しずしずと幕が上がった。
演壇には長いテーブルが並び、その前に男が七人、座っている。
彼らの姿を見るやいなや、
「きゃ〜〜〜
♪♪♪〜〜〜!!!」
会場は黄色い歓声に包まれた。
いったい、何なんだ、この騒ぎは。
まるで俺の主、熊野別当様を見た時の女達と同じ反応じゃないか。
「きゃ〜〜〜♪♪♪〜〜〜!!!」
悲鳴と歓声は、おさまりそうにない。
こいつらは、本日のテーマを理解しているのだろうか?
なぜか会場は女人ばかりなのだが。
これから語られるのは、女人とは無縁の、男の世界の話だ。
減量のためには、渇きの地獄の中でさえ、
差し出された一杯の水を自らの手で床に捨てる…
そんな男の世界の話なのだが……。
あ、自己紹介が遅れてしまった。
俺の名は零零七番。
凄腕の元間者だ。
今は……
おっと、その辺の経緯を話すと長くなる。
寡黙な俺の美学に反するというものだ。
知りたいお嬢さんは、小説部屋の別当様のところを見てくれ。
俺の熱く苦い、戦いの足跡が読めるはずだ。
演壇の端に、スポットが当たり、マイクを持った女性を照らした。
女性が話し始めると、会場が静かになる。
「ご来場の皆様、本日はようこそお越し下さいました。
私、司会の壁野と申します。
このサイトではあまりお馴染みではないかと存じますが、
以前、『重衡殿懺悔録』に出演させて頂きまして、
それ以来、重衡様の大ファンで、追っかけやってます。
……え?自己紹介は不要?…でも今仕事が無くて……いえ、すみません。
進めればいいんですね。
げほげほ……失礼致しました。
本日のシンポジウムは、
『寡黙な男の美学』ということで、
『遙か』な世界から、寡黙な方々をお招きしております。
もちろん、寡黙と美学を両立させるためには、
いい男じゃないといけません。
その点からも、本日のパネラーの皆様は、サイコーの方ばかりです(ぽっ)。
では、ご紹介致しましょう。
記念すべき『遙か』第1作からは、源頼久さん、安倍泰明さん」
「きゃ〜〜〜
♪♪♪〜〜〜!!!」
「そして『遙か2』からは、源頼忠さんと源時朝さん」
「きゃ〜〜〜
♪♪♪〜〜〜!!!」
「『遙か3』からは、平敦盛さんとリズヴァーンさん」
「きゃ〜〜〜
♪♪♪〜〜〜!!!」
「ど、どうしましょう…どうしてみんな、こんなにステキなの…
皆様、本日はどうぞ壁野をよろしくお願いします。
……え?自分を売り込んでどうする?…ステキなひとばかりで、つい……
げほげほ……失礼致しました。
最後に、ディスカッションの進行役として、
寡黙という点では他の追随を許さない、超大物にお越し頂いております。
デューク拾参番さんです」
「きゃ〜〜〜
♪♪♪〜〜〜!!!」
俺は思い切り歓声を上げた。
しかし、大声を出したのは俺一人。
「す…すみません…。これから静かにします」
俺は、周囲から突き刺さる絶対零度の視線を、余裕でかわす。
こんなことくらいで居づらくなって、こそこそ席を立つなど
男のすることではない。
だから一時的に女になりたいと思う。
しかし、そうできない理由があるのだ。
男には、逃げられない時がある。
最後に紹介された拾参番様こそ、俺が尊敬してやまない、間者界の超大物。
俺は、このお方を一目見るために、
知り合い全員に頼んで、やっと入場券を取ったのだ。
めったに人前に出ることのないあの方が、
今日、俺と同じ会場の空気を吸っている。
信じられないけど、本当だ。
俺はこの機会を逃すことなく、
あの方のストイックな生き様を学んで帰るのだ!!
演壇では、司会者が困ったように拾参番様に話しかけている。
「あの…進行役を、お願いします…」
しかし
「………………」
さすがだ!!拾参番様!!
腕を組み、口を引き結んだまま、微動だにしない。
「もう……。これでは話が進みませんので、
パネラーの皆様に、本日の演題について、
一言ずつ、お言葉を頂きたいと思います。
では始めに、源頼久様から、お願いできますでしょうか」
「きゃ〜〜〜〜〜〜〜
♪♪♪〜〜〜〜!!!!!」
「武士は主の命に従い、剣を取り、戦うものです。
なれば、余計な言葉は不要と存じます」
「きゃ〜〜〜
♪♪♪〜〜〜!!!」
か…かっこいいなあ…。
憧れちゃうよなあ…。
俺はため息をついた。
「では続きまして、安倍泰明様、どうぞ」
「言の葉には力が宿る。
それをわきまえずして、陰陽師たることはできない」
……きりがないので、歓声は以下略。
「は…はあ…。難しいお話でしたが、ステキです。
では、源頼忠様、お願いします」
「頼久殿と同じ考えです。
戦いで背中を預け合う時、頼りとするのは言葉ではありません。
武士としての心、それだけです。
「武士は、言葉を以て主に仕えるのではない。
この身を捧げ、最後まで主に付き従うのみ」
「す…すまない。
私はただ……この身の穢れゆえに、皆に迷惑をかけたくないと…
……それだけだ」
「巧言令色鮮矣仁、と言う。
だが、言葉巧みな者であれ、寡黙な者であれ、
人の真価は、それだけで推し量れるものではないはず。
何より大事なのは……」
大事なのは???!!!
聞き逃さないように、俺は身を乗り出した。
「神子だ」
へ?
な、何を言ってるんだ?
でも、「いや、和仁様こそ…」と言っている一人を除いて、
全員が、深く頷いてる。
「きゃ〜〜〜
♪♪♪〜〜〜!!!」
ツボでも刺激されたように、悲鳴と歓声が嵐のように巻き起こった。
演壇では、司会者が、拾参番様に盛んに話しかけている。
「では、話もいろいろ出ましたので、そろそろ進行の方、お願いします」
「……………」
「もうっ!いいかげんにして下さい!」
司会者が、テーブルを回り込んで、拾参番様に近づいた。
「止めろ!!」
俺は思わず立ち上がって叫んだ。
あの司会者、素人か?!
しかし、俺の声が届くはずもなく、
司会者は拾参番様の後ろに行ってしまった。
次の瞬間、拾参番様が振り返る。
くるり!
ぴたっ!
「きゃっ!!」
司会者の眉間に、拾参番様の吹き矢の筒が押し当てられている。
「なななななんですかこれは」
拾参番様は答えた。
「俺の後ろから近づくな」
おおおっ!!!これが有名な、拾参番様の決めゼリフだ!!
生で聞けるなんて、俺って何て幸せなんだろう……。
ああ…来てよかった〜〜〜。
俺はこれから、吹き矢を練習する。
絶対に練習する。
帰り道、俺は拾参番様の勇姿や、
貴重な言葉を、何度も思い返していた。
あの後なぜか、会場係に両脇を抱えられて
拾参番様はいなくなってしまったが、
忙しいあの方のことだ。
緊急の依頼でも入ったのだろう。
ふっ…
今日からは俺の自己紹介に、あの一言が加わるのだ。
俺の名は零零七番。
凄腕の元間者だ。
俺の後ろから近づくやつは、
この吹き矢で眉間を撃ち抜かれるぜ。