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桜花舞う空に(「幸せのおまじない」より)  ― 泰明×あかね ―

あかねと二人のはねむうん。
誰にも邪魔されず、二人きりの甘い時間を過ごすはずだった……
が、どうしてこうなるのだ。

よりにもよって、こんな時に怨霊が現れるとは。

二人は今、清水寺に向かうため、東山の山裾を南に歩いている。
前方には同じ方向に行く武士、商いの男、壺装束の女房に数名の修験者の姿。
道の両側には山の木々が生い茂り、昼とはいえ冷んやりとして小暗い。

件の怨霊は二匹。湿った下草の中をちょこまかと走っている。
深い茂みに阻まれながらも、道からつかず離れず進んでいることからみると、
何やら目的があるらしい。

あかねはまだ気づいていないようだし、とても小さな怨霊だ。穢れも力も弱い。
捨て置いても、やがては気の巡りの中に自然に消えていくことだろう。
だが、穢れを祓うことを務めとする陰陽師として、
目の前に現れた怨霊を看過することはできない。
何より、落ち着きがなく目障りだ。
しかも神子と二人の時を選んで出向いてくるなど、許せるはずもない。

「神子、ここで待っていろ」
「泰明さん、どうしたんですか?」
急に道を逸れ、林に踏み込んだ泰明に、あかねが怪訝そうに声をかけた。
「すぐに済む」
泰明は迷い無い足取りで下草の中を進んでいく。
自分たちに向かって真っ直ぐに近づいてくる足音に気づいた怨霊は
慌てて逃げようとしたが、泰明の放つ怒りの気に感電し、
その場にぱたりと倒れた。
なすすべもなく、ひょいとつまみ上げられる。

「ち…ちぃ…」「ち…ちぅ…」怨霊は弱々しい声で鳴いた。
「泰明さん、何か捕まえたんですか?」
あかねが泰明を追ってやって来て、その手の中にちょこんと収まった怨霊を見た。
それは二匹の子ねずみ。
「ちぃ…ちぃ…」「ちぅ…ちぅ…」

あかねは声を上げる。
「わあ、真っ白で可愛い。なぜこんな可愛い子ねずみさんを捕まえたんですか?」
泰明は頭を振った。
「神子、騙されるな。こやつらは怨霊だ」







修験者二人はびくり、として周囲を見渡す。
その目に映ったのは、伸び放題の草の中をこちらに向かって歩いてくる男。
陰陽師の装束を纏い、全身から強烈な気を放っている。
右側に束ねた長い髪が、さやさやと吹く風になびき、
整った美しい顔には、あからさまに不機嫌な表情が浮かんでいる。
そしてその手には、子ねずみを入れていた荷箱。

「な…何だよ、てめへは」
「その荷箱は俺達のら。返ひてもらおうか」
泰明に気圧されながら、二人は必死で虚勢を張った。
その足元に、空の荷箱が投げ出される。

「なっ中身はどうひた!?」
「子ねずみがいたはずら。返へ!」
「箱を返せ、と言うから返したまでだ。しかし……」

泰明は足を止めようとしない。男達は、二歩三歩と、へっぴり腰で後ずさりした。
「お、俺達に…何ほする気ら」
「俺達はお前に、何もひてないろ」
泰明の眼が鋭く光る。

「何もしていない…だと?」
抑えた声から迸る怒りの気に、男達は縮み上がった。
圧倒的な力の差に、膝ががくがくと震え出す。
――このままではやられる!!  恐怖に駆り立てられるまま、自暴自棄になった男達は、懐に忍ばせた短刀を抜き放った。
「くそっ! 陰陽師が何だ!」
「こんな女みたいなヤツ、怖くなんかねえぞ!」
しかし刀を振りかざすより早く、二人は地面に倒されていた。
何が起きたのか全く分からないが、
全身がびりびりと痺れて身動きもままならない。
地べたから、長く伸びた草越しに泰明を見上げると、
怖ろしく不機嫌な声が降ってきた。







威勢のいいことを言っていた三人は、
やがて、怨霊の様子がおかしいことに気がついた。

「キ、キシャアアアアッ」
「き…ききしゃああああっ」

まず第一に、声が小さい。明らかに、どう見ても、疑う余地なく及び腰だ。
対する人間の方はといえば、警護の者どころか、法親王まで余裕の表情だ。
左大臣の姫までもが、怨霊を指さして何事かをごにょごにょと語る優男に、
にこにこしながら頷いている。

警護の若い武士が、ぴたりと剣を構えて言った。
「大豊神社に籠もっていればいいものを、懲りずに出てきたのか、怨霊。
いつぞやはついうっかり倒したが、今度は容赦なく倒す!」
「キ、キシャァ…?」
法親王の護衛をしている優男に至っては、剣を構えるでもなく、
長い髪を指にくるくる巻いているだけだ。
「やれやれ、舞台の下には桜花が霞のように広がっているというのに、
花を愛でようという気持ちはないのかな」
「きしゃ、きしゃ…きしゃぁぁぁ…き…」
「う〜ん、困ったね。引く気はないのかい?」
しぶしぶこくこく

「友雅殿、こやつらは一応、戦う気のようです。
真剣さに欠けているのがはっきり分かりますが」
「そのようだね。仕方ない。
私にもお勤めというものがあるのでね、遠慮はしないでいくよ」

「きしゃ…しゃぁぁん…」しびしびしび…
「…ん? こちらの怨霊は動けないようだね? 誰に見とれているのかな?」
「キシャキシャッ」「きしゃぁん」

法親王がおずおずと言った。
「あの、友雅殿、この怨霊はご夫婦のようです。
仲を裂くようなことはなさらない方が…」
「キシャ!」「きしゃぁん」



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