月下に咲く花

(景時×望美)


昼なお小暗い山道を、望美と景時は急ぎ足で進んでいた。
鎌倉に捕らえられた仲間を思うと、その歩みは自然、速いものとなる。

と、さやさやと揺れる葉影の落とす木漏れ日が、すっと消えた。
冷たい風が渺と吹き渡り、下草がざわざわと音を立てる。
山を覆う気が、ぴん!と張りつめた。

「景時さん・・・!」
「うん、気をつけて、望美ちゃん」

目の前で障気が集まり、一つの形へと凝縮していく。
と見る間に、それは巨きな怨霊と化した。

「ギッ!!ギギッ!!」
動きが速い。
「避けて!望美ちゃん」

鋭い鈎爪が振り下ろされた。
望美と景時は左右に分かれて避ける。
しかし、空を切って地面に突き刺さった爪は、
そのまま地を蛇の如く走り、望美の後を追う。
横っ飛びで地面に転がった望美は、立ち上がろうとした瞬間を捕らえられた。

「くっ!」
鈎爪が足に突き刺さる。
「望美ちゃん!!!」

景時は銃をかまえた。
「お前の狙いはオレじゃないのか!」
呪を唱えながら撃つ。

「キシャァァァ!!」
怨霊は望美を放し、猛り狂いながら景時に向かってきた。
醜く歪んだ怨霊の顔の向こうに、在りし日の顔が浮かび上がる。
窪んだ眼窩から覗く目は、最期の時のまま。

「そうか・・・やはり・・・あの・・・」

景時の一瞬の躊躇いを見て取った望美が、景時と怨霊の間に飛び込んできた。
花断ちの一閃。
怨霊の勢いが弱まった。

「めぐれ、天の声!!・・・」
望美から、白い浄化の光が放たれる。

「ギ・・・ギ・・」

景時は、消えていく怨霊から目を離すことができなかった。


「景時さん、大丈夫ですか?」
「・・・・・・」
「景時さん!!」
「あ、ああ。ごめん」
「どうしたんですか、顔色が・・・」
「え?・・・そうかな。でもオレ、何ともないから」
「・・・よかった。じゃあ、先を急ぎましょう」
「そ、そうだね。行こうか」


人目を忍ぶ、長い道のりだった。
壇ノ浦から鎌倉へ。
望美が生きていることを、決して鎌倉に知られてはならない。
ましてや、軍奉行梶原景時と同行しているなどとは。

当然の成り行きとして、源氏の押さえている主立った街道筋は通れない。
かといって、鎌倉に向かっているはずの景時が行方をくらましたと
思われては、元も子もない。
疑いを向けられることだけは、何としてでも避けなくてはならないのだ。

そこで景時は時折、街道筋にある源氏の拠点に顔を出しては、
表向き事細かな報告をして、望美の元に戻ってくる。
護衛のための同行を申し入れる者がいても、
「頼朝様から直々の命を受けてるんだ。内容は・・・知らない方がいいと思うよ」
と言われれば、引き下がるしかない。
「じゃ、鎌倉から問い合わせがあったら、ちゃんと急いでますからって
伝えといてくれるかな」
そう言い置いて、景時は糧食などを調達して去っていく。

たいがいは、梶原景時とは初対面の者ばかり。
切れ者の軍奉行との評判と、本人の飄々とした物言いの落差に驚いている内に、
皆、煙に巻かれてしまうのだった。


「景時さん、そろそろ次の宿が近いですけど」
「そうだね。でも、あんな怨霊が出たばかりだし、君を一人にするのは心配だよ」
「私のことなら、気にしないで下さい。この通り、大丈・・・・・夫」
望美が、がくんと崩れるように倒れた。
「望美ちゃん!!」
咄嗟に手を伸ばし、望美の身体を支える。

「す、すみません」
「どうしたの?」
「足が・・・さっきからなんだか・・・」

景時の顔が、険しくなる。
「見せて」

望美の足は、踝の周囲が赤黒く腫れあがっていた。
怨霊の鈎爪が刺さった場所だ。

何てことだ。
あの時オレが、気をつけて見てやればよかったのに・・・。
それなのにオレは、あの怨霊に気を取られて・・・。

「景時さん、心配しないで下さい。浄化の力を使えば、きっと大丈夫です」
「・・・穢れならば、それで祓えるけど、これは違うんだよ。傷口から障気・・・毒が入ってる」
「え?そんな・・・」

景時は道端の石に望美を座らせた。
「あのね、望美ちゃん・・・ごめん。毒を出さなきゃならない」
「なぜ景時さんがあやまるんですか?」
「毒を出すには・・・傷口を切り開かないといけないんだよ。だから・・・」
望美はにっこり笑った。
「だったら、お願いします。早く治してみんなの所に行きましょう」
「でも君に痛い思いをさせてしまう」
「あやまることないですよ。私、痛いのは我慢できますから。
だって、それが一番いい方法なんでしょう?」
「望美ちゃん・・・」

望美は着物の袖を裂くと、膝の上を固く縛った。
「どうしたの?」
「ええと、毒が回らないようにする、私の世界のおまじないです」
「痛くないおまじないも、あるといいんだけど、何か術を試してみる?
オレ、そういうのってやったことがないから、自信はないけど」
「気にしなくていいですよ。早く終わらせましょう」
「ああ〜、けが人に慰められてたら世話がないな〜。
じゃ、足だけは動かすと危ないから、オレがありったけの力で押さえておくよ」
「はい、お願いします。痛くても動かさないようにすればいいんですね」
「無理しなくていいから、我慢できなかったら、そう言ってね」

景時はそう言うと、望美の両膝をしっかりと抱えた。
「ごめん、切るよ」
小刀を傷口に当て、切っ先を刺し入れる。
「・・・っ!」
一瞬望美は身を固くした。
「大丈夫?」
「はい・・・」
刃先をすべらせると、とろりと、どす黒い血が流れ出た。
望美はじっとしたまま声も出さずに堪えている。

「終わったよ。あとは毒を出すだけだから」
景時は傷口に口を当て、汚れた血を吸っては、地面に吐き出した。
舌がぴりぴりと痺れる。

「景時さん、それ、毒なんでしょう。口に入れたりしたら」
「ら、らいじょうぶらよ。のんれらいから」
「もう大丈夫じゃなくなってます」
「いいろ、きりしらいれ」
「景時さん・・・」

「ふ〜っ、これれよし」
望美の足はまだ腫れているが、いやな色は薄らいでいた。
「ありがとう、景時さん」

景時が口の周りを赤く染めて顔を上げると、望美が水を入れた竹筒を差し出した。
「早く、これで口を」
「ありらろう・・・あれ?」
望美の口にも、血が流れている。
唇が切れているのだ。
「あ、これ?」
景時の視線に気づいて、望美は恥ずかしそうに笑う。
「我慢してたら、ちょっと力が入り過ぎちゃって」

景時は首を振って筒を押し戻す。
まず君の傷を洗わなくちゃ。
痛かったら、暴れても、何してもよかったのに。
君の拳で叩かれるくらい、オレは何ともないのに。

「だめですよ。早く毒を流さないと、景時さんの具合が悪くなったら大変です」
望美は布に水を受け、景時の口元を拭った。
「はい、残りの水で、よくすすぐんですよ」

逆らえない・・・。
景時は筒を受け取り、望美の分を残して、口を清めた。


すでに辺りには、夕闇が迫っている。

「どこか、野宿できる場所を探そう」
「すみません、こんなに暗くなってから探すことになってしまって」
「そんな、望美ちゃんがあやまることなんてないんだよ」
景時はそう言って、望美を背負って歩き出した。

「かっ景時さんっ・・・」
「ん?なあに?」
「こんな山道で私を背負うなんて、無謀です」
「や、やだな〜。オレってそんなに頼りない?」
「だって、景時さんて、山道弱そうだし」
「ああ〜、確かにいつも音を上げちゃうのはオレだけど・・・でもさ」
「?」

大切な人を守ることさえできずに、こんな目にあわせてるんだ。
その人の重さを背負うくらい、何でもない。

「怨霊が現れたのは、オレが悪いんだよ・・・」
「どういうことですか?」
「オレが・・・暗殺したんだ・・・」
「え・・・?」
「あの怨霊は、元はこの辺りの土地を治める小さな豪族の長だったんだ。
頼朝様の使いで訪れたこともあったから、お互い顔だって知っていた」
「そんな・・・」
「屋敷の周りの様子も分かっていたし、だから・・・
どこから狙えば安全かも分かっていたんだ」
「・・・景時さん」
「木の上で葉陰に隠れて、撃った。一発で・・・終わったよ。
でも、倒れながらあの人はオレの方を真っ直ぐに見たんだ。あの目は、忘れられない。
いい人だった。いつも行くと、オレを歓迎してくれて・・・」
「景時さん・・・、もういいです」

離れていても、はっきりと見えた。
口が動いた。・・・か・げ・と・き・・・と。

「あなた!!」
「父上ーっ!!」
「棟梁っっ!!」
泣き叫ぶ声を後に、ただ一心に逃げた。
恐ろしくて・・・何もかもが、恐ろしくて・・・。
一番恐ろしいものからは、決して逃げ切れないと分かっていて、
それでも、必死で逃げた。

望美が景時の肩に顔を押し当てた。
泣いて・・・いるのだろうか。

「ごめん・・・君を泣かせるつもりはなかったのに・・・。
そうだよね、こんな話したら、優しい君が傷つくのは当然なのにね」

望美は人差し指を立てると、景時の口元にそっと当てた。
「私、泣いてません。傷ついてもいません。
だから、何も言わなくていいです」

望美ちゃん・・・君って子は・・・。
「オレを、責めないの・・・?オレのせいで怨霊に襲われて、毒を浴びて・・・」
「全部背負って苦しんでいる景時さんを、どうして私が責めるんですか?
景時さんのしてきたことを責めるくらいなら、こうして一緒に
鎌倉に行くなんてこと、していません」

君は、立ち止まらないんだね。

「ありがとう、望美ちゃん」
「元気出して下さいね」

「でも・・・」
「・・・まだ何か」
「いや、オレのことじゃなくて、君の手、すごく冷たいよ」
「夕方になって、寒くなったから・・・だと」
「寒いの?」
「・・・はい・・・少しだけ」

君がそう言う時は、とても寒いってことだね。
今夜はこんなに暖かいのに・・・
身体に残った毒が、回ってきたのか。

景時は足を速めた。


かつて通った道の記憶を頼りに、壊れた樵の小屋に辿りつく。
屋根も半ば以上落ち、ほとんど外と変わらないが、
穴だらけとはいえ、苫葺きの壁が形だけでも残っている分、
風よけ獣避けにはなる。

望美をそっと下におろし、炉の跡を見つけて火を熾す。
「かげ・・・とき・・・さん」
小さな声で望美が言う。
「火・・・使うと・・・見つかり・・・ます」
「大丈夫♪オレのとっておきの術で隠してるんだよ。
それにね、腕によりをかけて結界も張っちゃったから、安心してくれないかな」
「ふふっ・・・張り切って・・・ます?」
「うん、たまにはオレも、いいとこ見せなきゃね〜」
「頼りに・・・してますね」

そう言いながらも、望美の顔はひどく青ざめている。
月の光のせいばかりではない。

景時は陣羽織を脱いで望美の身体にかけた。
「ありがとう・・・」
望美は微笑み、景時を見上げた。
「景時さんに・・・包まれてるみたい・・・」
言ってから、望美はあわてて目を伏せる。
けれど、その声が震えているのは、恥ずかしさのためではなく・・・。

景時は意を決した。
「望美ちゃん、ごめん・・・」
そう言うと景時は望美をかかえ上げ、腕の中にしっかりと抱き留めた。
「君が嫌・・・だったら、止めるから・・・」

望美の身体から、ふうっと力が抜けた。
景時の胸に顔を埋める。
「景時さんて・・・あたたかい」
「そ・・・そう?」
「とても・・・安心します」

「望美ちゃん・・・」
腕に力をこめそうになるのを、必死でこらえる。
だめだ・・・!!
今君を抱きしめたら、オレは・・・きっと。

炉の火がぱちっと爆ぜた。


月はゆるゆると中天にかかり、
望美はいつの間にかすやすやと眠っている。
頬にかすかに赤みが戻ってきた。
毒が消えつつあるのだろう。峠は越したようだ。

こうして望美を腕に抱いていると、
壇ノ浦で、望美が魔弾に倒れた時のことを思い出す。
あの時も、こうして腕にかかえて運んだ・・・。
術の成功だけを祈りながら。

戦の日々の向こうに、こんな夜がやってくることを、
オレは想像すらできなかった。

この手が真っ赤に染まり、血の色はもう拭えなくて
とてもつらくて・・・、でも逃げることもできず、
何度も死んでしまおうと思った。
死ぬことで、逃げられると思っていた。

でも君のたおやかな強さに支えられて、
まだオレは、こうして生きている。
君と一緒に、「仲間」を救いに行くために。


屋根の隙間から、月の光が射し込んできた。
景時に身を預け、静かに眠る望美の顔が、一筋の光に照らされる。
長い睫毛が頬に影を落とし、唇はかすかな微笑みの形。

景時はその唇に、そろそろと指先を近づけ、
触れようとしてしばし躊躇い、
頬にかかる後れ毛だけを、そっと払った。


月の光の下、花の守人は小さく笑うと、
腕の中の花に向かい、何事かをささやいた。

木々の梢が風に揺れ、そのざわめきで、
守人の声は、眠る花は届かなかった。




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あとがき


こういう美味しい状況では、躊躇なく「いただきま〜す♪ぱくっ!」
っとなっても不思議はないでしょうけれど、
ここはネオロマ世界
八葉は特別よ!ありきたりの男とは違うのよっ!
てか、違ってほしい!!というわけで、そんな願望まんまな話です(笑)。

ここで二人が結ばれるというのも、そそられるのですが、
蛇の生殺し状態で耐える地白虎・景時さんにも、とても萌♪

景時さん生誕祝いで書き始めたはずが、
あまりめでたくない内容になってしまいました。
でも、私にとっての景時さんのツボを、一生懸命書いたものです。
どこか、共感頂ける部分がありましたなら、嬉しいです。

けれど、このままじゃ何かが物足りない!という方、
しょうもない落ちを用意致しました。
URLの「.html」の前に、裏を意味する英単語の頭の1文字を入れてみて下さい。
短い一文が表示されます。
ただし、本当にしょうもないので、
読んでから怒らないで下さい・・・とだけ、強くお願いしておきます。

2007.3.7筆