晴れた青空に、白い月がぽつんと高く上がっている。
それは透き通るように淡くて、ちぎれた雲の切れ端のようだ。
夜の月は雲間から輝くけれど、
昼間の月は、ただひっそりと空を渡っていくだけ。
砂浜を見下ろす堤防に腰掛けて、景時は白い月を仰いでいた。
初冬の海岸は人影もまばらで、時折吹く風はとても冷たい。
――もうすぐ一年か。
戸惑いながら少しずつ、この世界を歩み始めた。
遙か時空の彼方にある「鎌倉」と同じ名を持つこの街で、
生きていくと決めた。
凍える闇の果てにたどり着いた戦のない世界、
幸福であることを許された世界で。
もう一年なのか……それともまだ、一年なのか。
どちらでもなく、どちらでもある。
その時、背後に気配を感じた。
それは息を潜め、足音を忍ばせて近づいてくる。
振り向かなくても、分かった。
いくら抑えても弾む足取りは隠せはしない。
望美の瞳はきらきらと輝き、頬はほんのりと赤く染まっているのだろう。
ふっと笑みが浮かぶが、そのまま気づかないふりをして待つ。
――あと三歩…二歩…一歩……。
「だ〜れだ!?」
柔らかな指が、景時の両目をふさいだ。
風の中を歩いてきたために、望美の指先はとても冷たい。
「ごめんね、こんな寒い場所で待ち合わせしちゃって」
景時は望美の手に自分の手を重ねた。
そして冷たいその手を、マフラーを巻いた自分の胸に抱き留める。
手を引かれて、望美は景時の背に前のめりに倒れ込んだ。
心地よい香りがふんわりと漂い、景時の耳元には望美の息づかい。
しかし……
「景時さん」
望美はするりと腕を引き抜くと、景時の隣に座った。
「な、何、望美ちゃん?」
「私に気がついてましたね」
「あ、ああ……いやいやいやそれはその」
「やっぱりそうだったんですか」
「………ごめんね」
「え……なぜ謝るんですか?」
「だって望美ちゃん……怒ってるみたいだから」
「そんな…私、怒ってませんよ。ちょっとがっかりしただけです」
望美は風になびく髪を払いのけると、いたずらっぽく笑った。
「景時さんは背が高いから、今みたいなことって、
座っている時じゃないとできないでしょう? だから……」
「そうか〜。オレ、君のことがっかりさせちゃったんだね。
じゃあ、今度は頑張って気づかないようにするよ。
だから、また次の機会にね♪」
「はい、そうします。ふふっ、楽しみ。
忘れないで油断して下さいね」
「御意〜〜」
だが、望美に笑顔を向けながら、心の中で景時は再び詫びた。
――ごめんね、望美ちゃん。
気づかないでいるなんて……本当はできないんだ。
オレの中の梶原平三景時は……消えないから。
「でも、無理しなくていいんですよ、景時さん」
「えっ……」
心の声に答えが返されたように感じて、景時が言葉を失ったその時、
望美が空を指さした。
その先には、長く尾を引いたひこうき雲がある。
それが、空を行くからくり……「飛行機」が空に残す航跡なのだと、
今の景時は知っている。
知ってはいても、その不思議にいつも胸が躍る。
だが今日は心の奥がつきん、と痛い。
理由はたくさんある。
冬の空がとても青いから、望美が隣にいるから、
そして………。
雲の帯を後ろに残し、飛行機は青い大空を横切っていく。
やがてそれは白い月と音もなく交差して、離れていった。
残されたひこうき雲は形を解き、ゆるゆると空の青に溶けていく。
時空の狭間の向こうに分かたれた世界は、
この空よりも月よりも遠い。
「ねえ、景時さん…」
望美が空を見上げたまま、静かな声で言った。
「朔も、こうして冬の空を見上げている……そんな気がします」
「……望美ちゃん」
「だから……っくしゅっ!
うう……すみません。寒くなってきました」
「ああ、そういえばオレも……ふぇっくしょん!」
二人は顔を見合わせて同時に笑い出した。
景時は勢いよく立ち上がって、望美に手を差し出す。
「さ、お手をどうぞ、望美ちゃん。暖かい所に案内するよ」
「わあ、うれしいです、景時さん。で、どこに行くんですか」
「この近くに、おいしいケーキとコーヒーのお店を見つけたんだ。
そこはミルクティーもココアもおすすめなんだよね〜」
「どれもいいですね! 私、迷っちゃいそう…」
二人は手を繋いで堤防の上を歩いていく。
景時は顔を巡らし、白い月をもう一度振り仰いだ。
時空を越えて祈りが届くのだと……心はきっと伝わるのだと
信じることができたなら、楽になれるのかもしれない。
だが、心は時空を越えない。祈りすらも届きはしない。
それでも同じ思いを分かち合って、
オレたちは、時空の彼方の人々と一緒に、生きている。
傍らを歩く望美が景時を見上げて微笑んだ。
――君は、選んだ道を真っ直ぐに駆け抜けていく。
同じ道を、オレも行く。
君を幸せにするために――君と幸せを作るために。
この一瞬を連ね、歳月を重ねて……最期のその日まで。
冷たい風がひゅうっと吹き抜けた。
海に背を向け、二人は小走りに国道を渡る。
ひこうき雲の消えた空は天の月を宿し、どこまでも高く青い。
景時さんて、背後の気配には気づくのに、
鴨居にはおでこをぶつけるだろうな、と思います。
そんな景時さんに萌えるのです♪
で、以下、ギャグオチ的オマケです。
一応反転。
――立っている景時さんに、後ろから目隠しする望美――
「あ、望美ちゃんが来る♪
バレバレなところが可愛いんだよね〜♪」
どうせ景時さんにはバレている。
堂々と行こう!
「ええいっ!」
望美ジャ〜ンプ!
ハシッ! ←景時さんに取り付いた。
「だ〜れだ!!!」
ぐきっ!
ん? 何か音が聞こえたような……?
「あれ? 景時さん、身体が後ろ90度に曲がったままですよ。
どうしたんですか?」
「●▼◆〜■◎▲〜〜」
2012.12.04 仮アップ 12.06 [小説]に移動