前方注意



――前方注意

「ええ〜っ! また?」
神社のおみくじを開いて、景時は思わず声を上げた。

いつも望美と一緒にお参りに来ては、おみくじを引いているのだが、
今日の景時は一人だ。

このおみくじは毎回よく当たる。
これまでに引いたのは「頭上注意」と「足元注意」。
なぜか二回とも、二人の引いたおみくじには同じことが書いてあった。

望美はラッキーな意味で当たるのだが、景時には災難が降りかかる。

またか〜〜。
景時は肩を落としたが、すぐに思い直した。

まあ、いいか。
今日はオレ一人がおみくじを引いたんだし、
難儀な目に遭ったとしても、オレだけですむってことだよね。
望美ちゃんが災難に遭わなければいいんだ。
気にしないでおこう。

そう思いながらぼんやりと歩き出した時、階段の上の小石につまずいた。
「うわっとっとっと…」
転ばないように足を踏み出した先に、さらに丸い枝が落ちていた。
そこに乗り上げてずるりと足が滑り、大きく前のめりになる。
勢い余って、さらに階段を二段とばしで下りる。

やっと体勢を立て直してみれば、神社の前を通る線路の上。
ほっとしたとたん、
カンカンカン……
警報音が鳴りだした。

遮断機におでこをぶつけそうになりながら踏切を出ると、
ほどなくして、くすんだ緑色の電車が目の前を通り過ぎる。

はぁ〜危なかった〜〜。
さっそく当たっちゃったな、前方注意。
気をつけよう!
今日はこれから望美ちゃんと約束をしているんだし。

景時は気持ちを引き締めた。


そして今回も、おみくじは大当たりだった。

行く先々の信号は、渡る直前で赤になる。
電車に乗ろうとすると、自動ドアが目の前で閉じる。
黒猫が悠々と道を横切る。
買い物に立ち寄ったスーパーのドアは、勝手に閉じて景時を挟む。
道端に置かれた宣伝用の幟旗が、くるりと回って顔に被さり、
振りほどこうと頭を振って、ポールにごつんとぶつかる。

前方から性格の悪そうな大型犬が、
敵意を剥き出しにしながら主人を引きずってこちらに近づいてくる。

「うわ…さすがにこれは逃げた方がいいかも」
そう思った時、目の前に野球のボールが転がってきた。
「すいませ〜ん!」
キャッチボールをしていた子供達が、景時に向かって頭を下げた。

しかしボールを拾おうと腰を屈めたとたん、
「ガウァッ!」
仮想敵の景時が弱気になったと見た大型犬が、突進してきた。
一挙動でボールを拾って投げ、跳躍して大型犬の体当たりをかわす。

「すっげー! おじさんカッコいい!」
子供達が喝采を送る。
微妙に嬉しい褒め言葉を背に、景時は大型犬から辛うじて逃げ切った。

しかし気づいてみれば、いつの間にか見知らぬ住宅街まで来ている。
きょろきょろしていると、二匹の猫が塀の上を疾走してきた。
察するに、ケンカの敗者と勝者のようだ。
とっさに塀から離れるが、敗者の猫が必死でダイブした先には景時の顔がある。
寸前でかわすと、追ってきた勝者の猫に頭を蹴られた。

「は〜〜〜〜」
景時はくしゃくしゃになった髪の毛を直す。

今日はやっぱりついてないや。
せっかく約束したけど、望美ちゃんを巻き込んだらいけないから…

『ごめん。急用ができて行かれなくなっちゃった。
明日は会えるかな?』
望美にメールを送る。

心配をかけてしまうので、災難続きだなどとは書けない。
そんなことを書いたら、望美は、
「大丈夫ですか、景時さん! 今助けに行きます!!」
と言って、駆けつけてくる。

『ちょっと残念! 明日きっとですよ!!』
すぐに返信が来た。

景時は携帯を閉じると、ほっと息をついた。
残念に思っているのは景時も同じだ。
しかし、望美に会えないのもこの災難も一日だけだ。

少し気持ちが軽くなり、犬から逃げた道まで戻る。

――今日はもう帰ろう。

そう思った時だ。

前方から大きな声が聞こえてきた。
男が一人、すごい勢いでこちらに向かって疾走してくる。

「えええ〜っ、また?」
大型犬のことが頭をよぎり、景時は思わず両手を挙げて驚いた。

しかしよく見れば、男の後ろから大勢の女性も走ってくる。
「泥棒!」
「バッグ返して〜〜!」
「返しなさい!」
「逃がさないわよっ!」
口々に叫んでいるのが聞こえた。

「どきやがれっ!!」
すっと立ち塞がった景時に、男が怒鳴った。
しかし次の瞬間、景時の足払いに男は派手に転倒し、
景時の手には、男から奪い返したバッグがあった。

男が逃げようとして起き上がる前に、景時はその腕を掴む。
「ちょっと痛いけど、ガマンしてもらうよ」
後ろ手にぐいとひねると、男は地面に顔を伏せたまま動けなくなった。
女性達が黄色い歓声を上げる。

しばしの後、男は警官に連行されていった。
「前方注意…役に立ってよかったなぁ」

しかしそのまま立ち去ろうとした景時を、女性達が取り囲んだ。
よくよく見れば、望美より少し年上の女性ばかりだ。
大学生…くらいだろうか。

「あれ、オレに何か用?」
きょとんとした景時に、「きゃああああっ!!」と悲鳴のような歓声が降り注ぐ。

「え、何、オレ、何かしたの」
「助けてくれてありがとうございました!」
「お礼をさせて下さい」
「お礼にかこつけて、どこかでお茶でも」
「あわよくば私の彼に」

「それは困るよ〜。お礼もいいから」
「きゃああああっ!!」
「美声で」
「美形で」
「長身で」
「強くて」
「それなのに天然…」
「きゃああああっ!!」

「え〜と…もう少し分かりやすく」
あっけにとられながらも、脱出の機会を狙って景時は大通りにじわじわと移動する。
女子大生達も、黄色い声と一緒に堂々とついてくる。

この信号が青になったら、一気に走ろう。
景時は交差点の向こうに眼を走らせた。
その瞬間、心臓が止まりそうになる。

信号待ちの人の中にいるのは……
あれは……望美ちゃん…。

道路の向こうとこちら側。
吸い寄せられるように、二人の眼があう。

女性に囲まれた景時に、望美はにっこり笑うと、仁王立ちになった。
両手を胸の前に組んでいるのは、指の関節を鳴らしているからか。

このまま道を渡ったら、待ちかまえている望美ちゃんに……。

車の流れが止まった。
黄色い声から逃れるか、望美のパンチを受けるか。

横断歩道の信号が、青に変わる。







[小説・景時へ] [小説トップへ]



「頭上注意」「足元注意」と続いたので、
「前方注意」もありかも? と思って書きました。

いつも災難に見舞われる景時さん。
でもそんな時でも、望美ちゃん第一! なんですよね。
けれど今回も結果は……。

ここまで続けましたので、掉尾を飾るのは「後方注意」と決めています。
いつ書けるのかは分かりませんが、
せっかく後ろから来るのですから(意味不明)
今度こそは、二枚目で色っぽい地白虎の顔も見せてくれたらと激しく希望(笑)。


2009.6.30 筆