(泰明×あかね・本編中背景)
中空に広がった五芒星が目の眩むような光を放ち、
凄まじい力で怨霊を撃った。
「グ!!……グギャギ……ギィィ……」
断末魔の咆哮と共に怨霊は消え、吹き荒れていた瘴気の嵐が弱まっていく。
「や、やったか……」
「待て、油断はできぬぞ……」
「狡猾な怨霊だ。まだどこかに隠れているやも知れぬ」
倒れ伏していた陰陽師達が、よろめきながら次々に立ち上がった。
と、先ほどまで怨霊が暴れていた場所から素っ気ない声がした。
「怨霊の気は消えている」
声の主は、泰明だ。
陰陽師達はあからさまに顔を歪めた。
それまで強い瘴気に身動きもならず、彼らはこの戦いで何もしていない。
一方泰明は、荒れ狂う瘴気の中で怨霊と戦い、調伏までしたのだ。
強大な怨霊を相手にしたというのに、泰明の身体には傷一つ見えず、
白い封印を施された美しい顔には何の表情もない。
余りにも圧倒的な彼我の力の差。
ぎりっと歯がみをする者がいる。
拳を震わせる者も、泰明を睨みつける者もいる。
「調伏は終わった」
泰明は短く言い放つと、踵を返して歩き出す。
「待て、泰明。どこへ行く。また勝手に動くつもりか」
「いや、好きにさせておけばいい」
年かさの陰陽師が止めようとするのを、
もう一人が押しとどめ、他の者がそれに賛同した。
「統制を乱す者などいらぬ」
「その通りだ。本当に怨霊が調伏できたのか、我らだけで調べようぞ」
「これであの仏頂面を見ずにすむのだ。清々しい心持ちよ」
彼らは顔を見合わせてうなずき合うと、声を張り上げた。
「お師匠様にご報告せねばならぬな」
「うむ、己の力に傲った振る舞いは目に余る」
「力を見込んで同行させてやったというのに」
「しかし考えてみれば、怨霊の調伏は泰明にこそふさわしい務めではないか?」
「そうだな、薄気味悪いもの同士で、よい組み合わせよ」
「おお、しょせん我らの出る幕など無かったということか」
一斉に哄笑の声が上がった。
――妬み、嫌悪、敵意、憎悪をこめた言葉。
自分の背に向けて投げかけられる呪詛。
生を受けて以来、数知れず繰り返されてきたことだ。
心を持たぬゆえに、何も思わない。
ただ胸のどこかが、ひり…とするだけだ。
「神子……」
小さな声で口にした。
ただそれだけで、ひりりとする感覚は消えて、胸にあたたかさが満ちてくる。
少し湿った夕風がさやさやと吹いた。
空が淡い紫色から薄墨の色へと移りゆく時間、
昨日の今頃は、神子と共にいた。
――神子は今日、誰と出かけたのだろう。
明日は誰と物忌みの日を過ごすのだろう。
「………神子」
もう一度、呼んでみる。
眼を閉じれば、面影が浮かぶ。
胸のどこかが疼いた。
神子を思う度に感じる不可思議な感覚。
痛みに似て痛みではなく、苦しさに似て苦しさとは違う。
――そうか……。
私は神子に会いたいのだ。
神子の声を聞き、神子の笑顔を見たい。
神子の側にいたい。
これは、願いなのか?
心を持たぬ私がなぜ願うのか?
問うても、正しい答えは分からない。
答えに至る道も見えない。
その頃、安倍屋敷の片隅に建つ泰明の家には、一通の文が届けられていた。
淡香の紙に書かれたその文には、藤の花が添えられている。
やがて泰明は文を手に取るだろう。
文を開く白い指先は少し震え、
どのような時にも決して変わることのない胸の拍動が、
その瞬間だけは、大きく高鳴っているだろう。
これこそが惑いの答えなのだと泰明が気づく日は、
まだ少し先のこととなる。
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ちょっと遅刻してしまいましたが、
今年も泰明さんのハピバ話を書けて幸せです。
神子から文が来たときの泰明さんの反応って、どんなふうでしょう。
ゲーム終盤の泰明さんは、
少なからずときめきを感じていたんじゃないかと思うのですが。
一番の乙女は永泉さんだけど、泰明さんもなかなかのものではないかしら。
強くて有能な陰陽師の泰明さんも、
こんなふうにぐるぐるしている泰明さんも大好きです。
2014.9.15 筆