左近衛府のかいだん

地の文の語りは、適当にCVを脳内設定してお読みください。



世の中というのは甘いものじゃございません。
とは言うものの、楽していい思いをしたいという甘〜〜い考えのやつは、
どこの世界にもいるものでして、
ここ遙かなる京にも、そんな者が一人――――。


名門貴族というほどでもないが、下流でもない。
ほどほどの家柄の若者が、うきうきと内裏にやってきました。

「さあぁ〜、うまいことやっちゃうぞぉぉ〜〜〜」

そのまま左近衛府の門をくぐろうとしたところ、
門衛に呼び止められまして
「そこの者、待て待て。勝手に入るな」

「あ、私は今日から勤めることになった新人でぇす。
以後お見知りおきを〜」
「新人か。何やら鼻の下が伸びておるが、いかがした?」
「へ………?」

本人、有能な官吏の雰囲気を出しているつもりだったので
一瞬何のことかと戸惑いましたが、そこはそれ、
こういう人物は、目先の対処にはぬかりなく……

「あ、すみません。左近衛府にお勤めできるのがうれしくてうれしくて、
顔がゆるみっぱなしになっちゃいましてぇ〜〜〜」
とか何とか言って、直属の上司の元へと、いそいそと向かったそうで……。

あ、申し遅れましたが、うざい口調からもお察しの通り、
この若者はいわゆるたいしたことないキャラなので、
名前を明かすのは可哀想というもの。
というわけで、この後は、仮呼名(かりのよびな)という仮名でいきましょうか。

さて、この仮呼名の上司というのは、内裏でその名を知らぬ者無き、
かの―――橘友雅殿!!!!!!!!!
!の数と文字の太さ大きさと、確固たる実績(←何の?)が物語る通り、
ぽっと出の仮名キャラが太刀打ちできるような相手ではございません。

とにかく、橘友雅殿を初めて間近に見た件の仮呼名は、
かっちんこちんに固まってしまいました。

『おおおぉ……なんて雅で美しいんだぁ……。
噂以上なんですけどぉぉぉ……。
遠目でも華やかで、近くで見るともっとすごいぃ』

なんて頭ン中で叫びますが、そんなの当然じゃありませんか。
何と言っても【攻略キャラ】なんですから。

まあ、当の友雅殿はそんな反応には慣れっこになっております。
なんせ怨霊すら魅惑してしまうくらいの美貌の持ち主、
仮呼名の反応などに、いちいち驚いたりしません。

「おや、急に固まってどうしたのかな。
もしかして、私の顔に何かついているのかい?」
と、髪の毛先を指でくるくると巻きながら、
端麗な顔にからかうような笑みを浮かべる余裕っぷり。

……と、ここで仮呼名、はっと気づきました。
『うっとりしてたら、橘少将殿の下に就いた意味がないぃ!
計画の最も大切な第一歩だ! しっかりしろ、私!
とにかく!
1)橘少将殿に、私という部下は風雅を解し、事に当たっては極めて頼りになる、
すばらしく有能な人材であると評価してもらう。
2)そうすれば、数多の女性を魅了する少将殿も私と行動を共にしてくれるはず。
3)結果、少将殿のモテモテの秘訣を盗み取れる!!
この非の打ち所がない計画を実行して、私は勝ち組になるのだぁぁっ!!』

つまり仮呼名の鼻の下が伸びているのは、
まだ何も始まっていないうちから
あんなことやこんなことを妄想しているためだったというわけで。

まあそもそも、勝手な希望的観測を計画などと称している段階で、
彼の甘い目論見が潰えるのは目に見えておりますが、
ここはひとつ、しばしのお付き合いを。

さて、仮呼名、ここぞとばかりに恭しく挨拶をいたします。
「本日より、少将殿の補佐としてお役目を務めさせていただきます。
なにとぞ、よしなにお願い申し上げたく……」
『よしっ! 完璧だぞ、私!』

しかし、深々と礼をして顔を上げると、友雅殿は少し肩をすくめて、
「そんなに堅苦しく構えることはないよ。
挨拶はすんだのだから、後は適当にしておいで」
彼を軽くあしらうと、優雅な足取りで部屋を出て行きました。
侍従の残り香が心地よく漂い、後ろ姿のなんと艶めいていること。

「おっお待ち下さいぃ!!
私は何をすれば……いや、指示待ちの姿勢はだめだ!
こほん! 少将殿のお勤めの手伝いをいたします。させて下さい」

「今日は私も閑なのでね。手伝いは必要ないのだよ」

「いやですぅぅ〜〜! 置いてかないで下さいぃぃ〜〜。
雑用係でもいいですから、連れて行って下さいぃぃ〜〜」
風雅とはほど遠い勢いで、仮呼名は慌てて後を追います。

そして、どたどたどた……ずざざざざざ……がたんごとん……
どんがらがらがらがっしゃ〜ん
と、騒がしくどこまでも追いかけること半時ばかり。

とうとう
「………やれやれ、好きにしたまえ……」
あきれ顔の友雅殿が、ため息混じりに言いました。

「やったぁ〜〜!!
これで一日中、大いばりで橘少将殿と一緒だ!!」

何と、行動計画の1)をすっ飛ばして、いきなり2)になってしまいました。

けれど友雅殿が承知したとはいえ、
おまけのお邪魔虫を内裏の女房達が歓迎するはずがありません。
仮呼名をにらみつける目は、白いなんてもんじゃない。怖ろしいの一言!

それでも美女というのは得ですな。
怒り顔もめっぽう美しい。

免疫のない若者には刺激が強かったようで
『わあ………さすが橘少将殿だ。
次々と美女が近寄ってくる……。あ、また……あ、そこにもここにも。
何を話してるのかな……ええと、盗み聞きじゃなくてお勤めの参考までに……
え………う…ううう……それってあの……
昼間から………たら〜〜あいけないはなぢが……』

若い者は元気満々。これで仮呼名はさらに勢いづき、
今夜、橘少将殿が宿直の当番と聞いて
「やりますやりますわたしもとのいやりますぅぅ〜〜」
進んで役目に名乗り出たのでした。

『むふっむふっむふっ………
昼間でも橘少将殿はあんなにスゴかったんだから
これからの時間はさぞや………たら〜〜あいけないはなぢが……』

かなり誤解しているような、当たらずとも遠からずのような妄想ですが、
深く考えもせずにはいはいと手を挙げた仮呼名は、
もう自分の妄想で満タンな状態。
左近衛府の同僚達が目を泳がせながら顔を見合わせたことには、
さっぱり気づいていなかったわけです。

そして夜…………

「さて、少しは仕事でもしようか」
友雅殿が優雅に立ち上がりました。

「はいっ! お供致します」
仮呼名はもちろん元気よく名乗り出ますが、同僚達に止められました。

「これこれ、見回りの役目は、それぞれに持ち場が決まっておる」
「新しく入ってきた者は、丑寅の階段周りが担当じゃ」
「くれぐれも用心して行って参れ」

さすがにここまで言われたら、仮呼名といえども逆らえず、
しぶしぶと見回りに出たのでした。

燈台の置かれた部屋を一歩出ると、そこは真っ暗闇。
手にした紙燭の小さな火だけが頼りです。
簀の子に下りても、今宵は月明かりもなく、
それどころか、いつの間にかしとしとと雨が降り始めておりました。

『なんだか寒いなぁ。さっさと一回りして戻ってこよう。
でも今頃橘少将殿は、あたたかな美女の……あれがなにで
たら〜〜あいけないはなぢが……』

その時です。
急ぎ足で進む仮呼名の背後から、湿った足音が
……ひた……ひた……ひた……
と聞こえてきたのです。

「何やつ!?」
咄嗟に振り向いて紙燭をかざしますが、そこにあるのは暗闇ばかり。
何も見えません。

『なぁんだ、気のせいか』
仮呼名はほっとして、丑寅の階段に急ぎましたが、
気がつくと再び、
……ひた……ひた……ひた……という、あの足音が近づいてきます。

しかしここで仮呼名、怖れるどころか奮起しました。
『これって好機かもぉ?
初日に曲者を捕らえる大手柄を立てたら、一気にむふむふむふ……。
よぉし……ここで待っていれば……!』

仮呼名は一応武官ですので、紙燭を足元に置くと、
腰の剣に手をかけて待ち構えました。

……ひた……ひた……ひた……

『来たな……』

……ひた……ひたひた……
ひたひたひた……ひたひたひたひた………

『え? えええ? 足音が増えていく!?』

……ひたひた……ひたひたひた……
ひたひたひたひた……ひたひたひたひたひた………

「ひ……」
明らかに多勢に無勢。
助けを呼ぼうにも、宿直の部屋からはかなり離れております。

ひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひた
ひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひた
ひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひた
……………………………………………………………………………………

「ひぃぃぃぃ〜〜〜〜〜」

仮呼名が頭を抱えてうずくまった瞬間です。
何と足音は急に向きを変えて、階段の隣にある部屋の中に消えました。
そして中からは幾人もの、か細い声が聞こえてくるではありませんか。

ごくり……

九死に一生とはこのこと。
仮呼名は生唾を呑み込んで、当面の危機が去ったことに安堵しました。
こうなったらすぐにその場を去ればいいのですが、
怖いもの見たさの気持ちが先に立つのは、人間の悲しい性と申しましょうか。

そしてとうとう仮呼名は、件の部屋をこっそり覗き見てしまったのです。

するとそこには………

真っ暗な部屋の中に、ぼんやりとした白い影が無数に蠢いていました。
影の輪郭は冠に束帯姿。どう見ても貴族のものです。

そして彼らは悲しげな声で、恨み言を呟き続けていたのです。

…………橘少将に想い人の心を奪われた
………………橘少将のせいでふられてしまった
………橘少将と別れたのに私の元に戻ってこない
…………仕方なかろう。貴公は橘少将とは比べものにならぬ
……………貴公もな
…………………貴公もな
………美しさで勝てぬ
……………歌で勝てぬ
……………………楽を奏でても勝てぬ
………漢籍で勝てぬ
……………舞で勝てぬ
…………………………蹴鞠で勝てぬ
……………………武で挑んでも弓で勝てぬ
………………剣で勝てぬ
…………華で勝てぬ
………………………男としての器量で勝てぬ

『わわわわ……橘少将殿ってば、すっごい恨み買ってるよ。
でも、あの人達誰だろう?
怨霊じゃなさそうだし。お化けでもなさそうだし……』

……今宵こそ、橘少将に恨みを晴らす好機
…………取り憑くなら橘少将が殿居を務める今夜ぞ
………そのために我ら、生き霊となって集う
……いざ行かむ。まずは貴公から
…………………魁より始めよと言う。故に貴公が行け
……………隅にいる貴公は力自慢ではなかったか
……………………力は関係ない。一番の古株が行くがよかろう
…………否、恨みの新鮮な新入りこそふさわしい

『生き霊だって!?
しかもあんなにたくさん橘少将に取り憑こうとしてる……』

さすがに怖ろしくなった仮呼名、思わず後ずさりしましたが、
そのとたん、足が滑って尻餅をついてしましました。

すると生き霊共の顔が一斉にくるりとこちらを向いて、
見〜〜〜〜〜〜〜た〜〜〜〜〜〜な〜〜〜〜〜〜

「ぎゃあああああああああああああああああああああっ」
仮呼名は悲鳴を上げながら、
一目散に左近衛府の宿直部屋へと駆け戻っていきました。

一方、生き霊共は、特に仮呼名を追うこともせず……

………………………見られた
………………………別にいいんじゃない
………………………うむ構わぬ
………………………我ら無害な生き霊だから
………………………何しろ生き霊になって挑んでも橘少将に連敗だし
………………………わざわざ恨みを晴らしに行ってもねえ
………………………完全に無視されるし
………………………攻撃効かないし
………………………そもそも橘少将殿の霊力設定高すぎるし
………………………武官のくせに初期設定で五十五とか
………………………一般貴族は零点零零零壱だからなあ
………………………たまには集まって威勢のいいことも言いたくなるよね

と、傷をなめ合うばかりでありました。


さて、慌てふためいて逃げ帰った仮呼名は、
一部始終を語ると、すぐに異動願いを出したそうな。

『ううう……橘少将殿は本当に危険な男だったんだ!
一緒にいたら、こっちが危ないところだった……ぶるぶるぶる。
先立つものは命だからなあ』

どうやら仮呼名は、モテモテになってガンガンいこうぜ作戦から、
いのちだいじに作戦に移行したようです。

しかし、左近衛府から逃げ出しても、
仮呼名は心配でなりません。

『ううう……生き霊共に顔を見られたかも。
あの場は何とか逃げたけど、いつか見つかって、そして……
うわあああああああああ!
でもお勤めをしないと生活できないしぃぃぃぃぃ!』
心配というより、生きた心地もしませんでした。

でも、捨てる神あれば拾う神ありで、
そんな仮呼名に声をかけてくれる部署があったのです。

「いやあ、君が仮呼名殿か。
左近衛府の知り合いから聞いたんだが、
君、例の丑寅の生き霊を見たんだって?」

「例のって……そんなに有名だったんですか?
だったら早く言ってくれても………」

「いや、有名と言ってもね、はっきり見た者は多くないんだよ」
「どういうことですか?」

「気配だけとか、足音だけとか、ぼんやりした形とか、
そんな話は多かったんだけど、君みたいにしっかり目撃して、
話の内容まで分かるって、あんまり無いことなんだ。つまり!」
「つまり?」

「仮呼名殿、君は【見える】方の人なんだ。
我が陰陽寮は、君を歓迎するよ!」
「♪♪♪」

陰陽寮と言えば陰陽師。
生き霊におびえる者にとって、これ以上に頼もしい存在はありません。
いざとなったら、すぐに助力してもらえるどころか、
自分でも生き霊を祓う力を得られるかもしれないんですから。

『あああ〜〜〜♪
やっぱり私はすごい才能に恵まれていたんだぁぁ〜〜』

しかしうきうきと陰陽寮の門をくぐった仮呼名を、
門衛が気の毒そうに呼び止めました。

「あ、今日から入った人だね。
あんたの上司がそこで待ってるよ」
「はい! ではご挨拶を……」

しかし上司殿は、無愛想な声で言い放ちました。

「名なら聞いている。無駄な挨拶は要らぬ」
「へ……? あ……あの、貴方は」

「安倍泰明だ」

ひぃぃぃぃぃぃ〜〜〜〜〜〜!!!!

かの安倍晴明殿の最後にして最強の弟子・泰明殿の部下など、
ちょっとやそっとで務められるはずもなく、
仮呼名は、その日のうちに逃げ出しました。

陰陽寮では、前途有望な?人材を惜しみましたが、
いきなり安倍泰明殿の下に就けた人事が悪いと同情の声しきりで、
仮呼名を責める者はいなかったそうです。

しかし、二回続けて出鼻をくじかれた仮呼名は、
すっかり沈み込んでしまいました。

『世の中、楽していい思いはできないのかもしれない。
だったら、どうすればいいんだよぉぉぉ……』

そんな時、なんと三度目の勤め先が決まりました。
仕事先がぽんぽん決まるなんて羨ましい限りですが、
これは仮呼名の人徳ではなく、
新しい上司がよく出来た人だったからです。

仮呼名のことを聞いたその人は、こう言ったそうです。
「その方は友雅殿と泰明殿に就いていたのですか?
そうですか……すぐに辞めたのですね。
………無理からぬ事かもしれません。
いろいろと心労が重なっていることと思いますが、
その方さえよろしければ、私の所で働いて頂きましょう」

どうですか、この思いやりに溢れた言葉!
しかもこの方、まだ十代!
というわけで………

「私は治部少丞の藤原鷹通と申します。
最初は慣れぬことも多いかと思いますが、
一つずつ確実に覚えていけば大丈夫です。
分からないことがあったら、遠慮無く聞いて下さい」

鷹通殿の、折り目正しくもあたたかな人柄と穏やかな物腰に、
仮呼名はすっかり感激してしまいました。

「は……はいっ!! よろしくお願いします。
私、真面目に地道にがんばります!!」
「こちらこそ、一緒にがんばりましょう」

こうしてすっかり心を入れ替えた仮呼名は、
やっと腰を落ち着ける職場をみつけました。


左近衛府のかいだんから回り回って、
一人の若者が大人のかいだんを上り始めた…というところで、
お後がよろしいようで………。


―― 終わり ――





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仮呼名視点で書いていたら行き詰まってしまい、
無いアタマを絞った結果、語り物風にしてみたら、
何とか最後までいけました。

こういう形は初めて書きましたが、
違和感なく楽しんで頂ければ幸いです。


なお私的には、語りのCVは八雲師匠にお願いしたい。
でも、与太も勢いがあってよいなあ♪

と、推敲しながら勝手に脳内設定で楽しんでました。


2017.12.5 筆