毛糸玉の行方

(リズ×望美・「迷宮」ED後)


「あれ? 足りない」

望美は編み物の手を止めた。
手芸用品店の紙袋をがさごそと探り、逆さに振るが、何も出てこない。

「あ〜〜っ、計算間違えちゃったんだ。
これじゃ、ただの長いマフラーだよ」

ううう…せっかくがんばったのに……。

望美は、目の前の手編みマフラーを広げた。

この長さだと、先生がこう巻いて……それから…
うーーん、どうしても長さが足りないや。

ぐふふで、ふへへで、きゃっ♪  な感じになるはずだったのに…。

…………しょんぼり。

落ち込んでしまった望美だったが、すぐにきりっと顔を上げた。

がっかりしていても仕方ないよ。
よこしまなことなんか考えないで、最後まで仕上げよう!
先生に普通に使ってもらえばいいんだから。
それより、間に合うかな…。あ、もうこんな時間。
う〜〜〜今日中に渡さなくちゃいけないのに。
がんばろう!!




「誕生日のぷれぜんと?」

「ぜぇぜぇ…はひ、手作りケーキとどちらにひようか迷ったんですけど、
はぁはぁ…長く使ってもらえる方がいいかなって…ひぃひぃ…」

ここはリズヴァーンの家。
もう夜になっているが、望美は何とかマフラーを仕上げて届けることができた。

「神子、走ってきたのだな。息が切れている」
「す、すみませんっ! 修行がおろそかになって」
「上がって少し休みなさい。茶を淹れよう」
「はひ……ありがとうございます……ぜぇぜぇ」


リズヴァーンはハートの模様の手編みマフラーを手に取り、
望美に向かって微笑んだ。

「このはあとの形は、心の象徴…であったな。
感謝する、神子。
お前の心を纏うことができるのは、何よりの喜びだ」

「よかった! 先生に喜んでもらえて、とても嬉しいです!」

――そうだよ。
これは先生へのプレゼントなんだから、先生に喜んでもらうのが一番だ。

にこっと笑った望美に、リズヴァーンの顔が曇った。

「神子、元気がないようだが、何かあったのか。
心にかかることがあるなら、話してみなさい」

よこしまな考えを見抜かれた!
どうしよう……。

望美がうろたえた時、
ちりん…と小さな鈴の音がした。

「あ、猫ちゃん」
「みぃ…」

小さな鼻を襖の隙間に押し込んで広げ、子猫が部屋に入ってきた。

「まだ名前がないんですか」
「えりざべす、というのはどうか」
「絶対にダメです」

望美の膝に飛び乗ろうとした子猫を、リズヴァーンが空中でキャッチする。

「ふみぃぃっ!」
それに抗議するように、子猫が空中で四肢をぴんと伸ばした。

その前足に、子猫の毛とは別の色がある。
「あれ? 足に何かついていますね」

リズヴァーンは、小さな爪の間から、その異物を丁寧に外した。
「まふらーと同じ色、同じ材質だ。もしや……」

「みぃ…?」



しばしの後、テーブルの上に毛糸玉が置かれた。
子猫のお気に入りの場所から見つかったものだ。

望美はやっと思い出した。
毛糸を買った帰り道、リズヴァーンの家に立ち寄った時、
立てかけておいた紙袋が、いつの間にか倒れていたのだった。
転がり出た毛糸玉と、子猫は大喜びで戯れたのだろう。

情景をを想像して、その可愛らしさに
望美は思わずくすっと笑ってしまう。

だが、リズヴァーンは笑うどころではない。

「神子、すまぬ。
飼い主として、心からの詫びを言わせてほしい」
そう言って沈痛な面持ちで、望美に深々と頭を下げる。

「い、いいんです!!」
望美は慌ててぶんぶんと手を振った。
「袋が倒れていたのに、私、中にあった毛糸の数を確かめなかったんです。
お願いですから謝らないで下さい。先生は何も悪くないんです!」

「にゃ…」
子猫がリズヴァーンに向かって小さく鳴いた。
「私ではない、神子に謝りなさい」
「にゃにゃ」
今度は、子猫は望美を見上げて鳴く。

望美はにっこり笑って言った。
「先生、猫ちゃんが謝ってくれましたよ。これで一件落着ですね」
「みぎゃ…ぎゃっ」
望美に飛びつこうとした子猫を、再び空中で捕らえながら、
「そのようだな、神子」
リズヴァーンも微笑んだ。



すっかり冷めてしまったお茶を淹れ直し、
再びリズヴァーンと望美はテーブルについた。

リズヴァーンは、毛羽立って形の崩れた毛糸玉を手に取る。
「神子、まふらーには、これも使うつもりだったのだろうか」
「はい」

リズヴァーンは、プレゼントされたマフラーと毛糸玉を見比べた。
「だとすると、かなり長くなると思うのだが」

――あ…結局、この話になっちゃった!
ううう…どうしよう。恥ずかしいよ。
でも……先生に隠し事なんてできないし……

望美は、小さな声で答えた。
「二人で一緒に…と思って」

「一緒に?」
リズヴァーンは、望美の次の言葉を待っている。
望美は勇気を振り絞った。

「一つのマフラーを、二人で一緒に巻いたら…
すてきかな…って思ったんです。
でも、背の高さが違うから、長〜く編まなくちゃいけなくて…」

リズヴァーンは、ゆっくりまばたきした。
「その状態では、お前の首が苦しいのではないか、神子。
かなり無理のある形になるような気がするが」
「無理は承知の上です!
一度でもいいから、と思ったんですけど…」

はっと気づいて、望美は肩を落とした。

――現物があれば、こうして下さいとお願いもできるけど、
何もないのに……妄想だけなのに……

「あ、もういいんです。
すみません! 勝手なことばかり考えてしまって…私…。
先生に使ってもらえるなら、本当に嬉しいです。
そのためにがんばったんですから。
先生のこと考えながら……」

リズヴァーンの手が、望美の頬に触れた。

「無理ではない。勝手なこと…でもない。
お前の望むままに」

ふわり…と、マフラーが望美の肩に掛かる。
リズヴァーンは片手で軽々と望美を抱き上げ、
片手でマフラーを二人の首に巻いた。

望美の眼と同じ高さに、青い瞳がある。
その瞳に、望美が映っている。

「これで、よいか」
「は………はい……」

顔がかっと熱くなる。
自分を見つめる優しい眼差しに、胸が苦しい。

――や…やだ…私、どんな顔になってるんだろう。

慌てて言葉を探す。

「先生…あの、私重くないですか」
「神子ならば、いつまで抱いていても重いとは思わない。
だが、このままでは神子が落ち着かぬようだ」
「え?」

リズヴァーンは望美を抱いたまま玄関まで行き、望美のコートを手に取った。

「せ…先生、まさかこのまま外に」
「そうだ」
そう言って望美の背にコートを掛け、自分のコートも手にする。
「●△▼×!!◇■◎▲〜〜〜!!!」


次の瞬間、二人は屋根の上にいた。

リズヴァーンは自分のコートを敷き、その上に望美をそっと下ろした。
一つのマフラーにくるまれて、二人は寄り添う。

「神子、寒くはないか」
「はい」
「こうしていれば、背の高さは問題ない」
「はい」

冬の星が天を覆い、輝いている。
ぴりりと冷たい風が吹いても、熱く火照った頬には心地よい。

肩に回された力強い腕が、望美を抱き寄せる。
暖かく大きな手の中に、小さな手が滑り込む。

リズヴァーンは、絡めた望美の指に唇を落とした。

その時…
「みゃぉ」
どうやって上ってきたのか、子猫がひっそりと二人の傍らに来た。

「仕方のないやつだ」
「でも、こうして先生と星を眺められるのは、この子のおかげですね」
「今宵だけは大目に見ることにしよう」

「みゃぅぅ」
主の許しを得た子猫が、堂々と望美の膝によじ登って喉を鳴らす。

「先生、お誕生日おめでとうございます」
「感謝する、神子。今日は佳き日だ」

望美の膝が動き、滑り落ちそうになった子猫は
耳をぴくんと動かした。






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リズ先生の生誕祝いでした。
お正月SSに続き、先生は屋根の上です。

で……ええと…これでも一生懸命、糖分を意識して書きました。
少しでも甘さを感じて頂けたなら、うれしいのですが。


2011.1.9 筆