遠い空



暮れていく空を見るのは、少しばかり切ない。
「切ない」なんて、俺のガラじゃないか・・・。
譲には聞かせられねえな。
なんか、思いっきり馬鹿にされそうだ。

気がつくと、いつも校舎の屋上に来て、
茜色の海と空が、ゆっくり紫に染まっていく様を見ている。
特に何を思ってるわけでもない。
ただ・・・心が・・・・少しばかり痛いだけだ。

まだ薄明るい空に、一番星が光る。
ガキの頃は、空を指さして、見つけたぞ、なんて、喜んでたっけ。

天も地も夜の色に包まれる頃、
ふと・・・・自分がどこにいるのか不安になって、
手すりの冷たい鉄の感触を確かめてみたり・・・・。

そろそろ校舎から出ないと、教師に見つかったらヤバいかもな。
そんなつまんねえ事が、頭の片隅をよぎる。

まあ、こっちに帰ってきたんだから、
つまんねえ事でも、あんまり無視するわけにもいかないしな。
あっちの世界とはギャップがあり過ぎて、笑っちまいたいくらいだ。


ガチャ・・・
階段室のドアが、ためらいがちに開く音。

軽やかな足音と、ふんわりしたいい匂いが近づいてくる。

望美が、黙って俺の隣に立つ。
その視線は、遠い海と空の先に向かっている。

通り過ぎる江ノ電の音。
国道を走る自動車の音。
合間に打ち寄せる波の音。

お前も・・・・俺も、変わっちまったな。
以前のお前は、もっとおしゃべりで、
他愛もないことを小鳥みたいに楽しそうに話していた。
でも、今は・・・・。

こんな冷たい夜の中、
何も言わずに俺の隣にいる。

お互い、いろいろあったしな。
言葉にできないことだって、山ほど抱え込んで・・・。

俺がお前に目を向けると、お前も俺を見る。
その時、お前はいつも笑顔でいてくれる。

ありがとな、望美。
独りでいたいのも、黙っていたいのも、
お前に隣にいてほしいのも、お前の笑顔が見たいのも、
全部・・・俺の我がままだ。
そんな俺の我がままを、受け止めてくれて・・・。

見えない傷を、一生背負っていくのは、
お前だって同じだ。
その重さから、逃げることはできないし、逃げちゃいけない。
それでもお前は、そんなに華奢な手で、
俺を支えようとまで、してくれている。

俺は、大丈夫だ。
お前がいてくれる・・・。
それがどれほどあたたかな力か
お前には、きっと・・・・想像もつかないだろうな。


「そろそろ行こうか」
「うん」
お前は俺の腕を両手で抱えて、はずむように歩き出す。

「寒くなかったか」
「全然」
「教師に見つかったら、お前まで叱られるぞ」
「そんなの平気だよ」
「変なこと勘ぐられても、困るだろ」
ぴたりと足が止まる。

「将臣くん・・・・迷惑・・・だった?」
ああ、お前、ちっとも変わってねえ。
ズレてるとこなんか、昔のまんまだ。
「そんなわけねえだろ」
「・・・ん・・・・」
短い、少し乱暴な「そんなわけない」証。


望美が、ぽつんと言った。
「遠いね」
「ああ」
「遠くなるね」
「でも、いつまでも消えないんだろうな」
「そうだね」

望美の肩を抱いた腕に、少しだけ力をこめる。

空には二人の姿を静かに照らす、十六夜の月。




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お分かりの通り、「十六夜」エンド後想定話です。

異世界で重ねた歳月の重さは、簡単に脱ぎ捨てられるものではなく・・・
という所に、激しく賛意を表したエンディングでした。
同時に、将臣くんを一人待つ望美ちゃんの、「離れて待つ時間」の
煩悶にも、とても切ないものがありました。

無印「3」とは、本当に対照的な終わり方ですね。
どちらかというと私的には、生きていく重さがずしんとくる
「十六夜」エンドが好きです。

将臣くんて、もっと強い!と思うのですが、
一面とても優しく、あたたかな心の持ち主でもあるので、
そのままでは辛いことを限りなく背負ったままでいるような・・・。
独りの時、そして同じ異世界を体験して、心を通わせた望美ちゃんの前だけでは、
つらい部分を隠すことなくいてほしいな、と思って書きました。

2007.127