月からの贈り物

(泰明×あかね・京エンド後)
泰明誕生祝い
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ぺったん!!ずっしん!!!

ぺったん!!ずっしん!!!


巨大なウサギが力強く餅をついている。
凄まじい膂力で杵が振り下ろされるたび、地響きが轟く。

しかし、唐突に音が止んだ。

月面餅つきセンターの管理官が驚いて駆けつけると、
ウサギは杵と臼を抱え、のしのしと餅つき場を去るところだった。

「待て、ウサギ」管理官はウサギを見上げて言った。
[ああ、桂さんか]ウサギは管理官を見下ろす。

「桂じゃない。月の桂男(微難)……あ、間違えた。
月の桂男(美男)だ。
職場を放棄してどこへ行こうというのだ」

[下界です。あそこに何としても行ってみたいんです]
ウサギは青く輝く地球を指さした。

「何を馬鹿なことを。
月野うさぎの役割は、月に代わってお仕置きよ……間違えた。
月のウサギの役割は、餅つきする姿を下界の民に見せることだ」

[見せてどうなるんですか。
こちらは餅をつくだけ。
下界の民は、こっちを見上げるだけじゃありませんか。
確かめたいんですよ、ジブンが餅をつく意味を]

「いや、意味ならあるぞ、ウサギ。
明日は『京』なる土地では中秋の名月。
小さなお友達は、お前を見上げて夢を…」

[小さなお友達にかこつけて
大きなお友達が夢見てるだけかもしれないでしょうが。
止めないで下さい、桂さん。
とおおおおおおっ!]

「桂じゃない。月の桂男(略)だ。
………………………ああ…行ってしまったか。
仕方ない。
月面プロジェクターには雲の画像でも流しておこう」

月の桂男(りゃk)はため息をついて下界を見た。
「しかしあいつは自分の大きさを分かっているのか。
あっちで騒ぎが起こらねばいいが……」

だが今となっては心配してもしかたない。
月の桂男(り)は釣り竿を手に取った。

「ウサギが戻るまで、月魚でも釣っているとしよう」


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ゴゴゴゴゴゴ

ウサギは地球に向かって猛スピードで降下した。
青い海に囲まれた弓状列島が見え、賑わう都も見えてきた。

――帝のいる宮廷より、庶民の様子が知りたい。
だがいきなり大きなウサギが現れたら、
住人を怖がらせてしまうかもしれない。
まずは密かに着陸して、様子を見ることにしよう。

ウサギの眼下に京の街が迫っている。


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今年の「誕生日」こそ、あかねと二人きりで過ごせる!

陰陽寮の仕事を終えた泰明は家路を急いでいた。

誕生日のぷれぜんとは何がよいかと問うたあかねに、
二人きりの時間がほしい、と答えた。
するとあかねは、愛らしく頬を染めて、うれしそうに頷いてくれたのだ。

その時に、頭痛歯痛腹痛腰痛で仕事を休むなど以ての外、
もちろん早退もいけないし仕事はきっちり最後まで、と
にっこりぐっさり釘を刺された。

だが、今日という日に限ってたくさんの仕事が持ち込まれ、
あかねとの約束を全力で守った泰明が陰陽寮を出た時には
既に日はとっぷりと暮れていた。

しかしやっと家の前まで来た時、不穏な気配を感じて泰明は足を止めた。
この気配の元は………まさか!
泰明は夜空を見上げた。
嫌な気配はどんどん強くなる。

だが確かに気配は近づいてきているというのに、
空には何も見えない。

いや、見えないのではなかった。
気配の主は―――。


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上空のウサギは、鋭い眼でこちらを見上げている男に気づいた。
男は全身から異様な力を放っている。

――高空の気配に気づくとは、あやつ、できるな。
下界の民に、このような力があるとは知らなかった。
宝物一つ自力では探せないのが下界の男、と聞いていたのだが。

ふっ……。
ウサギの口が、両端のぴんと跳ね上がった「人」の形になった。
ウサギ的にはふてぶてしい笑みを浮かべたということだ。

あやつならば、気晴らしに手合わせしてやってもいい。
まばたき二、三回ほどは持ちこたえてくるだろう。

ウサギは着陸場所を変更し、目標をその男に定めた。

男の眼は、しっかりとウサギを捉え、
ウサギも男をにらみ返す。
遙か上空と地上の間に、目に見えぬ火花が散る。

しかし、ここでウサギは異変に気づいた。
男との距離感が、どこかおかしいようなのだ。

そして着地数秒前、ウサギはやっとその理由を理解した。
う……うそでしょ……!?

ウサギが地面に降りた瞬間、
ずずうぅぅぅぅぅぅんん!!!!!と大地が揺れ、
天高く土煙が舞い上がる。
………はずだった。
ウサギにとっての当比では………。

ウサギが周囲を見回すより早く
「どこから来た、小型子ウサギ」
ウサギの頭上から、男の声が降ってきた。

首が痛くなるほど上を見上げると、
「できる男」が、遙かな高みから無慈悲な眼でウサギを見下ろしている。


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泰明の手にはすでに呪符があった。

ウサギはこちらを見上げて直立している。
大きさは泰明の拳ほどもないが、相手が小さくとも油断はできない。

「どこから来た、小型子ウサギ」

するとウサギは泰明をにらみ返し、手にした臼を下に置くと、
ぺち!ぺち!ぺち!ぺち!ぺち!ぺち!ぺち!ぺち!ぺち!ぺち!ぺち!ぺち!と、
すごい速さで杵を上下動させ始めた。

粘りけのある音がしているのは、
臼に何か入っているからかもしれない。

この動きに何か意味があるのか?
泰明は小さく首を傾げた。

ウサギからは穢れを感じない。
つまり怨霊ではない。
だが八百万の末席に座す小さな神でもない。

いずれにせよ、形は同じでも、これはウサギとは似て非なるものだ。

極めて怪しい。
空から落ちてきただけでも怪しい上に、
あかねと二人きりの夜に介入してきた。

一言で言うなら、
「許せぬ!!!!!!」


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ううっ……ジブンがこんなに小さかったなんて。

ウサギの口は細かい波線になっている。

餅つきはウサギにとって力の誇示だ。
しかし、たくましい腕でどれほど激しく杵を動かしても、
この男は歯牙にもかけない。

…………どうしよ〜〜〜〜〜。

あああ……下界なんかに来るんじゃなかった。
ここが怖ろしい巨人の巣窟だなんて知らなかった。

月に帰りたい。
あの餅つきの平和な日々が懐かしい。
でも、この男からは逃げられそうもない。

進退窮まったウサギはぶるぶると震え、
輪郭線までが波線になっている。

その時!!!

「きゃあっ!!!」
今度は可愛らしい声が降ってきた。

と同時に、ウサギは柔らかな手でそっと持ち上げられる。

?????????
ななななんなんだ???????
今度は何が起きた〜〜〜〜〜????


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泰明を迎えに出てきたあかねが、ウサギを発見してしまった。

「神子! それに触れるな! 得たいの知れぬものを
手に取「泰明さん、可愛いですね〜〜♪」ない」

泰明の警告は、あかねの耳に入っていない。

「可愛「ウサギさん、お餅をついていたの?」神子だけだ」
あかねは一生懸命ウサギに話しかけている。

するとウサギは、あかねに向き直り、
ぺっちん♪ぺっちん♪と、丁寧に杵を動かした。

むっ……これは………。
泰明はウサギをにらんだ。

ぺち!ぺち!ぺち!ぺち!ぺち!ぺち!ぺち!ぺち!ぺち!ぺち!ぺち!ぺち! はあからさまな威嚇で、
ぺっちん♪ぺっちん♪は、あかねになついているということだ。

泰明は極限の仏頂面をウサギに向けた。

「神子、そのウサギを渡せ。
今すぐこいつの化けの皮を剥がす!」


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皮を剥ぐだって〜〜〜〜〜!?

な、何てザンコクなんだ。
下界に基本的兎権は無いのか?
あ……そういえば地上には、
酷い目に遭ったウサギが、悪人にさらに痛めつけられる
号泣必至の伝承があったっけ。
こうなったら頼みの綱は……

ウサギは杵を胸に抱え、訴えるようにあかねを見上げた。

「大丈夫よ、ウサギさん。泰明さんはやさしい人だから」

この凶悪な仏頂面男がやさしい?
やさしさの基準がおかしくないか?

………………………つまり下界はこういう所だったんだ。
餅つきなんて、無意味だったんだ。

ウサギは腹をくくった。
それでも誇り高い月ウサギとして、立派な最期を迎えよう。

[ふっ、お嬢さん、慰めなんざいらないさ。
ジブン、簡単にやられるようなウサギじゃないぜ。
来い! 凶悪仏頂面男!]

ウサギは威勢よく啖呵を切って杵を構えた。


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「凶悪仏頂面男ではない。安倍泰明だ」

泰明が答えると、ウサギはびくっとした。
[ウサギ語が分かるのか? 桂さんじゃないのに]

「桂ではない。安倍泰明だ。
お前の言葉は分かる。話せるならさっさと答えろ。
お前はどこから来た、小型子ウサギ」

するとあかねがにっこり笑った。
「泰明さん、私には分かりますよ」
そして笑顔を空に向ける。

そこには薄雲のかかった丸い月――。

「このウサギさんは、月から来たんです。
だって餅つきができるんですもの。
そうだよね、ウサギさん?」

[お、お嬢さん……! その通りだ!]
ぺっちん♪ぺっちん♪
「そうか。神子の言う通りか。
だが、月のウサギがなぜ地上にいる。
何のために来たなぜこの日を選んだ
用がないなら さっさと帰れ」


[よ、よ、よろこんで〜〜〜〜〜〜っっっっ!!!]

ウサギはささっと臼と杵を両脇に抱えた。

「泰明さん、ウサギさんは何て?」
「『月から来た。もう帰る』と言っている」
「ええっ! もう帰っちゃうんですか?」
「これを引き留めたいのか、神子? だが今宵は………」

「はい、泰明さん。大丈夫、引き留めたりしません」
あかねは笑顔でうなずいた。

泰明はほっとする。
当然だ。これから神子は私と二人きりで……。

「だって、明日は十五夜ですものね」
「え゛………」

泰明が固まっている間に、ウサギはあかねにぴょこんと頭を下げた。
[お嬢さん、これでお別れだが、その前に礼を言うぜ。
ジブンが下界に降りたのは無駄じゃなかった]

あかねはにっこり笑ってうなずいた。
「私にはウサギさんの言葉は分からないけど、
今のはお別れの挨拶だね。
ウサギさん、さようなら。元気でね」

[さらばだ! お嬢ちゃんと凶悪仏頂面男]
ウサギはあかねの手から大きく跳躍した。

臼と杵が空中でロケット型に変型し、
噴射口から眩しい輝きを放ちながらぐんぐん加速して夜空に消えていく。

「さようなら〜〜ウサギさ〜〜〜〜ん、餅つきがんばってね!!」
あかねは手を振り、
「二度と来るな!!!!」
泰明は心の中で祓えの呪を繰り返し唱えた。


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ゴゴゴゴゴゴ

ウサギは猛スピードで月に向かって飛行していた。
懐かしい月が近づいてくる。

下界ではとても怖ろしい思いをした。
一時は、命すら亡くすと覚悟した。
そして、己の小ささを思い知らされた。

だがウサギは今、不思議と満ち足りている。

――あのお嬢さんは、ジブンを月のウサギと分かってくれた。
餅つきする姿ですぐに分かったと……。

無駄じゃなかったんだ。
ジブンの餅つきは、月と下界を結ぶ意義ある務めだ!!!

そして―――

ぺったん!!ずっしん!!!

ぺったん!!ずっしん!!!


餅つきの音が再び月の大地に轟いた。

「おお、戻ったか、ウサギ」
管理官がやって来た。

[勝手なふるまいをしてすみませんでした、桂さん]
「桂じゃない。月の桂男()だ。
で、下界はどうだった。何か得るものはあったのか」

ウサギは桂を見下ろして深く頷いた。

[はい。
桂さんがものすごく小っさい男だってことが分かりました]

「か…桂じゃ(以下略)」


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やっと二人きりになれた泰明とあかねは、
庭で寄り添いながら夜空を見上げている。

「月にかかった雲が晴れたな」
「いつものきれいな月ですね。
ウサギさんがよく見えます」
「月に異変は凶兆だ。いつも通りでよい」

「ウサギさんが地上に来た理由は分からないままだったけど
偶然でも、月のウサギに会えたなんて、とても幸運でした」
「あれはさっさと帰った。もう問題ない」

「泰明さんのお誕生日に、月からのすてきなプレゼントですね」
「ぷれぜんととは、佳きものではないのか?」

「あんなに可愛いウサギさんですよ。
とってもいいものじゃないですか」

「あれがいいもの……」
そう言いかけて、泰明は月を見上げているあかねを見た。

頬は上気して、愛らしい瞳がきらきらと輝いている。
声も生き生きと弾んでいる。

………そうか。
月のウサギに会ったことが、これほどにうれしいのか。

泰明の視線に気づき、あかねが顔を向けた。
その桜色の頬に手を当て、泰明は微笑む。

「無論、よきぷれぜんとだ。
月のウサギに会ったことも、お前がそのように笑うことも」

頬の色が耳元まで広がり、泰明の手に熱が伝わってくる。

「私も……泰明さんが笑うととてもうれしいです。
お誕生日おめでとうございます、泰明さん」

愛しきひとから紡がれることほぎの言の葉……。

熱い頬に顔を寄せ、泰明はあかねの耳元にそっとささやいた。
「ありがとう、神子。
お前の存在こそが、何にも優るぷれぜんとだ」









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泰明さん、お誕生日おめでとう!!!
あかねちゃんといつまでもラブラブでね!!


↑ というのを10月に叫ぶなんて、
大大大遅刻です。
諸般の事情があったとはいえ、反省しきりです。

でも、とにもかくにもアップまでこぎつけました。
声ネタベースのお話ですが、
元ネタにピンと来た方もそうでない方もお楽しみ頂ければ幸いです。

あとがきに入れるはずだったアホなオチがあるのですが、
そちらは間に合いませんでした。
近いうちに、話の途中に分岐リンクを入れる予定ですので、
アップしたら更新のお知らせでご案内します。


話の途中にあからさまに隠されたリンクから、
別のエンディングに分岐します。
よろしければそちらもどうぞ。


2016.10.2 筆