妄想の日



「神子、尋ねたいことがある」
リズヴァーンが、海の方を見て言った。

半裸の人々がなぜ海辺に群れているのだろうか。
文月に入り、急激に増加したようだが」
「あ…ああ、あれは海水浴をしてるんです」
「海水欲?」
「海水浴です。半裸じゃなくて、ちゃんと水着を着ているんですよ」
「水着? 泳ぐための装束か」
「ええ、泳ぎやすいようにできてるんです」
「しかし、海に入らぬ者も多い」
「海辺で遊ぶのも、海水浴なんです」

「神子も、あの群に入ったことがあるのか?」
「はい。毎年夏には友達と来るんです。
目の前が海って、いいですよね」
「ということは、神子も水着を着用するのだろうか」
「もっ、もちろんです」
「神子は今年も、泳いだり海辺で遊んだりするのだな」
望美はにっこり笑った。
「はい。夏休みに入ったら、いっぱい遊びたいです」
「そうか…」

もやもや〜〜〜〜もやもや〜〜〜〜もやもや〜〜〜〜もやもや〜〜〜〜
神子が水着というものを纏ったなら……ぽっ
もやもや〜〜〜〜もやもや〜〜〜〜もやもや〜〜〜〜もやもや〜〜〜〜

一瞬、↑のようなことを考え、リズヴァーンは自らを厳しく叱りつけた。

私は何ということを思い描こうとしたのだ!
煩悩よ、去れ!!!

――しかし…
リズヴァーンの心に、さらなる妄想がわき上がる。

もやもや〜〜〜〜もやもや〜〜〜〜もやもや〜〜〜〜もやもや〜〜〜〜
私の煩悩は抑えられた(はずだ)
しかし、この海岸には、
きゃはきゃはと浮かれ騒ぐ軽薄な男が充満している。
彼らが美しい神子の姿を見たならば、
劣情のこもった視線を送るだけでは飽きたらず、声をかける者さえ現れるだろう。
もしも神子がそのような男達に囲まれたら…。
もやもや〜〜〜〜もやもや〜〜〜〜もやもや〜〜〜〜もやもや〜〜〜〜

「許せぬ!」
「え?…私、海に来たらいけませんか?」
「いや、神子の選択はいつも正しい。
選んだ道を行きなさい。
お前のことは必ず守るから、安心して遊ぶとよい」

そう言って、リズヴァーンは高い台の上にいる監視員を指し示した。
「神子が夏休みの間、私はあの役目をしようと思う」
「え?」
「神子に危機が訪れた時は、すぐに駆けつける」

先生が監視員を…?
うん、先生がいてくれるなら、この海岸は安全かも。

――でも……
望美の心に、妄想がわき上がった。

もやもや〜〜〜〜もやもや〜〜〜〜もやもや〜〜〜〜もやもや〜〜〜〜
「監視員さんっ! あそこに溺れてる女性が!」
「うむ、すぐに助ける」
しゅたたたた、ざばん、すいすい
「しっかりしなさい」
「きゃ、素敵な人!」
「私につかまって」
「は〜い♪」
むぎゅっ、すいすい、じゃばじゃば
「もう大丈夫だ」
「いいえ、大丈夫じゃありません。
私、気を気を失ってるんです。人工呼吸して下さい♪ ぐふっ」
「大変だ! 監視員さん、すぐに人工呼吸を」
「うむ。それでは…」
もやもや〜〜〜〜もやもや〜〜〜〜もやもや〜〜〜〜もやもや〜〜〜〜

なっ…何て図々しい人なの!
望美の妄想は加速する。

もやもや〜〜〜〜もやもや〜〜〜〜もやもや〜〜〜〜もやもや〜〜〜〜
「きゃああっ! あの監視員さん、ステキぃっ!!」
「私、溺れてしまったんです。助けて下さい」
「私も」
「私も」
「元気なように見えるが…」
「そんなことないです。ぐふっ」
「ぐふっ」
「ぐふっ」
「人工呼吸して下さい」
「私も」
「私にも」
「元気なように見えるが…」
「いいえっ! 今すぐ人工呼吸してくれないとダメです」
「あ、その前に水着をゆるめて下さいね」
「私、自主的にゆるめておきます」
もやもや〜〜〜〜もやもや〜〜〜〜もやもや〜〜〜〜もやもや〜〜〜〜

ああっ、先生の周りに溺れたフリをした女の人が次々と…!
友達と暢気に遊んでる場合じゃない。
先生のピンチだ!!

望美は叫んだ。
「監視員はだめぇっ!!!」
「なぜだ?神子」
「だめって言ったら、絶対にだめですっ!!」
「神子…そこまで強く願うか」
「はいっ!!!」
「ならば、監視員の仕事は止めておこう。
代わりに、あそこにある海の家で、あるばいとをし「それもだめっ!」
「だめか?」
「先生みたいにカッコいい人がバイトなんかしてたら、
女の人が殺到するに決まってます」

「それならば……神子」
「こうなったら……先生」

残された道は、ただ一つ!!


そして……

荒波が打ち寄せる稚児ヶ淵。

釣り竿を振り上げ、波の音に負けない大声で望美は叫んだ。
「やっぱり海といったら釣りですよねっ!!」

――どこか違うような気がするけど、これでいいね!

静かに釣り糸を垂れながら、リズヴァーンは微笑んだ。
「うむ、空と海に向き合い、己の心と対話する。
これぞ、精神の修養と神子の安寧に必要なものだ」

――どこか違うような気がするが、これでよい。






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夏は妄想の季節です(え?)。

「迷宮」ではみんなと温水プール…なこともありましたが、
夏の由比ヶ浜を見たなら、先生はどんな反応を示すでしょう(笑)。

この話と同じ出だしで、展開とオチの違うSSを、
オフラインで2編書いたのですが、
妄想はおさまらず、これが3編め〜〜〜。

先生……こんなところで釣りなんかしていたから、
電車の中の会話(@「愛があれば」)にぎょっとしたんでしょうね。



2009.5.2 筆