渇 き

(知盛×望美)


「ねえ、知盛・・・・」
「・・・・・・・」
「こたつでうたたねすると風邪ひくよ」
「・・・クッ・・・・」
喉の奥で、笑う。

「湯上がりでうろついている神子殿こそ
風邪を召されるのではないかな」
「もうっ、都合が悪くなると『神子殿』でごまかすんだから」

望美はみかんのいっぱい入った籠を、
少し乱暴にこたつの上に置いた。

「また神子殿は、ずいぶんとその果実がお好きなようだな」
「うん、やっぱり冬は、こたつにみかんだよね。
あ、葉っぱが付いてるの見〜っけ♪」

ふと、将臣が言っていたことを思い出す。
「あいつ、みかんに葉っぱが付いてるだけで喜ぶんだ。
ガキの頃から、ちっとも変わっちゃいねえ」

嬉しそうにみかんに手を伸ばす望美に、
幼女の面影を探してみる。

しかし、目の前の望美の面差しに重ねるかんばせは、
朧な想像のものだけ。

幼馴染み・・・・か。
有川の兄弟が知っている、お前。
俺の知らぬ、お前の歳月。

だが・・・

知るまでもない。
ここにいる、お前が全て。

喉が渇いたと言って飲み物を取りに行ったはずが、
みかんを抱えて戻ってきて、
あげくに、葉の付いた果実を見つけたと
喜々として手に取り
俺の隣に座って皮をむいている。

確かに・・・お前は幼い頃から、変わっていないのだろう。

変わらぬままでいながら、お前は・・・目も彩に変化する。

脱ぎ捨てたさなぎの幻をまとい、
羽化したばかりの濡れた羽の記憶を持ち、
気まぐれにとまった花の色さえ我がものとして、
鮮やかな光の羽を広げて、
俺の指先をかすめ、
風に紛れて気まぐれに飛ぶ。


だが、今のお前は、無防備な幼子のようだ。
それほどに、この甘い果実にご執心か。

「ねえ、おいしいよ。知盛も食べる?」

余裕なことだな・・・、神子殿。

汗と欲望の残滓にしたたかにまみれ、
足元もおぼつかなげに湯を浴びに行ったばかりというのに。

それとも
まだ足りぬと・・・・言いたいのか?

「はい、あーんして。すっごく甘いよ」
望美が目の前にみかんの一房を差し出した。
白い指にはさまれた、果汁をたっぷりと含んだ房に、
指もろともに歯を立てる。

「痛っ!!何するのよ、知盛」
「なるほど、確かに甘い。果実も、お前の指も」
「そんなことすると、もう食べさせてあげないからね」
「冷たいな・・・神子殿は」
「だって、噛みつかれたくないもん」
望美の目が、いたずらっぽく光る。
「でも知盛が食べたいんなら、上から落としてあげる。
上手に受け止めてね」
けだるげな返事。
「俺は・・・・魚か?」

知盛は、それと動いた気配もなく、望美の膝に頭を預けた。
湯上がりの香の上に、望美の顔がある。

「お魚がいやなら、もう噛まないで」
口の端で笑いながら答える。
「では・・・その唇から、直に頂こうか」
湯上がりの上気した顔が、さらに赤く染まる。
今さら何を・・・な反応が面白い。

「もうっ、ふざけないでよ。鳥の親子じゃないんだから」
「クッ、失礼したな、神子殿を鳥扱いとは」
「ふふっ、珍しく素直だね、知盛」
望美がくすっと笑う。
ころころとよく表情の変わることだ。
警戒心もなく・・・・。

「では、人なれば、子が欲しがるのはこちらか」
つい、と頭を上げ、その場所をついばむ。
「きゃっ!!!」

望美は身をよじって知盛を押しのけ、立ち上がった。

「みかんくらい、食べさせてよっ!」
「おや?神子殿はお怒りのようだな」
「当たり前でしょっ!
お風呂上がりで、本っっ当に喉が渇いてるんだから!!
お水飲んでくる!」
望美はくるりと背中を向け、憤然として部屋を出ていった。

ややあって、廊下から
「知盛もお水飲む?それともお茶の方がいい?」
と尋ねる小さな声。

答えねば、また拗ねるのだろう。

・・・・女の気持ちを考えるなど、
殊勝なものだと、皮肉な笑みが浮かぶ。

「今は・・・いい」
「うん、わかった」


そう・・・
俺の渇きを癒すのは、
お前の喉が潤されてからで、いい。


血のたぎりを感じながら、
眼を閉じ、戻ってくる柔らかな足音を待つ。




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ええーっと、微えろでしょうか・・・。
この話の前後は、ご想像にお任せ致します(大汗)。

季節ネタを、と思って書いた、元お礼SSです。
ただ、そこまではよかった?のですが、
こたつに知盛の組み合わせという、
ある意味とてもミスマッチな組み合わせ・・・。

こたつとみかんという、究極の冬のくつろぎアイテムをもってしても、
ほのぼのは無理でした(苦笑)。

2007.2.25加筆