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名前はまだ、にゃい



私は猫だ。

名前はまだ、無い。

ん?
題名では、私は「にゃい」と言っているのか。

くだらぬことを指摘する前に、するべきことがあるだろう。

ん?
猫のくせに態度が大きい?

当然のことを言っているだけだ。
そもそも、猫を下に見る態度の方が問題だと思うが。

ともかく、私は今、とてものんびりした猫生活を楽しんでいる。
起きたい時に起き、心地よい居場所を見つければ、そこで丸くなる。

幸せだ……。

ん?
これは猫にとっては、当たり前のこと…と言うのか。

………そうか。

実を言えば、私にはかすかに前世の記憶がある。
そこでは、私はいつも忙しかった。

なぜ忙しかったのかは、分からないが、
私をこき使っていたのは、私の主。
恐ろしいほどに強い力を持っていた。

顔も思い出せないのに、前世の主のことを考えると、
「みぃぃぃ…(すみませんすみませんすみません)」
と、情けない声が出てしまう。

それに比べれば、今の私の主は、とてもよくできた男だ。

猫的には、主など存在しない。
全ての人間はしもべのはずなのだが、
なぜかどうしても、その男を主としか思えないのだ。


初めて主と会った時、私は生まれたばかりの幼描で、
道ばたで「にゃぁにゃぁ(寒いよひもじいよ)」と鳴いていた。

その時、今の主が近づいてきたのだ。
一瞬、前世の主が来たのかと思った。
気配が、ひどく似ていたのだ。
なつかしさと怖れが、ごちゃ混ぜになって私を襲ったが、
私は反射的に、「みぎゃみぎゅ(はい、お呼びでしょうか)」
と言って、よちよちと主に向かって歩いていた。
すぐに行かないと、絶対に怒られる!と思ったからだ。

しかし、すぐにその気配の主が、前世の主とは違うと分かった。
足を止めた主に向かい、
「みゃぁご…(お前は何者だ)」
と問うたが、答えは無い。

子猫の目で見上げると、主は巨木のようだった。

かすかな怖れは残っていたが、
登りたいという、内からわき上がる欲求には勝てず、
私は小さな爪を立てて、懸命に木登り…じゃなくて、
主登りをした。

しかし上まで行かぬうちに、大きな手に捕らえられた。
主は私の目を見て、言った。
「一緒に来るか?」

その声を聞いたとたん、なつかしさが私を満たし、
「みゃぉん(問題ない)」
私は即答していた。



というわけで、それ以来、私はのんびりと暮らしている。

猫的本能にかられて、動くものに飛びついたりもするが、
子猫にしては、おとなしく過ごしているはずだ。

穏やかな暮らしに不満はない。

そして、そんな暮らしの中での最大の楽しみは、
時折、主の家にやって来る「みこ」という少女に
抱っこしてもらうことだ。

「みこ」はとてもあたたかくて、柔らかくて、
いい匂いがして、愛らしく、心地よい気の持ち主だ。

「みこ」が来る時は、遠くからでもすぐに分かる。

しかし、迎えに出ようとすると、
私と同じく「みこ」が来ることを察知した主に、
いつも先を越されてしまう。
主は私の目の前でふすまをぴしゃりと閉め、
玄関に出られなくしてしまうのだ。

ずるい……。

さらには、せっかく「みこ」に抱っこされても、
「みこ」の膝の上で丸くなっても、
すぐにどかされてしまう。

「みぃぃぅぅ(何をする!離せ!)」
と抗議しても、
「先生、もう少し猫ちゃんと遊びたいです」
と「みこ」が助け船を出してくれても、
「望むままに」
とか言いながら、すぐに私を「みこ」から引き剥がす。

先程、主を「よくできた男」と言ったが、
「みこ」に関しては、全く違う。

…………この既視感は、何だろう。

記憶の深い底を探ろうとした時だ。

「みこ」が来る気配がした。


今私は、屋根の上にいる。
今日こそ、主に邪魔されずに「みこ」を迎えられる。

門の前で、「みゃぁみゅぅ(よく来た)」と挨拶するのだ。
そうしたらきっと「みこ」は、私を抱っこしてくれるに違いな…

いきなり主が目の前に現れた。
逃げる間もなく、私は捕らえられる。
猫の反射神経に勝つとは、ただ者ではない。

と、感心していると、いつの間にか部屋の中にいた。
主は私を離すと、現れた時と同じようにいきなり姿を消した。

くっ……今日も先を越されてしまったのか。
私は悔しさのあまり、柱で爪研ぎをしようとした。
主からは、厳しく戒められているのだが…。

その時、玄関の扉ががらりと開いた。
「みこ」だ。
爪研ぎは中止して、ふすまに鼻面を押しつける。

「みこ」の声が聞こえてきた。

「先生、こんにちは」
「ちょうど今、茶を淹れようとしていたところだ。
上がりなさい」
「はい、おじゃまします。で、猫ちゃんはどこですか?」

「神子は、猫に会いに来たのか」
「やっぱり、子猫って可愛いですよね」
「……………」

「みっみっみっ(●△×◎◇▼)」
ふすまの向こうで耳をすませていた私は、
しばし、密かな勝利感に浸った。







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泰明さんの式神が、猫に転生したようです。
しかも、主の性格を、少なからず受け継いでいるような…(笑)。

生まれ変わっても地玄武にご縁があるというのは、
管理人にとっては、うらやましい限りです(え)。



2008.11.11 拍手より移動