眠れない夜は



「神子、まだ眠れないのか」
「何だか目が冴えちゃって…」
「明日は藤姫と舟遊びに行くから、
それに備えて早寝早起きをする…と言っていたようだが」
「うーん、コーフンして眠れないのかも。 遠足の前の日の小学生みたい」
「えんそく?しょうがくせい?」
「明日が楽しみで眠れないなんて、
私ってば、子供みたいだなって思ったんです」

「神子は子供ではない。 眠れないのならば、まじないを…」
そう言いかけて、泰明は口をつぐんだ。

あかねと一緒に行かれるのなら、問題ない。
しかし明日は重要な祈祷があり、晴明と一緒に宮中に呼ばれているのだ。

頭痛歯痛腹痛腰痛という手は一度使ってしまった。
ズル休みはもちろんのこと、 式神を代わりにやるのも、もっての外と、
あかねからキツく言われている。

ならば、ということで、安全のために、
あかねには既に幾重にもまじないをかけてあるのだ。

悪い虫も、頼久を始めとする余計な男達も近づかないように、
水に落ちても沈まず岸に上がれるように、
転ばないように、迷子にならないように……等々、
数え上げればきりがない。

そこに新たなまじないをかけるのは、泰明といえど少々厄介だ。
どうしたものか……考え込んでいると、あかねが言った。

「泰明さん、子守歌を歌ってくれませんか?」
ぶんぶんぶんとかぶりを振る。
「故あって、歌は封印している」

「じゃあ、羊を数えて下さい」

「ひつじ…?
未は陰陽では陰に属し、土の気を持つ。
それを数えるとはどういうことか?」

「ええと、十二支のことは考えなくていいんです。
もこもこした可愛い羊さんたちが、
広い野原にいっぱいいるところを想像してみて下さい」

「わかった」

泰明は、可愛い未を想像しようと試みた。
しかし、泰明にとって可愛いといえば、あかね。
だが、あかねの顔をした未など、とんでもないことだ。
さらに、もこもことは何か…。
泰明の眉間に皺が寄った。

「そして草原には柵があって」

「柵……どの辺りにあるのだ」
「泰明さんの思う通りの所でいいです」

どこが一番よいのだろう…。
泰明の想像の中で、行き場の決まらない柵が、 草原の上を行ったり来たりしている。

「それで、羊さんがその柵を、 ぴょ〜んぴょ〜んって飛び越えるんです」

もこもこで可愛くて広い草原で柵があって、 未とは違うひつじがそれを飛び越える。
しかも、「ぴょ〜んぴょ〜ん」と飛ばなくてはいけない。
それを数えろとは……。

難題だ。
しかし、神子のため。

「わかった、神子。
やってみるが、しばし準備がいる。 待っていてくれるか?」

「????はい、いいですよ」

泰明は眼を閉じて、気を集中した。

しかし、もこもこで可愛くてぴょ〜んぴょ〜んなひつじ達は
広い草原を勝手に動き回り、柵を跳び越えるどころか、
泰明の視界の中におさまってくれない。

あかねは静かに待っている。

しばらくの後、苦闘の末にやっと泰明は眼を開いた。

「待たせてすまなかった神子。
ひつじの数は三百八十二匹だ。
……神子?」

待ちくたびれたあかねは、いつの間にかすやすやと眠っていた。

泰明は、ほっと安堵のため息をついた。
「眠れたのか、神子。 よかった……」

あかねの夜具をそっとかけ直すと、 その隣に横たわる。

あかねの寝顔を見ながら、泰明は思った。

このまじない、覚えておこう。






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異世界間ギャップをネタにしてみました。
泰明さんの中の人は、羊を数えることに長けていらっしゃいますが(笑)、
どこまでひねるべきか、迷った末、このような話になりました。
ひつじさんより、泰明さんの方が可愛いような(笑)。

2008.7.6 拍手より加筆移動