暁の雨

(友雅×あかね 〜「舞一夜」背景〜)



暁の雨音は冷たい。

腕の中に眠る柔肌に、ひとときのぬくもりを求めても、
心に忍び入る雨音は、消えはしない。

こんな朝は、夢の名残も、触れ合う肌も、遠い。

眼を開き、一人……
暁の雨の音を聞く。


友雅の目覚めた気配に、腕の中で女が顔を上げた。

何か言いたげな赤い唇を、己が唇で塞ぎ、
女の下から、そっと腕を抜く。

「朝が来たのを惜しんで、空までが泣いているね。
だから、君はこのまま、眠っていていいのだよ」

耳元で囁いて褥を出る。

女は眼を閉じ横たわったまま、振り向かない。

友雅の足音が遠ざかり、雨の音の中に消えた時、
初めて女は目を開けた。
その頬を伝い、涙がひとしずく、流れ落ちる。

……あの方は、もう来ない。

ふとした仕草で、言葉の色で、分かる。
女は気だるげに身を起こした。

ふわりと立ち上る侍従の残り香。
諦念のため息と共に、女は少し微笑んだ。

あの方は、終わりの分かる女の元にしか、通うことはない。
……この雨のように、冷たい人なのだから…。




薄明るく煙る雨の中、ぬかるむ道を牛車が進む。

揺れに身を任せながら、考えるともなく、思う。
…今日も一日、雨が降りしきるのだろう…。


過ぎ去った時を思い返すことはない。
来るべき時を願うこともない。

過去にも未来にも、縛られたくはない。
歳月の流れるままに、やがて滅び行く身を、
移ろいゆく世を、ただ…見るだけ。

儚い夢だからこそ、花は美しい。
儚い美しさゆえに、花を愛でる。

醒めている。
それで、かまわない。


だが、いつの間にか
冷たい雨音が心に満ちていた。

こんな日は、失くしたものたちが心を噛む。
とうに忘れたものたちが、蘇ろうとする。
冷え冷えとした思いが、胸を突く。



ごとり…と牛車が止まった。
外からは、人々のざわめき。

牛車を降りれば、そこは大内裏。
しかし友雅は、近衛府ではなく、内裏へと向かった。
我知らず急ぎ足になって。




「おはようございます、友雅さん」
そこには、暗い雨を背に、
花明かりのような笑顔が灯っていた。

張りつめた心が、解ける。

しかし、
「じゃあ、行ってきますね」

慌ただしく去ろうとする笑顔。
その手を取り、引き留める。

「そんなに急いで、神子殿はどこに行くのかな。
私に手伝えることがあると嬉しいのだが」

真剣な眼差しが返ってきた。

「怪異を調べに行くんです。
雨の朝になると起きるそうなので」

「神子殿一人で?」
「はい。朝早いので、誰かに来てもらうのは悪いかなって…」

「おやおや、君は龍神の神子だろう?
八葉は、神子殿の願いとあれば、いつだってお供するのだよ。
君を危険な目に遭わせるわけにはいかないのだからね」

「…ごめんなさい……」

花明かりが曇ってしまった。

「では私が、お供させてもらおうかな」

「本当ですか?」

弾むような声。
大きく見開いた眼。

心を隠す術を知らないのか、
いや……隠そうと思ったことなど、ないのだろう。
あまりに無防備で……しなやかに強い。

「神子殿のためならば、喜んで」

「ありがとうございます。
じゃあ、急ぎましょう!あっちです」

振り返ることもせず、
握った手を離さぬまま、
雨の中に駆け出す後ろ姿。

では私も、雨に打たれようか。

君と、一緒に。


冷たい雨が、髪を濡らし、肌を濡らし、
雫となって滴り落ちる。

だが、心に灯った花明かりは、ほんのりと暖かい。

不思議なものだね、神子殿…。

胸の中でつぶやいてみる。

君の笑顔は、なぜこのようにやわらかく胸に染み入るのだろう。

だが、本当は知っている。
これが不思議などではないことを。

知っていながら、もう少しの間、
見て見ぬ振りをしてみようと思う。

この花明かりの名を。





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友雅×あかねの初書きです。

「舞一夜」ベースとしたのは、
「八葉抄」では、雨が降らないから、という単純な理由から。
そして、「舞一夜」の友雅さんの方が、筆者にとっては
何となく「分かる」部分が多いということも。

いきなり暗いし、出だしから他の女性と一緒の朝チュンという、
地白虎全開モード(爆)。
でも、友雅さんらしい…と感じて頂けましたなら、本当にうれしいです。


2008.4.29 拍手より加筆・移動