足元注意



「足元注意!ですよ、景時さん。
今朝の星占いでも、魚座は足元に注意!と…etc.」

足元注意?

朝早く望美から送られてきたメールに、
景時は首をひねった。

が、すぐに思い出す。

ああ、そういえば、昨日神社でおみくじを引いたんだっけ。

望美ちゃんのもオレのも、「足元注意」と書いてあった。

オレのことまで心配してくれて……。
望美ちゃんて、優しいなあ。

「ありがとう〜♪
君こそ、気をつけてね」

返信文を打ちながら立ち上がり、
送信ボタンを押した時、

ゴンッ!!

景時は、小指を思い切りちゃぶ台の角にぶつけた。

うぁっ!!

足元注意って、これのことだったのか。

景時は痛さにじ〜んと痺れながら苦笑いした。

しかし、災難はこれだけではなかったのだ。

朝食の支度をしていて鍋を取り落とす。
紅茶を淹れようとして、熱湯が足にかかる。
あちちっ!と飛び上がって着地したとたん、
ゴミ箱に足を突っ込む。

掃除をしていてバケツにつまづく。
庭のホースを踏んづけて、思い切り自分に水をかける。

「ふんふんふ〜ん…でもこれだけは、がんばらないとね〜」
びちょびちょになりながらも、
景時は何とか洗濯をすませた。
屋根の上の物干し台に、ずらりと洗濯物を干す。

風にはためく洗濯物を見渡すと、
しみじみ、幸せな気分になる。

あ〜、やっぱり洗濯はいいなあ…。

その時、
「梶原さ〜ん」
下の通りから呼ぶ声がした。
隣のおばあさんだ。
「戸棚が壊れちゃったのよ。
ちょっと見てくれるかしら」

「はあい、すぐ行きま〜す」
着替えをすませると、
愛用の工具を持って玄関を飛び出す。

靴を左右履き間違えていたり、
脚立から足を踏み外したり、
金槌を足に落としたり、
釘を踏んだりしたが、
それでも無事、修理は終わった。

「いつも悪いわねえ」
「いいえ、これくらい気にしないで下さい」

だが、「足元注意」の方は気になる。

お昼をご馳走になって家に戻ると、
今日はおとなしくしていようと、心に決めた。

でも、何をしようか……。

落ち着かない。

結局、珈琲も紅茶も切れかけていたことを思い出し、
買い物に出た。

注意しながら歩く。

しかし、子供の掘った落とし穴に落ちた。
小石につまづいた。
次には、もっと大きな石につまづいた。
犬が寄ってきて、マーキングしようとした。
バナナの皮で滑った。

ぜーぜー……はーはー…ひーひー…

持ち前の反射神経と運動神経で、
転倒しないですんだものの、
家にたどり着いた時には、景時は真っ青になっていた。

しかし、一息つく暇もなく、
一天にわかにかき曇り、大粒の雨が
ざああっと降ってきた。

「ああ〜っ!洗濯物が!!」

急いで物干し台に駆け上がる。

慌てて洗濯物を抱えて家に入ろうとしたとき、

バキャズボッ!!

うわああっ!!

屋根を踏み抜いて、
景時はすっぽりと穴にはまりこんでしまった。

物干し台の板が腐っているのは知っていたが、
洗濯物に気をとられて、一瞬、注意を怠っていたのだ。

しかし、屋根まで突き破ってしまうとは。

うーーーーん!!

精一杯の力を込めて身体を抜こうとするが、
中途半端な姿勢のせいで、うまく力が入らない。

おみくじ、当たるんだ〜〜。
この前、「頭上注意」って出たときも、災難続きだったしね〜〜。

容赦なく雨を降らす空をうらめしげに見上げたその時、
景時は大変なことに気づいた。

あ……
オレにこんなことが起きたんだ。

だとすると、同じ「足元注意」の
望美ちゃんが危ない!!

どうして早く気がつかなかったんだ。
すぐ行かなくちゃ!

って……これじゃオレ、助けに行けないよ。

携帯を、と思うが、景時の腕は屋根の上。
下半身は天井裏にぶら下がっている状態だ。
ズボンのポケットに入った携帯に手は届かない。

そうだ!!
こうなったら……。

景時は雨に打たれながら、気を集中する。

チ…キュイィィ

庭の池の中から、小さなサンショウウオが這い出した。

どしゃどしゃどしゃ!!!!
身体の小さなサンショウウオにとっては、
殴られているのも同然な雨だ。

キュウッ!キイ!

しかしサンショウウオは、
怯むことなく雨の中をのたのたと歩き出す。

待ってて、望美ちゃん!
すぐに行くから!!
式神が!

景時は眼を閉じ、一心にサンショウウオを操る。
地面に這いつくばったサンショウウオにとっては、
滝の中を進むようなものだ。
石ころ一つが、大きな障害物になる。
水たまりは広い池だ。

しかし、元々水の中の生き物。
こんな雨くらいで……

ぼとっどごっざぼっどしゃどしゃ!
キュゥゥ…

でも、大粒の雨はきついなあ…。

と、思ったとき、
周囲が暗くなり、
何かに踏みつけられた。

キュィッ!うわっ

「きゃっ!」

サンショウウオと景時と誰かが同時に叫んだ。

続けて、
「あ、景時さんの…」
聞き慣れた声がした。

キュッ!望美ちゃん!

サンショウウオの首は、上を向くようにはできていない。
それでも精一杯見上げて返事をして、
景時とサンショウウオは、頬を染めた。

望美は、そうっとサンショウウオを手に載せた。
「ごめんなさい。痛くなかった?」
チュッチッ…!
サンショウウオの首は、頭を振るようにはできていない。
それでも精一杯ぷるぷるする。

「そう、よかった」
キュィ。ああ、通じてよかった。

「あれ?でも、こんな道ばたを
式神さんが歩いているってことは…」

次の瞬間、サンショウウオを掴んだまま、
望美は雨を蹴散らして走り出した。

「景時さんっ!今、助けます!!」

走りながら、バトンのように握りしめたサンショウウオに問いかける。
「景時さん、家にいるんですよね」
キュィィィッ!!!

数分の後、屋根にはまりこんだ景時は、
望美の怪力によって、引っこ抜かれた。

雨漏りしないように応急修理をすませ、
今日二度目の、着替えをして、
やっと人心地がついたころには、
雨は小降りになっていた。

「ありがとうね、望美ちゃん」
「景時さんが無事でほっとしました」

静かな雨音を聞きながら、
二人は、景時がさんざんな思いをしながら買ってきたばかりの
珈琲を飲んでいる。

「よく来てくれたね」
「だって私、今日は、おみくじ通りの日だったんですよ」
「ええ〜っ!
望美ちゃんもばななの皮で滑ったりしたの?」
「いいえ、お財布を拾って交番に届けたら、
持ち主の人がちょうど現れて、お礼をもらったり、
廊下に落ちていたゴミを拾って捨てたら
先生にほめられたり、
朝、家を出るときに藁を拾って、
それを人と交換している内に
いつの間にか、今日の小テストで満点を取れたり、
犬の●を踏んじゃったと思ったら、
サンショウウオでよかった、と思ったり…。
ね、わりと当たっているでしょう?」

「部分的に微妙だけど、
望美ちゃんにとっては、いいことばかりだったんだね」
「だから、心配になったんです。
その分、景時さんは、ひどい目に遭ってるんじゃないかって。
それで急いでここに来る途中で、サンショウウオくんに会ったんです」
「あ、あ〜〜、そうか〜」
「おみくじ通りだったんですね」

景時は、ぽりぽりと赤い頬を掻いた。
「でもさ、逆じゃなくてよかったね。
オレ、悪い運勢なんて平気だからさ、
君の分まで引き受けちゃうよ」

「景時さん…」
「望美ちゃん…」
キュィィ…

「あれ?サンショウウオくん、顔が赤いまんまですね」
「そ、そうだねえ」
「そういえば、景時さんも顔が赤いですよ」
「や、やだな〜。
式神もオレも、雨に濡れて熱でも出たかな」


望美は黙って景時とサンショウウオを交互に見比べた。
しばしの沈黙の後、恐ろしく静かな声で景時に尋ねる。

「景時さん、さっきまで式神を操っていたんですよね」

キュッ!ぎくっ!

「ということは、
式神の見ているものを、景時さんも見ていた…とか?」

キュキュッ!!ぎくぎくっ!!

「見たんですね、地面から私の…」

キュイッ!キュイッ!キュイッ!
ぷるぷるぷるぷるぷる!!

「今度は青くなりましたね。
その顔色が、何よりの証拠です!」

ぽきっばきっ
望美は指を鳴らした。

「無事ですむとは、思っていませんよね」


キュイ〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!

ひえ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!

××××××××××××××××
××××××自主規制××××××
××××××××××××××××

「私の足元注意って、このことだったんだ…」

今度は部屋の中から天井にめり込んだ景時を見上げて、
望美は大きく頷く。

「ね」
にっこり笑いかけられたサンショウウオの顔は、
今は真っ青になっていた。







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いつも災難に見舞われる景時さんですが、
それでも自分よりも、望美ちゃんを助けに走ります!式神が。

で、結果は……(笑)。
二枚目で色っぽい地白虎ながら、芸達者でステキすぎる景時さんです。


2008.11.19 拍手より移動