頭上注意



「頭上注意!ですよ、景時さん。
今朝の星占いでも、魚座は頭に注意!と…etc.」

頭上注意?

朝早く望美から送られてきたメールに、
景時は首をひねった。

が、すぐに思い出す。

ああ、そういえば、昨日神社でおみくじを引いたんだっけ。

望美ちゃんのには、「救いの手あり」
オレのは、「頭上注意」と書いてあった。

小さなことなのに、覚えていてくれて、
オレのこと、心配してくれて……。
望美ちゃんて、優しいなあ。

「ありがとう〜♪
気をつけるよ」

返信文を打ちながら立ち上がり、
送信ボタンを押して顔を上げた時、

ゴチッ!!

景時は、頭を思い切り鴨居にぶつけた。

痛たた〜〜。

頭上注意って、これのことだったのか。

景時は、頭をさすりながら苦笑いした。

とはいいながら、鴨居に頭をぶつけるのは
初めてのことではない。

築年数も想像できないほど古い家屋に、景時は住んでいる。

昔の人って、背が低かったんだね〜。

低い鴨居と低い天井を見上げながら、
自分のことは棚に上げて、景時は思う。


しかし……!
鴨居にゴツンなど、まだほんの序の口。
景時の「頭上注意」は、これからが本番だったのだ。

棚の鍋が落ちてくる、
天井からクモが降ってくる、
襖が外れて、後ろから倒れてくる、

さらに、

ふんふんふ〜ん♪

買ったばかりの金ダライを持ち出して、
庭で洗濯を始めると…

「あ〜、今日もいい天気だな〜」
と、空を見上げたとたん、
怪しげな鳥が頭上を舞い始めた。

景時は、とっさに金ダライを持ち上げると、
ウサギのように、ぴょんと飛び退く。

その後に、ぽと…

悲劇は、まさしく紙一重で避けられた。
が、これだけ続けば、さすがに景時も警戒する。

景時は、周囲を見回した。
狭い庭は、高い木や、隣家の屋根に囲まれている。
あっちやこっちから、また何かが落ちてくるかもしれない。

今日は庭に干さない方がいいのかなあ。
でも、こんなにいいお天気なのに、
洗濯物を家の中に干すのはもったいない気がするし…。

思案する景時の視界に、屋根の上の古びた物干し台が映った。

そうだ!
あそこが使えるかもしれない!

景時は、洗濯物を金ダライに入れ、屋根の上まで運ぶ。

小さな二階の部屋に、申し訳程度にくっついている物干し台だ。
部屋も物干し台も、この家の元の主の自作らしい。

安普請の上、長年の雨風にさらされて、
足元の板張りも手すりもかなり痛んでいる。
が、何とか使えそうだ。

ふんふんふ〜ん♪
景時は、上機嫌で洗濯物を干し始めた。

材料が手に入ったら、修理して、もっときれいにしよう。
ここで昼寝したら、きっと気持ちいいよね〜。
で、望美ちゃんも呼んで、一緒にこおひいを…

景時があれこれ思いをめぐらしているところに、

「梶原さ〜ん」

下の通りから、呼ぶ声がした。
お隣のおばあさんだ。

「雨戸の調子が悪いのよ。
他にも直してほしい所があるんだけど、
いいかしらねえ」

「はあい、すぐ行きま〜す」

愛用の工具を持って玄関を飛び出す。

と、

ふぎゃあっ、み〜〜う〜〜

頭上注意を忘れかけた景時の頭の上を、
どら猫が通路代わりに踏みつけて通っていった。


その後も、買い物に出かけた景時の頭上には、
植木鉢、マネキン人形、看板、場違いにもバナナの皮、
スプリンクラーの誤作動などが、次々と襲いかかった。




「景時さんっ!大丈夫ですか?
顔が真っ青です……」

放課後にやって来た望美は、
景時を一目見るなり驚いた。

「いつまで『頭上注意』していればいいんだろう、オレ…」

景時はげっそりした顔をしてうずくまり、
小さな池のサンショウウオと鯉にエサをやっている。

持ち前の反射神経で、最初の鴨居以外は、
全て避けたとはいうものの、
こうも続いては、さすがに元気もなくなるというもの。

しかし望美は、にっこり笑って請け合った。

「今日だけですよ。
きっと明日の星占いは、
『魚座の運勢が最高』って出ますから、心配ないです」
「でも、おみくじが…」

返事がない。

「……あれ?」

景時が振り返ると、望美はいなかった。

と、家の中でぱたぱたと足音がして、
次に、屋根の上から望美の声が降ってきた。

「景時さん、ここ、いい眺めですね」
望美は、物干し台に上がって空を見ている。

「わわっ!望美ちゃん!」

「きゃっ!下から見ないで下さい!!」

「いや、そうじゃなくて!そこ危ないから!!」
景時は眼をつぶりながら叫んだ。

「あ、そういえば木が腐ってますね」
「早く下りた方がいいよ」

「そうしま……」ボキバキッ!!「きゃああっ!!」

「望美ちゃん!!」

眼を閉じたまま景時はダッシュした。
はっと気づいて、眼を開け、
落ちてきた望美を受け止める。

「大丈夫?怪我はない?」

「だ、大丈夫です…」

その言葉とは裏腹に、望美は震えている。
無理もない。

その時、景時は気づいた。

「ああ、おみくじの『頭上注意』って
きっと、このことだったんだよ」

「あ、…じゃあ、『救いの手あり』って、景時さんのこと…?」

景時は笑って頷いた。

「よかった。
君を助けることができて…」

「ありがとう…景時さん」

「お礼を言うのは、こっちの方だよ、望美ちゃん。
オレ、鳥のフンもばななの皮も、
これまであった悪いこと全部、
もう何とも思わないよ」

「……そんなにたくさん…あったんですか」

「そんなこと、もういいじゃない。
こうして、一番大切な人を守ることができたんだから…」

「景時さん……」

景時の腕の中で、望美はほんのりと、頬を染めた。







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「望美ちゃん…」
頬を染めた望美が可愛くて、
景時が、思わず腕に力をこめた時、

「景時さん!危ない!」
望美が上を指した。

「え、何…?」
ゴ〜〜〜ン

避ける間もなく、金ダライが物干し台から落ちてきて、
景時の頭をみごとに直撃した。



すみません。
↑に、まるでドリフのコントなオチが(汗)。
芸域?の広さでは、景時さんの右に出る八葉はいないので、
つい、書かずにいられなくて……(滝汗)。


2008.8.16 拍手より移動