先生と呼ばないで



「また教えてくれるって言ってたわね」
「ぜひ、お願いしましょう!!」
「嬉しいわあ」
「楽しみねえ」
そして、はしゃいだような笑い声。

望美が家の玄関を入るなり、女子中学生みたいな会話が聞こえてきた。

有川家の母が遊びに来ているようだ。
普段から仲のよい母親同士だが、今日はいつも以上に盛り上がっている。

「ドキドキするくらいカッコいいし、優しいし」
「本当にステキね!リズ先生って!!」

ぶはっ!!!
どたっ!!!

「何の音かしら?玄関の方よ」
「ちょっと見てみるわね……」
バタン。
リビングのドアが開く。

「あら、望美、そんなとこで寝ていると風邪引くわよ」

「違う!!私、転んだの」
望美は、顔をしかめて起き上がった。

「あなたって、よく転ぶわね。気をつけるのよ」
「だって〜〜〜〜」

リビングに入ると、さっきの会話の意味が分かった。
テーブルの上には、小さな藁細工が幾つも並んでいる。

「有川さんちのお正月飾りがとてもステキだったでしょう。
リズ先生の手作りだって聞いて、二人で一緒に作り方を教わったのよ」
「お母さんたち、気が早すぎ」
「リズ先生も言ってたわ。時期が少し早いのでは、って」
有川母が嬉しそうに続きを話す。
「それでね、この藁細工を教えてくれたの。
うちの飾りを作った時に残った藁があるからって」

「少し難しかったけど、とても優しく教えてくれて…」
「リズ先生って、教え方がお上手なのよね」
「とても楽しかったわ」

「先生はご迷惑じゃなかったの?」
望美は少し、不機嫌だ。
自分が学校に行っている間に、お母さんたちったら。

しかし母はきょとんとして言った。
「あら、そんなことないわよ」
「残っていた藁が、無駄にならずによかったと言ってたわ」

先生らしい。
でも、面白くない。

「次は、何を教えてもらおうかしら」
「リズ先生、木彫りもなさるんじゃなかった?」
「そうだわ!今度は小さなアクセサリーとか」
「いいわね!」

「もうっ!!先生は忙しいんだからっ!!」

高校生らしからぬふくれっ面で、望美は部屋を出て行った。
2階で、バタンッ!と荒々しくドアを閉める音。

「望美ちゃん、どうしたのかしら。機嫌悪かったわ」
「さあ…。何か学校であったのかもしれないわね」




その夜、さらに追い打ちを掛けるように父が言った。

「今度の日曜、有川と一緒に、リズ先生に釣りを教えてもらうんだ」

「えええええっ?!お父さんも?」

望美は藁細工と母と父と父の手の釣り竿を順番に見た。
その釣り竿はとても古いものだ。

「お父さん、新しい竿はどうしたの?」
望美が尋ねると、父はごほんと咳払いをして厳かに言った。
「釣りというのはな、ただ効率よく魚を釣り上げるだけのものではない」
リズヴァーンからの受け売りだというのが、とてもよく分かる。
「先生が、そう言ってたんだね」
「ははは、その通りだ」

父は古い釣り竿を丁寧に手入れしながら、嬉しそうに言う。
「リズ先生の話を聞いて、有川共々、今までの自分を恥じたよ。
もう一度、原点に戻りたいと思ってね、リズ先生にお願いしたら、
快く同行してくれることになったんだよ」

「私も行く」
「望美、今度の日曜は模試じゃなかったかしら」
「あ、忘れてた」

「はははは、お前も、高校生としての原点を忘れないようにな」
「そうよ。リズ先生の弟子とか言ってるのに、朝の素振りはどうしたのかしら」

ぐっ……。

旗色が悪くなった。

望美はプンプンしながら自分の部屋に戻る。

先生ってば、人気者になりすぎ!
弟子は私一人でいいのに!!!

たしかに、お父さんやお母さんと仲よくしてくれるのはとても嬉しいよ。

将来のためにも……と思ったとたんに、顔が赤くなる。

でも、何だか先生を取られるみたいで……私……。

うーーん、もう、私ってば、子供みたいだ!!
望美は布団を引っかぶった。

明日は、先生の家へ行こう!
先生にも少し気をつけてもらわなくちゃ!!

子供みたいと自覚していながら、
めちゃくちゃな話ではある。



めちゃくちゃな望美に、さらに追い打ちを掛けるように、
リズヴァーンの家には老人たちがいた。

彼らが帰り際にリズヴァーンと挨拶を交わしているところに、
ばったりと出くわしてしまったのだ。

「リズ先生、ありがとうございました」
「ぜひ、今度は私どもの集まりにもおいで下さい」
「リズ先生のよい声とご一緒に、『楓橋夜泊』など吟じてみたいものです」
老人たちは、丁寧にお礼を言い、お辞儀を繰り返しながら帰っていった。

「?????先生、あの方たちは??」
「漢詩の朗詠を愛好するご老人たちだ」
「いつの間にお知り合いに?」
「道端で、ひどく困った様子をしていたので、声をかけた」
「う…皆さんびっくりしたんじゃないですか」
「うむ。最初は、いんぐりっしゅだめだめ、
ニホンゴワカリマセ〜ンなどの答えが返ってきた」
「無理もないです」
「しかし、聞いてみると、漢詩の一節が思い出せないということだったので、
教えて差し上げた」
「で、そのまま先生の家に?」
望美は内心、穏やかではない。

「言葉は思い出したが、漢字が今ひとつはっきりしないというので
家に来てもらい、全文を墨書して渡した」
「集まりに行くんですか」
「丁重に招かれたのだ。行かねば礼を失する。
だが私は、節を付けたものはたしなまないので、
皆の朗詠を心して鑑賞したいと思う」

「はあ〜〜〜」
先生が人気なのは無理ないかも…。

「ご老人には敬いの心を持って接しなければならぬ。
しかし、神子は何か不満のようだが、
私は神子を不快にすることを何かしたのだろうか」

見抜かれた!!
望美は慌ててぶんぶんと首と手を振った。
「い、いいえっ!そんなことありませんっ!!」

正直に答えたら、先生はきっと私のこと、
子供みたい…って、思うだろう。
でも、お父さんやお母さんや町内のご老人に
先生のこと独占させるなんて、いや!

独占の意味をはき違えている。

望美はリズヴァーンの顔を見て、きっぱりと言った。

「先生、今日は私とつきあって下さい!」
「望むままに」



そして望美が選んだデートの場所は…

ギュイイイイ〜ン
キュンキュン
ペーポー
ガキョンガキョン

ズラリと並んだゲーム機。
周囲は、耳をつんざくような効果音が響き渡っている。

自然、二人の会話も大声になる。
「模試というのは!大事なものだと!母御から聞いたが!
こうして!遊んでいてよいのか!」
「すっきりして!試験を!受けたいんです!」

リズヴァーンと来るのにふさわしい場所ではないと、
望美も分かっている。
でも、もやもやを発散したい。
そうしたら、先生と落ち着いて話ができるはず。

望美はクレーンでピカ中を釣り上げようと、躍起になっている。
しかし、操作が荒々しく、なかなか上手にできない。

その様子を見ながら、リズヴァーンは察した。
何か心にかかることがあるのだろう。

こんな時に無理に机の前に座っても、たいしたことは身に付かない。

しかし気にかかるのは、望美の苛立ちの原因が、
他ならぬ自分にありそうだ、ということだ。

リズヴァーンは、その原因をいろいろ考えながら、
望美のいからせた肩を見、隣のゲーム機に目を移した。

画面の中で、ろぼっとが、戦いを繰り広げている。
大きなろぼっと同士の戦いは、この世界では大変に好まれているようだ。

「うわああああ〜、また負けた〜〜」
操作していた青年が、がっくりと肩を落とした。

この青年、ぼたんの同時押しの頃合いが、微妙にずれていた。
そして、無駄な跳躍も多すぎる。

考え事をしながらでも、画面の中の動きと、手元の操作との関連は容易に分かる。
リズヴァーンの眼には、どれも蠅のとまりそうなほど、緩慢な動きだ。

「今日は、ツイてねえや」
青年は台を降りた。

「先生も!やってみますか?!」
何とかピカ中をゲットした望美が、リズヴァーンにコインを渡す。
「私が?!」
望美が、にっこり笑って頷く。

よかった。少し、気持ちがおさまったようだ。

「望む!ままに!」
リズヴァーンはコインを受け取ると、操作台の前に立つ。

スタートボタンを押して、ゲームが始まる。
たった一つのコインで、ゲームは延々と続く。

いつの間にか、リズヴァーンの周囲には人だかりができていた。

「うわっ!隠しステージが…」
「ジャスティス、強っ!」
「だ、誰だよ、この外人さん」
「すごい!すごすぎるよ!!」

そして、台から離れたリズヴァーンを取り囲んで、みんなが一斉に頭を下げる。
「先生と、呼ばせて下さいっ!!」



「神子、何をそんなに怒っている」
「………」

リズヴァーンの手を引っ張って歩きながら、
望美の眼にはじんわりと涙がにじんでいる。

こんな子供じみたこと、先生に言えるわけない。
望美は、ごしごしと眼をこすった。

と、くいっと手を引かれる。

「神子、朝稽古をしたのだな」
後ろから、優しい声がした。

そう。
私、先生の弟子だから、怠けちゃいけなかった。
それで、今朝早起きして、庭で素振りをした。

「先生、どうしてそれを…」

「お前の手を握って、わかった」

「すみません。今までサボってました。
でも、これからは……ちゃんと、やりますから…」
涙声になっているのが、とても恥ずかしい。

「神子、正直に答えてほしい。
私はお前の師として、どこか至らぬところがあるのだろうか」

望美は、思わず振り向いた。
「そんなこと!どうして先生が?!」
リズヴァーンの青い瞳が、望美をじっと見ている。
その透き通った瞳の前で、望美は素直になることしかできない。

「……ご、ごめんなさい。私、拗ねてるだけです」
「すまぬ、神子。その原因を作ったのは、私なのだな」

「いいえ、違います!!
ただ、先生は、私だけの先生だと思っていたのに、
お父さんやお母さんや、他の人達まで、
みんな、リズ先生リズ先生って…呼ぶから…
先生のこと、取られるみたいで…
それで、一人で拗ねてました。ごめんなさい」

望美の頬が、どんどん赤くなる。
言っていて、自分でも恥ずかしい。

しかし、リズヴァーンは望美を咎めることも、
たしなめることもせず、優しく微笑んで言った。

「神子、愛弟子とは、どのような字を書くか、知っているか」
「ええと、確か……あ…あの…愛という字です」

「私の愛弟子は、神子一人だ。
その文字の意味の通りに」
「先生…」
「いいだろうか」
「……はい」

リズヴァーンの視線がまぶしかったけれど、望美は精一杯の笑顔で答えた。






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25000打お礼のアンケートでリクエスト頂いた、リズ×望美ギャグです。

迷宮エンド後を前提としていますので、
そこから関連する話題が各所にちりばめられております。
神子様方には、どれもピン!とくるものばかりかと。

ゲームで先生が操る機体名は、先生に一番似合うもの(?)ということで。


現代では、先生は古風な日本語を使う外国人、と
知らない人の目には映るのでしょうね。
鬼という精神的な障壁は、周囲の人の中にはなく、
先生もそれを自覚しているはず。
となれば…、ということからいろいろ妄想を巡らして、
結果、こうなりました。

先生がかなりの人気者になっていますが、
この辺りが、「リズヴァーンらしさ」が崩れないギリギリの線かもしれません。

お楽しみ頂けましたなら、幸いです。



2007.12.29 筆