職員会議

議題:ハロウィンについて


教師全員が集まる定例の職員会議は、大きな波乱もなく進行していた。

(よよよかった〜。今日はロシュフォール先生に叱られずにすみそうです。)
ロシナンテはこっそりと安堵のため息をもらす。

が、安心するのは早すぎたようだ。議事終了の直前、理事長があることを切り出したのだ。

「最後にもう一つ、今年度のハロウィンについて話し合いをしたいと思う。 元より、これは学校行事ではないので、教師は関わらないことが前提である。 だが銃士隊を通じて、教師に参加してほしいとの要望が来ておるのだ。 生徒の自主的な活動は望ましい。また、節度ある内容であれば、教師が それに協力することには、何の問題もないと考える。これについて、 異議のある者はおるか」

しーーーーーーん
どこか不穏な気配を感じながら、誰も反対意見は唱えられない。

「異議無しと認める。では話を進めよう。 ロシュフォール、銃士隊から提出された要望書の内容について説明せよ」
「畏まりました、リシュリュー様」
理事長に向かって一礼し、ロシュフォールは話し始める。

「今年度のハロウィンでは、生徒達の話し合いにより、 行事の一環として仮装コンテストが開かれることになった。 コンテストなるものの詳細は省くが、最後に優勝者を決めるステージで、 ゲスト審査員として教師を数名招待したい、とのことだ。 そして要望には、付帯事項がある。それによれば、審査する教師も仮装してほしい、ということだ。 私からの説明は以上だ」

(たたた大変です〜〜。仮装なんて、私にはできそうもありません。 どうか、出ろなんて言われませんように〜〜〜。)
ロシナンテは心の中で震えながら祈る。

理事長はロシュフォールに向かって鷹揚に頷くと、教師達を見渡した。
「なかなかに面白い提案であろう? 早速扮装のプランを二、三考えてみたのだが、 まずは皆の忌憚のない意見を聞きたい。遠慮無く申し述べよ」

しーーーーーーーん
この場で遠慮無く申し述べられる教師は誰一人としていない。そこで、 リシュリューのやる気満々な様子を察したミレディが、さりげない様子で水を向けた。
「理事長、焦らさないで教えていただけません? お考えになったプランは、 きっと素晴らしいものだと思いますわ」

賛同のざわめきに紛れて、トレヴィルがため息をついた。 それを見咎めたロシュフォールの鋭い視線には、気づかない振りをする。

理事長はおもむろに口を開いた。
「ふむ。皆は私の考えが聞きたいのだな。よろしい。説明しよう。 まずは仮装のコンセプトだが、これは迷う必要などないであろう。 ハロウィンにちなんだ一般的なものにしてよいと思う。 主役はあくまでも生徒であり、我々が注目を浴びすぎてはならぬからな。 とはいえ我々は教師である。 手抜きと見られるような格好で臨むことは断じて出来まい。 そこで、まずはロシュフォール…」

「はい、リシュリュー様」
「お前は銃士隊の顧問である。そのお前が参加せぬでは立場上まずかろう。 仮装した教師の先頭に立ち、会場に入るのだ」
「畏まりました、リシュリュー様。栄えある先陣を賜り、光栄に存じます」
「うむ。頼もしいぞ、ロシュフォール。では、お前の衣装を決めよう。 何か希望はあるか」
「リシュリュー様のお考えに従います」
「そうか。しかし扮装するのはお前だ。 自分の考えも入れたいであろう。これを見よ」
そう言ってリシュリューはロシュフォールに冊子のようなものを手渡した。

目を通したロシュフォールが、一瞬で固まる。
「リシュリュー様……これは…」
「見ての通り、ジャポンから取り寄せた仮装の写真である。 花嫁、魔女っ娘、ナース、巫女、この中から好きなものを選んでよい」
「は…?」

くすっとトレヴィルが笑うが、今の ロシュフォールには、彼を睨み付ける余裕すらない。

「どれがよいか答えよ」
「今…お返事しなければなりませんか…」
「当然だ。何を迷っておる」

ロシュフォールの背中に、冷たい汗が流れる。
(リシュリュー様のため、私も心して答えなければ。 しかし、なぜよりによってこんな選択肢ばかりなのだ……。)

「どれを選んでも、きっとお似合いですよ」
トレヴィルが言う。
「そそそ…そうですよ。ロシュフォール先生なら何を着ても似合います」
(くっ…ロシナンテ…貴様……。会議が終わったら体育館の裏に呼び出してやる。)

「早く答えよ、ロシュフォール」

ロシュフォールは腹にぐっと力を入れた。
(私は何を迷っている。全てはリシュリュー様のためなのだ。)
「では、私は全力で、魔女っ娘に扮します」

理事長は大きく頷いた。
「うむ。ハロウィンにふさわしいよい選択である。 招待された側としては、空気を読むことも大事であるからな。 期待しておるぞ、ロシュフォール」

「私も期待していますよ、ロシュフォール先生。きっと生徒も大騒ぎでしょう」
(トレヴィル、そのにやにや笑い…許せん。)
「わわわわ私も楽しみです」
(ロシナンテめ…後でみっちり…以下略。)

「ロシュフォール、もう座ってよいぞ。では次に私の扮装だが…」

えええええええええーーーーーっ!!
声を出さずに一同は驚いた。トレヴィルだけが、「やっぱりね…」と肩をすくめる。

「リシュリュー様、まさか御自らハロウィンの仮装をなさるというのですか」
「当然だ、ロシュフォール。理事長が不在では、招待した方も残念がるであろう。 そうは思わぬか、ロシナンテ」
「は、ははははい」

「では、私の馬となることを許す」
「馬? なななんのことでしょう」
「英雄は馬に乗って登場するものと決まっておる。 くれぐれもロバのような歩き方にならぬよう、よく練習をしておくことだ」

(ハロウィンで英雄って…。この人が一番空気読んでないよ。 ん? ロシナンテ先生、涙目でこっちを見て、何か言いたいのかな。)

「ああああの…馬の足は4本ですから、もう一人…」
(え? 冗談は止めてよ、ロシナンテ先生。 ひ弱な芸術科の教師に、そんなことできるわけが…。)

「ふむ、そういえばそうであったな。では誰か、名誉ある役目に名乗りを上げよ」
(あ…みんな一斉に下を向いちゃったよ。そうだよね、誰もやりたくないんだ。 だからロシナンテ先生、私をそんな目で見ないでよ…。)

「ふふっ、なぜみんな困っているのかしら。ふさわしい人ならいるじゃない」
「ミレディ、誰か心当たりがあるというのか」
「私、パトリックがいいと思いますの。彼なら力も強いから、 間違って理事長を落としたりする心配もありませんわ。どうかしら」
「ほう、パトリックか。よき人選であるぞ、ミレディ。ロシナンテ、彼にはその旨伝えておけ」
「はははははい…」

(ああ…よかった〜〜。でもパトリックさんは呑み友達なんだよね……。 今年は寂しいハロウィンになりそうだな。)

しかしトレヴィルには、しみじみ寂しがることなど許されていなかったのだ。

理事長の視線が、トレヴィルに向けられた。
(ま…ま、まさか……。)
それに気づいたロシュフォールの口元が、少しだけ持ち上がる。

「最後に、トレヴィルの扮装だが……」

「え…え…えええ?」

「芸術科の教師の実力、存分に見せてみよ」

「フッ、トレヴィル、貴様の扮装が楽しみだ」
「期待しておるぞ。ジャポンの写真も参考にするといい。 英雄の後では、少々目立たぬかもしれぬが、がんばるのだぞ」

――だから…あなたが一番空気読んでないんだよ…理事長〜〜〜

― Fin ―
 




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