わんだふる…と言いたかったんです」

望美は機嫌を直した。
「うん、本当においしいよ。
お父さんとお母さんも、これを食べたらすっごく元気になったんだ」

「毒味済みか。ならば一気に食うぜ」ぱくっ
「俺も食べます、先輩…」ぱくっ
「奇跡だな…」
これは…すごくおいしい

望美はにこにこしながら言った。
「私、すごくがんばったんだ。先生にほめられちゃった」

「…リズ先生が、お前が作るのを見ていただけ…ってことはねぇよな」
「もしかして、手伝ってもらったんですか」
「もちろんだよ。
あれ……?
よく考えると、先生がほとんど全部作ってくれたような…。
でも、私も道具を揃えたりフルーツ切ったりしたし…
うん、やっぱり私と先生の共同作業だね♪」


「ケーキの共同作業って…何かそれっぽくねぇか」
「不吉なこと言うなよ、兄さん。
それより、リズ先生は、余計な知恵が付いたみたいだな」
「ま、これだけ繰り返してりゃ、いやでも対策を考えるさ」
「意外と黒いよな、リズ先生も」
「お前の方が真っ黒だろ」
「兄さんこそ」







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リズ先生の生誕祝いでした。
いつまでも望美ちゃんの料理にぐふっ…としている先生ではないはず(笑)。
エプロンを用意しているところからして、かなり計画的です。
めでたい日なので、ちょっと趣向を変えて
ケーキ大成功!の話にしてみました。



2010.1.6 筆