問題のない求婚

ロシュフォール×ダルタニアン

※ もしも二人が生きていたなら…という捏造前提です




――あれから1年と数ヶ月が過ぎようとしている。

悪魔騒動は、学園に大きな変化をもたらした。
新たに学長と理事長がそれぞれ選任され、 両職の兼務は今後行われないこととなった。 教師陣にも新たな顔ぶれが加わり、 ロシュフォールはダルタニアンと再会を約すこともなく、島を出た。

新しい学長の下、学園の再建が急ピッチで進められる中、 ロシュフォールはそれを島外からバックアップし、 大まかな目途が立ったところで、 学園への残留の要請を固辞して姿を消した。

一方、進級したダルタニアンは銃士隊の隊長となり、 ポルトス、コンスンタンティンと共に、 重い職責を立派に果たした。


そして卒業式の翌日――

島を去る卒業生を見送り、ダルタニアンは最後に海辺へ来た。

引き潮で現れた道が、 夕日を受けて輝く海の彼方へ真っ直ぐに続いている。

(この島とも、とうとうお別れなんだ。 ………本当にいろいろなことがあったけれど、 何もかも、大切な私の宝物になった気がする……。
でも……とにかく今は急ごう。夜になる前に海を渡ってしまいたい)

急ぎ足で歩き出したダルタニアンは、 こちらに向かって来る人影に気づいた。 夕映えの海を背にしたシルエットだが、 誰であるかは、すぐにわかる。
「ロシュフォール先生!」
ダルタニアンは柔らかい砂を蹴って駆け出した。



「持ってやる」
息を切らせて走ってきたダルタニアンに再会の言葉も言わず、 ロシュフォールは旅行鞄を取り上げた。
「軽いな。これで全部か」
「はい。小さい頃から引っ越しが多かったから、 元々荷物は少ないんです。 ここに来た時も、こんなものでしたし……」
「たったこれだけの荷物で、貴様はどこへ行くつもりだ」
「父と暮らしていた家に帰ります」
「そうか………」

二人は並んで歩き出した。

「先生、腕を組んでもいいですか」
「私の腕につかまりながら聞くな」
「先生の顔をもっと見たいです」
「前に回るな。歩きづらい。 腕を組むか顔を見るか、どちらかにしろ」
「先生、これまでどうしていたんですか?  手紙を書きたかったのに、先生の住所がわからなくて。 でも、こうして会えてうれしいです。 卒業式に出てもらえたら……」
「黙れ」
「先生はなぜ」
「うるさい」
「でも、まだ話の途…」
「貴様の話は後にしろ。私の話が先だ」
「……………はい」
「……………素直だな」
「……………黙って聞いていますから、どうぞ」
「……………家を、用意した。 貴様と私の家だ。 この海を渡ったら、私と一緒に来い」
「はい」
「だが、小さな家だ…」
「隅々まで目が行き届きますね」
「その上古く、便利な設備もない」
「慣れています」
「街から少し離れた不便な場所にある。当然しゃれた店もない」
「マルシェに買い出しに行きましょう。先生、一緒に行ってくれますよね?」
「貴様、躊躇いはないのか」
「もちろんです!!!」

ロシュフォールの口の端に、初めて小さな笑みが浮かび、 ダルタニアンの視線に気づいてすぐに引っ込んだ。

「先生、その家に庭はありますか?」
「ある。家と同じく小さいが、陽当たりはいい」
「だったら、お願いがあります」
「言ってみろ」
「木を…植えたいんです。できれば、ぶどうの木が…いいと思います」

今度は、ロシュフォールは笑いを隠せなかった。
「好きしろ」
「おかしいですか?」
「いや、貴様らしいと思っただけだ」

水平線近くまで下りた太陽が、 空と雲と海と、長く伸びた砂州を茜色に染めている。

「これから先生と一緒に……明日のもっともっと先まで歩いていけるんですね」
「貴様が開いた未来だ」
「みんなで切り開いた道です」

あの冬の夜が、遠い夢のようだ。
悪魔と人……
忠誠、復讐、刹那と永遠
二人に立ちはだかっていた、大きすぎる障壁……。

肌を重ねて知った、ぬくもり……。

「刻印はまだついているか」
突然、ロシュフォールが言った。
思いを見透かされた気がして、ダルタニアンの胸がドキンと拍つ。
「ももっ…もう、とっくに消えましたっ」
真っ赤になったのが、自分でもわかる。

「ならば……つけ直してやる」
「せ…先生?」

くるりと視界が回り、ダルタニアンはロシュフォールの腕の中にすっぽりと収まった。 慌ててじたばたするが、肩と腰を押さえられて身動きが取れない。

「こっ…こんな所で…! だめです!!」
「時と場所くらい心得ている。勘違いするな。 今はキスだけだ」
「でも…あの…誰か来るかもしれま…」
「知ったことか」

あたたかな春の夕暮れ――
空と海の間で、二つの影が重なった。


― Fin ―





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