はじめてのおてつだい

(泰明×あかね・京エンド後)


「神子、今帰った」
「お帰りなさい、泰明さん。こほっこほっ」 「もどったか やすあき」
「咳が出るのに起きていいのか」
「ずいぶん気分がよくなりましたから」 「みこは げんきになってきた」

いつもは庭に出て待っているあかねが、今日は部屋で泰明を迎えた。
風邪をひいたらしく、昨夜から咳き込んで熱もあったからだ。

泰明はあかねの側について看病すると言い張ったが、
ちゃんと仕事に行って下さいと、熱で潤んだ瞳であかねに懇願されては逆らえない。
朝はしぶしぶ陰陽寮に出かけ、凄い勢いで勤めを終えてさっさと帰ってきた。

しかし…せっかく急いで戻ってきたのに

「ゆうげのしたくは できているぞ」
あかねの腕の中から、甲高い声が聞こえてくる。

あかねに向けた笑みが、声の主に視線を移すと同時に消滅して仏頂面になった。

あかねに抱っこされて、小さな式神がくつろいでいるのだ。
しかもその式神の姿は……微妙に自分に似ている……ような、いないような。

「泰明さん、式神さんはとてもよく働いてくれたんですよ」
あかねはにっこり笑い、
「ね? そうよね、式神さん」
式神を見て言った。

「そうだ わたしは みこのために がんばった」
式神はあかねと目を合わせてこくこくとうなずく。

むっ…
「当然の務めを果たしただけで威張るな」
「いばってなど いない ほんとうの ことを いっただけだ」

あかねに代わって家の仕事をするために置いた式神が、
なぜこんなに偉そうなのだ。
微妙に自分に似ている……ような、いないような姿も気に入らない。

何しろ、式神の髪の形や服装は泰明そのものなのだ。
だが、顔はとても簡単な造作で、まん丸な頭に、丸い目鼻。
三頭身体型で身長は二歳の子供くらいしかない。

「まだ病の癒えない神子に抱っこされて、
お前はそれでも式神としての自覚があるのか」
「泰明さん、そんなことで式神さんを叱らないで」
「分かった」(←即答)
「わかれば いい やすあ…」
ぽちっ
泰明は式神の丸い鼻を押した。
その途端、式神は元の呪符に戻り、あかねの手元からふわりと浮き上がる。

真ん中に黒い●が描かれたその呪符は、ひらひらと飛んで泰明の手に収まった。
泰明はむすっとして手の中の呪符を見る。

――神子が甘やかすから、式神はいい気になったのだ。

それでも、小さな泰明型式神の用意した夕餉はおいしかった。
部屋の中は、床も柱も天井も、ぴかぴかに磨かれている。

あかねはまだ時折こほこほと咳き込むが、
夕べよりずっと気分はよさそうだ。

「泰明さんと式神さんのおかげで、ずいぶんよくなりました」
「だが神子、油断はするな。
お前の気は、まだ弱々しく滞っている」

泰明はあかねを褥に横たえ、撫物の札を取り出した。
しかしあかねは、頭を振って泰明の手を押さえる。

「私なら、もう大丈夫ですから、 大切なお札は取っておいて下さい」
「大切な札だから、神子のために使う。
こんなに熱い手をして…辛くないのか、神子?」

あかねはにこっと笑った。
「心配ないですよ、泰明さん。
でも、早く治るように、明日もおとなしくしていますから」
あかねの手をそっと握りながら、泰明はうなずいた。
「それがいい、神子。 ならば明日は…」
「はい。じゃあ明日も、可愛くて働き者の式神さんをお願いしますね」
「え゛……」

起きていて疲れたのだろう。
あかねはそのまま寝入ってしまった。

――神子は、そんなにこの式神がいいのか…?
泰明は式神の呪符を取り出した。

神子の願う通りの姿にしたからか?

家の手伝いをするには、人の形を模した方がよい。
だが人の動きさえできるならば、見た目にこだわる必要はないと考えた。

だが、あかねの希望は違った。
「泰明さんと同じ格好」をしているのがいい、と言うのだ。

そして理由は分からないが、
鼻を押すと元の札になり、札の真ん中の黒い●を押すと、
また式神の姿になるのがいい、と主張した。

そうか! 神子は、式神が私に似ているから気に入ったのか。
それならば、とてもうれしい。

だが私は、あのようにかぱっと口を開いたアホ面ではないはず。
私と式神は似ていない。

暗く静かな閨の中、
眠っているあかねの傍らに正座して、泰明は真剣に考え、
至極当然の理由に思い至った。
式神が、神子の役に立ったからだ、と。

………私も、もっともっともっと神子の役に立ちたい。

そうだ、式神の仕事ぶりを調べてみよう。

泰明は、式神の呪符をおでこにくっつけた。
こうすれば、式神の記憶が泰明に伝わるのだ。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

おそうじ じゃぶ じゃぶ

式神は桶に水を汲んで雑巾を濡らした。

おそうじ ごしごし きゅっきゅっ

式神は柱も壁も床もせっせと磨いていく。


みこの ようすを みる

式神は時折あかねの所へ行く。

そうだ、当然だ。
神子を放っておいてはいけない。

みこ だいじょうぶか

「式神さん、心配してくれてありがとう」

みこ おでこ こつん

な…何をする!
神子の熱をおでこで測るのは、私の役目だ。
私だけの大切な務めだ!!


式神は掃除をすませると厨に入る。

おりょうり みこに おいしい おりょうり

神子の額に触れておいて、なぜ冷静に料理などできる!?

わっせ わっせ

身長が足らないので、式神は踏み台を運びこんだ。

おりょうり とんとん ひのようじん
みこ げんきになれ
みこのびょうき はやくよくなれ


なぜか手際がいい。味もよかった。なかなかの腕前だ。

そして……心がこもっている。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

泰明は、おでこからそっと札を離した。



翌朝、あかねが目覚めると、
目の前には、心配そうにのぞきこんでいる泰明の顔があった。

半蔀の隙間から光が射し込み、外から小鳥の声がする。
遠くで時刻を報せる太鼓の音がした。

「泰明さん! 遅刻です!」
起き上がろうとしたあかねの肩にそっと手を置き、
泰明は言葉のないおはようの挨拶をする。

「……風邪が、うつってしまいます」
「問題ない」
「早くお仕事に行かないと」
「昨日のうちに頭痛歯痛腹痛腰痛欠勤届けを出してきた」
「……今回も、誰も信じていないと思います…」

「だから神子、今日は私が手伝いをする」
泰明はすっくと立ち上がった。
「そして、看病と家事の両立を果たす」

泰明は長い紐を取り出して端を口にくわえ、
器用に身体の前後に回してたすきを掛けた。
「神子は確か、このようにやっていたと思うが」
「お掃除…してくれるんですか?」
泰明は、こくんとうなずいた。

その時、閨の扉が開いた。

「おそうじ やすあき いっしょに おそうじ」
雑巾を握りしめた式神が、甲高い声で泰明を呼ぶ。
「急に扉を開けるな。神子が寒い思いをする」
「すまなかった みこ」


「最初に、掃除から始める」
「きほんは ゆかそうじだ」
扉が閉まると、ぶっきらぼうな声と甲高い声が何やら話している。

そして間もなく、凄い速さで廊下を往復する足音が聞こえてきた。

続いて、「布が燃えてしまった…」とつぶやく泰明の声に、
「はやいより ていねいが だいじだ」
甲高い指導の声が重なった。


「ありがとう……泰明さんたち。
私、早くよくなりますね」
あかねはにっこり笑うと、再びすやすやと寝息を立て始めた。






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時代考証無用の「パー○ン」ネタです。
あかねちゃんが「パ○マン」を知っているかどうかは問わないように。

そして、式神の「かぱっと口を開いた」映像は、自分的には
公共教育放送でおなじみの「木ぐ○の木」さんの人形や、
とある住宅メーカーのCMに出てくる歌うヒツジくんのイメージです。

とにかく、有能な陰陽師と二歳児の両方を一度に書こうと
これでもがんばってみたのです〜〜(汗)
くすっと笑ってもらえればサイコー。


2012.5.31 筆