二人の誕生日

(「迷宮」ED後)


景時さんのお誕生日は3月5日。
このSSの望美ちゃんも、同じ日が誕生日という設定です。
景時さんがこちらの世界に来て数年が経ち、
そして迎えた特別の誕生日は……。




繁華な通りから一筋入った目立たぬ路地の突き当たり。
煉瓦造りの建物の階段を下りた先に、重そうな木の扉がある。
横には控えめに「BAR る・いーだ」という看板。
それを見て、なぜか望美がくすっと笑った。

「ん?どうしたの?」
「あ、いいえ、何でもありません。
どこかで聞いたことがある名前だなあって、思っただけです」

「さあ、どうぞ、オレのお気に入りのお店なんだ」
景時は扉を開いた。

静かにピアノの音が流れている。
「いらっしゃいませ、梶原様。
本日は……二名様でございますね」
カウンターの奥から、マスターが挨拶した。
静かな笑みを絶やさぬマスターの眉が高く上がっているのは、
驚きの表情なのかもれない。

景時と望美はカウンターに隣り合って座った。

「マスター、こちらは春日望美ちゃん……」
そこまで言って、景時は望美の顔を見て尋ねた。
「今日からは望美さん、と呼んだ方がいいのかな」
望美は、はにかんだように笑って答えた。
「急に変わると、なんだか恥ずかしいです…」
「ふふ、じゃあ今まで通り望美ちゃん…でいい?」
「はい」

――愛らしくてきれいなお嬢さんだ。
マスターは望美に向かい、軽く会釈した。
「る・いーだにようこそ。
初めてのお客様には、最初の一杯は店からのおごりです。
何にいたしましょう?」
「私、よく分からないのでお任せします。
できれば、甘くて飲みやすいもので」

しかも物怖じせず、落ち着いている。
梶原様は、やはり隅に置けない方だ。


ほどなくして、二人の前にグラスが置かれた。

「お誕生日おめでとう、望美ちゃん」
景時はグラスを目の高さに上げ、
しばし望美を見つめてから、優しく微笑む。

「君の未来に…乾杯!」
普通の男が言ったなら気障でわざとらしいセリフを、 景時はさらりと言う。

マスターは、その場を静かに離れた。
こういう時は呼ばれるまでは近づかないのが鉄則だ。

「望美ちゃん、今日から君も、
大人……の仲間入りだね」

かすかに「大人」を強調して、景時は再び望美を見つめた。

いつもより深い声と熱を帯びた視線に、 望美の胸がどきん!と鳴った。
お酒と熱い眼差しに、ぽっと頬が染まる。

「そ、そうなんですよね。 私、二十歳になったんですものね。
景時さんのお気に入りのお店に連れてきてもらって、 こうしてお酒も飲んでるし…」

――そうだ! 私も、おめでとうを言わなくちゃ!
ぽおっとしながらも、望美は理性をかき集める。

景時さんの真似をすればいいのかな。
グラスを少し持ち上げて…、大人っぽく…

「お誕生日おめでとうございます、景時さん」

じっと景時さんを見て、にこっと笑って…

「景時さんも今日から、

三十路の仲間入りですね」


うーん、大人っぽい雰囲気、出たかなあ。
がんばったけど、ちょっとわざとらしかっ……

「あれ?景時さん、 急にぐにゃっとして、どうしたんですか?
もしかして、もう酔ったんですか?」

「い、いや…何でも…ないよ……酔ったというか、オレ、自分の策に酔い過ぎたかも… は…はは…ははは……」


そんなカウンターの会話を耳にして、
奥の目立たぬ席に座る長身の男性が二人、 声を出さずに笑っている。

「もう少し男心を察してやってはくれまいか…と
助け船を出すのも野暮というものだね」
「かなり手強いお嬢さんのようだ。 これは先が楽しみというものだよ」

どちらも長い髪に、淡い色のサングラスをかけている。
顔は隠れて見えないながら、周囲には得も言われぬ風雅な趣が漂う。

「触れれば落ちそうな風情の花もいいけれど、
蕾が花開いてゆく様を見守っていくのもよいものだからね」
「同感だよ。麗しい花だからこそ、 あっけなく手に入ってしまったなら、あまりに味気ない」
「だが彼も、あれほど落ち込む必要もないと思うのだけれどね」
「ふふっ、その通りだよ。何と言っても…」
男は、三十一歳から……なのだからね」

真っ直ぐな髪の男が、優雅にグラスを干した。
「続きは私のクルーザーでどうかな。
愛しき花たちが待っていることだしね」
波打つ髪の男が答える。
「いいね。春の宵、海の風に吹かれるのも趣深い」
「潮風はいつも心地よいものさ」

二人が合図をすると、マスターがやって来た。

「いいお店だね、マスター」
「楽しい時間を過ごすことができた」
「何よりでございます」
「ここでグレン・アルビンに出会えるとは嬉しい驚きだったよ」
「しかも、一見の私達のために開けてくれるとはね」
「酒は棚に飾られているよりも飲んで頂く方が、幸福かと存じます」
「ははは、君がどのように花を愛でるのか、想像がつくよ」
「花も酒も、男には欠くべからざるものでございますから」
「ふふっ、いい答えだね。
ところで一つお願いしたいのだが、私達が帰ってから…」

そして二人は、音もなく出て行った。

扉が閉じると同時に、マスターは望美と景時の前に新しいグラスを置く。

「これは?」
景時の問いに、マスターは扉の方を示して答えた。
「今お帰りになったお二人の紳士からです。
『深き心を人は知らなむ』……とのことでした」

景時は一瞬眼をしばたたき、次いでその顔に笑みが広がった。
「風流な人達がいたんだね〜」
「とぶ鳥の声も聞こえぬ……でございましょうか」
「うん、そうそう…」

きょとんとしてやりとりを聞いていた望美が、
カクテルを一口飲んでにっこりした。
「おいしい…。このカクテルは何て言うんですか、マスター?」
「ラヴァーズ・コンチェルトと申します」
「わぁ…すてき」
「お帰りになった方々が、このカクテルを、と。
お二人にふさわしゅうございますね」

望美は目元まで赤くなった。

景時は額を押さえる。

やられた……。
何だかよく分からないけど、
すごい人達に励まされちゃったみたいだよ、オレ。

そうなんだ!
三十路でめげてちゃダメだよね。

三十一歳からが花になるように、
がんばるよ、オレ!!

だって来年は、もっと君を好きになってる。
だから……ね。

グラスを手に、隣の望美を見る。
眼が合い、二人はグラスを上げて微笑みを交わした。






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「大人の時間」にたびたび登場するBar「る・いーだ」に
とうとう望美ちゃんが来訪。
入り口の看板で笑ったのは、昔プレイしたDQを思い出してのこと。
「ルイーダの酒場」は、16歳でも入店オッケーでしたね(笑)。

それにしてもゲストお二人は、
なんというバブリーな生活してるんでしょうか(笑)。
似合ってるけど。

下心?を粉砕され、途中でぐにゃっと戦線離脱してしまった景時さんですが、
その程度でメゲるなんて、まだまだ青いぜ!
と、シッタゲキレイしたい管理人であります。
三十路に入ったばかりなんて、若いじゃないですか(羨)。
でも望美ちゃんには、幾つになっても
大ボケかましてほしいな、とも。

拍手に頂いたコメントから発想したSS、
お楽しみ頂けたら嬉しいです。
ヒントを下さった神子様、ありがとうございました。


最後に蛇足ですが、二人の年齢に関して、
???な神子様がいらっしゃると思いますので一言……。

3月がお誕生日の望美ちゃんは、ゲーム中では16歳。
となると、27歳の景時さんとは11歳違いになるはず。

ここで二人の年齢がちょうど10歳違いになっているのがなぜかというと、
景時さんの設定年齢を数え年と考えたから。
こちらの世界では実年齢が普通ですので、1歳若返らせちゃったのです(笑)。
「遙か」設定資料集の年表を見ると、
ゲーム開始時の数え年齢でキャラ設定されているようですので、
問題ない……はず。

2009.02.03 拍手より移動