名前のにゃい失踪

(リズ×望美・「迷宮」ED後)



私は猫だ。
以前にも登場したことがある。
覚えているだろうか。

相変わらず、名前はまだ、無い。

ん?
題名で、私はまたも「にゃい」と言っているのか。

くだらぬことを指摘する前に、するべきことがあるだろう。

いや、今するべきことがあるのは、私の方だ。

不本意ながら、私は窮地に陥っている。
早くここから脱しなければ、私はもう二度と
「みこ」に会えなくなってしまう…。




「先生っ!見つかりましたか?」
「いや、ここにはいない」
リズヴァーンは屋根の上から答え、
次の瞬間には、庭に移動して望美の前に立った。

「まさか、鳶や烏に襲われたんじゃ…」
「うむ、私も同じように考えたのだが、まだ子猫とはいえ、あの性格だと
おとなしく鳥にさらわれるとは思えぬ。
鳥の羽なども落ちてはいないし、どこにも争った形跡はない」

「家には、いないのかなあ。鈴の音も聞こえないし」
「そうだな。動くたびに首の鈴が鳴る。
いつもはそれで、居場所を知ることができるのだが」

「じゃあ、家の外を探した方がいいかもしれませんね」
「その方がよいだろう」

「猫ちゃん、どこかで迷子になってるんじゃ…」
「うむ、それは考えられる」

「心細くて、泣いているかも」
「そうだな」

「ああっ!どうしよう!」
「……」

「早く探してあげないと!!」
「…………」

「……先生? 黙り込んでしまって、どうしたんですか?」

「いや、神子にこのように心配をかけるとは以ての外。
戻ってきたら説教せねば、と考えていたところだ」

「それはちょっと違うような」

「第一、黙っていなくなるとは、どういうことか」

それを先生が言うのはどうかと…。
猫なんだし」

「全く大人げない所行だ」

「だからそれを先生が言うのはどうかと…。
それに子猫だし」

「神子の言葉が痛いのだが、気のせいだろうか」
「………
とにかく、急ぎましょう」


二人は子猫を探し回った。
しかし、暗くなるまで探しても、子猫は見つからない。

――猫ちゃんが戻ってきたら、
夜中でもいいですからメールして下さい。

そう言い置いて帰宅した望美のために、
リズヴァーンは一晩寝ずに待っていたが、
子猫は帰ってこなかった。

次の日も、その次の日も、またその次の日も二人は探し続けた。

山から海岸まで歩き回り、何人もの人に尋ねても手がかりはない。

夕暮れが訪れ、ぽつぽつと降り出した冷たい雨に、
望美はこらえきれずにわっと泣き出した。

「神子、今日はもう戻ろう」
リズヴァーンは自分のマフラーを
望美の頭を包むようにして巻いた。

「ありがとうございます…」
そう言ったきり、望美はうつむいて黙ったまま。


だが、リズヴァーンの家に戻った時、
二人はかすかな鈴の音を聞いた。

雨の中、門の前で二人を見上げているのは
あの子猫だ。
泥まみれで震えながら、
口にはしっかりと、鈴のついたリボンをくわえている。

ちぎれて汚れているが、子猫の首につけていたリボンだ。

「◎凵氈~●□〜〜〜!!!」
望美はうれしさの余り言葉にならない叫びを上げ、
びしょびしょの子猫を抱き上げて頬ずりした。

「んみっ」

子猫はリボンを口から離し、小さな声で鳴く。




やっと、戻れた。

私は「みこ」に抱っこされて、この上もなく幸福だ。

首の鈴を失くさずにすんで、私は安堵している。
これは、「みこ」が私の首に付けてくれたものなのだ。
絶対に失くすわけにはいかない。

鈴の紐が切れたのには、わけがある。

数日前のこと、
近所のどら猫と塀の上で一戦交えた時に、
汚らしい爪で引きちぎられたのだ。

怒っている暇はなかった。
鈴をつけたまま、紐はぽーんと宙を飛び、
通りがかったじどうしゃとか言う動く箱の上に乗ってしまったのだ。

「むあーおおお(逃げるのか、ちびすけ)」
どら猫の挑発など、どうでもいい。
私は、鈴を取り戻そうと、箱の上に飛び乗った。

そして、どこか知らない場所まで運ばれたのだった。


「んみっ(みこ、すまない。壊れてしまった)」

身体が少しばかり弱っているので、小さい声しか出ない。
私は「みこ」に詫びながら、鈴を返した。

「これ…失くさないように、口にくわえてたんだね」

「みぃみゅぅ(さすが「みこ」だ、よくわかったな)」

「ありがとう、猫ちゃん」
すりすりすり…。

ぽっ……

では私も
すりす……

大きな手が、私を「みこ」から引き剥がした。

「神子、服が濡れてしまう。
もう夜だ。送っていくから帰りなさい」

リズ先生は「みこ」に傘を渡すと、
今まで「みこ」を包んでいたふわふわの布で私をくるんだ。
ぽっ…

「これなら寒くないな?」

「にゃおん!
(無論。しかもこの布には「みこ」の気がたくさん残っている。
たまにはお前も気前のよいことをするのだな)」


リズ先生のコートの中に入れてもらって、
私は「みこ」を家まで送り届けた。

「先生、今日帰っても、猫ちゃんにお説教なんかしないで下さいね」
「神子の望むままに」

そんな会話を交わして、二人は別れた。

いつの間にか雨が止んでいる。
リズ先生のコートの中はあたたかく、
「みこ」の気の残る布は心地よい。

いつの間にか私は、うとうとと眠っていた。

夢の中で、リズ先生の声が聞こえる。

「よく帰ってきたな。説教は明日にしよう」






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泰明さんの式神が転生した、名前のにゃい猫さんの話でした。

この猫さんの初出SS「名前はまだ、にゃい」が、嬉しいことに好評でしたので、
オフ本に登場してもらい、さらに再出演です。
管理人は猫好きですので、楽しんで書きました。


2008.12.20 拍手より移動