徒然なる雨の日に



秋の京。
梶原邸は、今日も雨にけむる朝を迎えた。
庭にはあちらこちらに水たまりができ、
せっかく咲いたなでしこの花も、どことなく淋しげだ。


しかし、室内は今、大変な熱気に包まれていた。
熱気の中心は、立派な造りの囲碁盤。
今、それを挟んで、弁慶と景時の白熱した勝負が
繰り広げられているところだ。

「うわ〜。さすが軍師様だね〜」
「そういう軍奉行殿こそ」
「いやいやいや、オレって、先読みとか苦手だから」
「偶然ですね。それは僕も同じなんですよ」

「よく言うぜ」
「白々しい・・・と、思う。」
「わざとらし過ぎて、つっこむ気も起きませんね」
「あいつら、複雑な思考回路してんなあ。感心するぜ」
「こういう手筋は好まん」
「見るべきは手筋だけではない。言葉のやりとりもまた、勝負の内だ」
「そうでしたか、先生・・・。先程の敗因は読みの甘さだけではなかったということですね」
「敗れはしたが、九郎の伸びやかな打ち方はとてもよかった。自信を持ちなさい」
「ありがとうございます!」


この囲碁勝負、もとはといえば、
星の一族から譲に囲碁盤が届けられたことから始まった。

いわく因縁のある囲碁盤らしく、そのことで神子に相談したい旨、
添えられた文には書いてあったのだが・・・・・。

「ちょっと打ってみない?」
などと、景時が石を出してくると、
雨に降り込められて、怪異の調査にも出掛けられずにいる、
手持ちぶさたの面々ゆえ、
そのまま囲碁大会になってしまったのだった。


碁石さえ持ったことのない望美は、
最初、盤を見て固まったようだったが、
その後は、対座した二人の周囲を歩き回りながら、
けっこう面白そうに盤面を覗いたりしている。

すでに三局が終わり、最後の弁慶・景時戦は、
どちらも一歩も譲らぬ好勝負となっていた。


「弁慶の打ち方は・・・、どことなくヒノエに似ているな」
敦盛がぽつりと言った。
「ちょっとそれは聞き逃せないぜ。オレの鮮やかな手筋と
やつの腹黒い戦法を、一緒にしないでほしいね」
「いや・・・、九郎と戦った時の打ち方は・・・やはり・・・」
「九郎みたいに真っ直ぐじゃ、面白くないしね」

「そうだな、九郎も譲も、きちんと礼儀正しい打ち方って、感じだよな」
「そういう兄さんは、めちゃくちゃ過ぎるんだよ」
「でも、お前にゃ、勝っただろ?」
「いきなり初手天元じゃ、ペースを乱されるじゃないか」
「それも作戦の内だ」
「そうまでして勝ちたいのか」
「勝負ってのは厳しいんだ」

「・・・・いいな・・・・」
「こんな無茶言う兄さんのどこがいいんだよ」
「・・・・いや、その・・・・兄弟というのは・・・いいなと。
勝負より、そちらの方を・・・考えてしまった」
「てか、敦盛もリズ先生も、勝負を考えなさすぎじゃねえか?」
「それぞれ勝手に石を並べて楽しんでたみたいだけど」
「勝ち負けが全てではない。石の置かれた盤面は、一つの世界でもある」
「先生が石を置かれるごとに、世界が・・・広がっていくようで・・・
どちらが勝つとかは・・・関係ないと、思った」
「先生、すばらしい一局でした」
「二人とも無欲すぎて、俺は少しイライラしましたよ」

「けっこう人柄って出るもんだね。面白いな。でもそれより
オレは姫君が打つところを見てみたいね」
「・・・・・・え?・・・・私?・・・」
熱心に弁慶と景時の盤面に見入っていた望美は、
突然話題を振られて慌てたようだ。
けれど、すぐに気を取り直すと、みんなを呼んだ。

「ねえ、来て。すごいことになってるよ」
「え?先輩、分かるんですか?」
いぶかしがりながら、面々が勝負の様子をのぞき込んでみると・・・

「ひゅう〜。確かにこれはすごいね」
「ね、ね、すごいでしょ?二人とも!」

「いけないひとですね。僕が負けそうだというのに」
「違うよ〜。オレの方が負けそうなんだから」
「ふふっ、そんなことはないでしょう、景時。
ずいぶんあちらこちらに、反撃やら逃げやらの布石を打ってるじゃないですか」
「ええ〜っ?!そうなの?いやあ、偶然ってありがたいなあ」
「本当に、すごい偶然ですね。気付かないうちに打っているなんて」
「でもさあ、ここまでじんわり追いつめられちゃってるんだよ。
逆転なんて、無理だよね〜」

「勝つ気の無さそうな口ぶりだが、信用ならんな。
お前達は、言っていることとやっていることが違いすぎる」
「・・・・何か・・・寒いものを感じてしまうのだが・・・」
「どっちも、敵に回したくは、ねえな」


そうこうしているうちに、双方互角のまま、
どちらも打つ手に行き詰まってしまった。

徒に勝負を長引かせてもと、どちらともなく投了を考え始めた時
望美が突然言った。

「ねえ、続きは私が打っていい?」
「先輩・・・?」
「神子姫様の参加、大いに歓迎するよ。どっちのヤローをどかせばいい?」
「できれば、二人とも」
?????????

驚きつつも、素に戻れば「大人」の弁慶と景時。
投了を考えていた時でもあり、言われるままに、盤面を明け渡した。

そこに、たどたどしい手つきで望美が石を置く。

「!!!」
それは全員が思わず息を呑むほどの鮮やかな一手だった。
間を置くこともなく、慣れない手で次々と白と黒の石が並べられていく。
行き詰まっていたと思われた盤面に、
新しい風が吹き込まれた。

一同が呆然と見守る中、最後の石を置くと、
望美はすぐ横を見て、にっこりと笑った。
「これで、いい?楽しかった?」

「先輩、そこ・・・誰もいませんけど」
「おい、お前、大丈夫か?」
「姫君は誰と話してるんだい?」
「・・・・誰か・・・・いるようだ・・・」
「怨霊か?」
一斉に緊張が走る。

しかし、望美はのんびりと答えた。
「みんなには、やっぱり見えないんだね。
大丈夫、この人は、ええとね・・・・、お化けだから」
「先輩・・・ちっとも大丈夫じゃないです」
「心配しなくていいよ。この人、この囲碁盤に棲んでるの。
最初からずっと、私に勝負の解説をしてくれてたんだよ。
打ってみたいって言うから、教えてもらって石を並べたんだ」

「囲碁の名人のお化けってか?アヤしいな」
「・・・その気配は・・・・貴族のようだが・・・」
「うん。そうだって言ってる」
「で、そのお化けとやらは、どんなヤツなんだい?」
望美は少し顔を赤らめた。
「とてもきれいで気品のある男の人で、
若くて、色が白くて、髪が長くて、優しい声をしていて・・・。え?」
望美はまたあらぬ方を見た。
「このまま、ずっと私といて、碁を打ちたいの?」

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一同に今度は怒りが走る。
「困ったなあ。あのね、今は戦の最中で、私は・・・あれ?」

いきなり譲が囲碁盤を抱え上げた。
「これ、すぐに返しましょう。景時さん、すみませんが」
「御意〜。使いの者に持たせて大至急ね」
「この布に包んであったのだな。布にも結界を張っておこう」
「ちょ、ちょっと待ってよ。この人、涙目になってるよ」
「こればかりは、姫君のお願いでも聞くわけにはいかないね」
「お化けといえど、身の程をわきまえて頂かなくては」
「図々しいにもほどがある」
「お前、人がよすぎ」
「はあ〜?」


かくして、徒然なる雨の日は楽しく過ぎた。

藤原家に伝わる囲碁盤のお化けは
この後も辛抱強く待ち続け、
その甲斐あって、再び世に現れることになる・・・・はず。




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はい、望美ちゃんがいることですから、「ヒ●ルの碁」ネタで一局(笑)。
知らない方、お好きでない方、ごめんなさい。
囲碁をよく知る方には噴飯ものの描写と思います。ごめんなさい。

と、各所にあやまりつつも書きたかったのが、
それぞれのキャラだったら、どう打つかなあ、という辺りです。
弁慶VS景時、決着はあえてぼかしましたが、
彼らを巡る諸々の展開を考えると、一番ハードな頭脳戦を展開するのは、
この二人をおいて他にない!のではないかと。
痛い・・・ですけれど(苦笑)。

対して、書きにくいのが天地青龍コンビです。
大らかだったり、真っ直ぐだったりで、
このような平穏なシチュエーションでは
執着するポイントが無くなってしまうので。
さらには嫉妬心をはっきり現すタイプでもないですし・・・(笑)。

2007.1.28