魔女っ娘の反省と野望


(「職員会議 議題:ハロウィンについて」「魔女っ娘への遠い道」の続きです)

@ハロウィン仮装コンテストの教師入場口。

長い髪をツインテールに結い、 魔女っ娘の扮装をしたロシュフォールと、 黒猫に扮したトレヴィルが、扉の前で出番を待っている。

「リシュリュー様はまだいらっしゃらないのか?」
ロシュフォールが問うと、誘導係の女生徒が頬を染めながら答えた。
「理事長からは昨日、入場方法を変更するという連絡を頂いています」
さらに詳しく尋ねても、彼女はそれ以上のことは知らなかった。

悪い予感がする……。
ロシュフォールは幾度も後ろを振り返るが、リシュリューは現れない。

予定では、リシュリューは「馬に乗った英雄」に扮するはずであった。 だが、「馬」に問題が起きてしまったのだ。

学生のひしめき合うホールに本物の馬を入れるなど論外。 そのため、リシュリューの乗る馬の役は、パトリックとロシナンテが務めることになり、 それぞれ後足前足を担当するはずであった。 だが、リシュリューが英雄の決めポーズとして、 馬に両前足を上げるよう指示したため悲劇が起きた。 背中にリシュリューを乗せ、腕だけでロシナンテを持ち上げようとした パトリックは、腰を痛めて動けなくなってしまったのだ。

ロシュフォールが知っているのはそこまでだ。 パトリックが名誉の負傷をしたのは一昨日。 となれば、リシュリューは徒歩で入場するはずだ。

――リシュリュー様は、まさに英雄そのものだ。馬などに乗っていなくても、 神々しくも華麗な姿で場内の耳目を集めるに違いない。

その時、トレヴィルがわざとらしく声を潜めて言った。
「理事長は私たちとは一緒に入場しないと思いますよ。 また何か、ジャポンからネタを仕入れたみたいですから」

――そういえばリシュリュー様は、特別に大事な仕事があるからと 昨日から理事長室に籠もりきりだが、ジャポンの件は初耳だ。

ロシュフォールはトレヴィルを睨んだ。
「なぜ貴様がそのようなことを知っている」
「おや、ご存知なかったんですか? これは珍しい」
「……リシュリュー様が何をなさるにしろ、深いお考えがあってのことに違いない」
「そうですか。ま、私たちが心配することでもないですしね」

トレヴィルは涼しい顔で続けた。
「それよりもまず、ロシュフォール先生には、ご自分の役目をしっかり務めて頂かなくては。 せっかく、笑顔の要らないツンデレ系のデザインでまとめたんですから」
「フン」
「そうそう、いいですよ、その無愛想で上から目線の表情。 理事長も『期待しておるぞ』って言ってましたよね」
「この扮装はリシュリュー様への忠誠の証だ。 今さら貴様に言われるまでもない」

そこでちょうど入場の時間になった。

「審査員のロシュフォール先生、トレヴィル先生の入場です!」
司会者の高らかな宣言と同時に拍手が起き、ホールのドアが開く。

二人に全校生徒の視線が集まり、どよめきも拍手もぴたりとおさまった。 が、次の瞬間、割れるような歓声が轟き、黄色い悲鳴と口笛が響き渡る。 だが、ロシュフォールにとっては、それは喧噪に他ならない。 にこりともしないで審査員席に向かって歩いていく。

一方、黒猫の扮装をしたトレヴィルは、いつの間にか席についていて、 おもしろそうに事の経緯を見守っている。

「うるさい。黙れ。下がれ」
駆け寄る生徒たちを退けようと、 手にした☆魔法☆のステッキなる設定のものを振るたびに、耳をつんざくような 「きゃぁ〜〜〜♪」 「うぉ〜〜〜♪」という悲鳴と雄叫びがあがる。

司会者の言葉がその合間を縫って聞こえてきた。
「最後………長、……シュ……入………をご注……」

断片的とはいえ、ロシュフォールは聞き逃さない。
――リシュリュー様だ!

しかし、振り返っても、自分たちが入ってきた扉はもう閉まっている。

「リシュリュー様がいらっしゃる! 貴様ら、心してお迎えしろ!!」
そう叫んでも、周囲の生徒はきょろきょろするだけだ。 歓声にかき消されて、ロシュフォールの声はそれ以上届かない。

みんなの注目がロシュフォールに集まる中、 その上空を、華麗なポーズを次々に決めながら、 宙乗りで移動する英雄の姿に気づく者はいない。

――いったいリシュリュー様は、どこから入っていらっしゃるのだ。 司会者め、もう一度言え。 これではどこに注目すればいいか分からないではないか。 とにかく、早く席に着いて、係の者に……。

だが審査員席に目をやると、そこにはもうリシュリューが座っていた。 ロシュフォールは、生徒たちを押しのけて全速力で駆け寄る。

「リシュリュー様! いつの間にいらしていたのですか!?」
リシュリューはちらりとロシュフォールを見ると、腕組みをしたまま厳かに答えた。
「実体を見せずに忍び寄ったまで。目立つばかりが英雄ではあるまい?」
「おお…! 全く気づきませんでした。さすが、リシュリュー様です!」

「あーあーすごい負け惜しみ言ってると思ったら。 それに素直に納得してるよ……」
トレヴィルのツッコミは歓声にかき消され、二人の耳には届かなかった。


☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆


翌日の職員会議は、ロシュフォールの反省の言葉で始まった。

無理もない。 ロシュフォールの魔女っ娘は、理事長を差し置いてクールビューティー特別賞を 受賞してしまったのだ。

「……従って、このようなくだらぬ催しへの参加は、今後一切…」

しかし、ロシュフォールが結論を述べようとした時、 リシュリューがすっと手を挙げ、続く言葉を制止した。
「些細なことは気にするな、ロシュフォール。 私はむしろ、あれだけ生徒の心を動かすとは、さすが我が腹心と、感心しておるのだ」

この懐の大きい発言に、 居並ぶ教師たちは、一斉に感嘆のため息をもらした。
「………リ、リシュリュー様……。何という広いお心……」
ロシュフォールは感激で震えている。

「つまりは、来年度も生徒から協力の依頼があれば、 断ることもない、ということだ。 いや、依頼を受けるからには、積極的に参加しなければ意味がない。 異議はないか?」
「異議なし!」
満場一致(トレヴィル以外)の拍手が起こる。
「リシュリュー様のお心のままに」
ロシュフォールは恭しく頭を垂れた。

リシュリューは満足そうにうなずくと、重々しく宣言した。
「では、来年度は私が魔女っ娘になることとする」

居眠りをしかかっていたトレヴィルは、一気に目が覚めてしまった。 顔を上げると、リシュリューと目が合う。

「では、トレヴィル、早速来年度の魔女っ娘の デザインに取りかかるがよい。基本はグレイッシュなウェービーヘアの魔女っ娘である。 設定は、ツンデレでも小悪魔でもゴシックホラーでも お色気でも、私は拒否せぬから遠慮は要らぬ。 芸術科教師としての、渾身のキャラデザを期待しているぞ」

― Fin ―
 




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