忙しい物忌み


「神子、今日はお前の物忌み日だ。なぜ出掛けるのだ?」
「あんなものもこんなものも無くなってしまって…」
「この前、東の市で一緒に買い物をしたはずだが」
「ええ。でも、みんながよく遊びに来てくれるので、
嬉しくてつい、いろいろご馳走とかしちゃうから」

一瞬の間をおいて、泰明は尋ねた。
「みんな…とは?」

あかねはキョトンとして答える。
「みんなって、頼久さんとか、鷹通さんとか、
イノリくんと鍛冶のお師匠様とかわいい子分の子供たちと、
それから、友雅さんや永泉さんも…」

さらに間をおいて、泰明は再度尋ねた。
「私の留守中にか?」

あかねも、さらにキョトンとして答える。
「そうですよ」

あかねの顔には、
−−当たり前のことばかり聞いて、変な泰明さん−−
と書いてある。

「晩ご飯の材料がないと困りますから」
「手伝いの者がいるだろう」
「今日は頭痛歯痛腰痛腹痛でお休みです。
すぐに戻りますから、いいでしょう?」

あかねは、にっこりと笑った。

……この笑顔に負けてはいけない……
と気を引き締める。

「ならば私も一緒に行く」
「え?陰陽寮のお勤めは?」
「今日は休む」
「無断欠勤はいけません」
「式神で伝えておく」
「休む理由が、お買い物なんて…」
「神子の無事に勝るものなど無い。…が…」
「が?」
「表向きの理由は頭痛歯痛腰痛腹痛だ」
……お師匠は伝言を聞いて爆笑するだろうが…。
「泰明さん…」
……そんな理由、晴明様どころか、誰も信じないのに…。



そして結局、二人で京の街を歩いている。

「神子、体調が悪くなったらすぐに言え。
私から離れるな」
「はい」
「最初に行く店はどこだ?」
「この道を真っ直ぐ行ったところです」

その時泰明が、はっとして顔を上げた。
「…っ!!」
「泰明さん?」

あかねの手をつかんで走り出す。
「ちょ…ちょっと…どうしたんですか」
角を曲がった。
「泰明さん、道が違います」
方違えだ。あの方角はよくない。まず、別の方向に行く」
「はあ?」

ぜえぜえ…はあはあ…

「か…かなり走りましたけど…もういいんですか?」
「これで…問題ない」
「ああ、よかった。…って…え?泰明さん?」

再びあかねの手を引いて走り出す。
「もう、問題なかったんじゃ…」
「あの場所には、穢れがあった」
「く、苦しくて、もう走れません…」
「問題ない」
泰明は、あかねを軽々と抱え上げた。

イノリがいたとか、鷹通が揉め事の仲裁をしていたとか、
神子は気づいていないようだ。

走りながら、やはり、ついてきてよかったと思う。

「も…もう…いいですか?」
泰明に抱きかかえられたままのあかねが、
真っ赤な顔をして言った。

「頬が熱い。熱でもあるのか?」
そういう問題じゃありません!

気がつけば、東寺の前。

「ねえ、泰明さん、せっかくですからお参りしていきましょう」

嫌な予感がした。
しかし、あかねは泰明を置いて、すたすたと寺に入っていく。

「あ、永泉さん」

……やはり…。

手を振るあかねに向かい、永泉は、遠くから軽い会釈をした。

「勤行の途中で、邪魔しちゃいけませんね」

その通りだ!!×100回。


しかし、ほっとしたのも束の間、
寺から出たところで、友雅の牛車に会ってしまった。

昼間から出仕もせず、
何をやっているのだ?!友雅!!


「友雅様、外がそのように気になりますの?」
「愛らしい花を見つけたのでね」
「まあ、私といるのに、つれないこと」
「だが花には守り人がついているのだよ。最強の守り人がね」

牛車をにらんだまま、泰明はあかねの視界から牛車を遮って歩く。

「泰明さん、なぜ横歩き を?」
「神子を守る、まじないの一種 だ」
「????」

「友雅様、お腹が痛むのですか?」
「い、いや…あまりに珍しいものを見たのでね…」

笑うな!友雅!!


「ええと、最後がこのお店です…」
「そうか、やっとこれで終わるのか」
たくさんの荷物の奥から、泰明は答えた。

しかし、まだ終わってはいなかったのだ。
今度は、もう逃げられない。

四方から、やり過ごしたと思っていたイノリ、鷹通、
友雅、永泉に加え、頼久までもがやって来た。

「あかね〜!」
「こんにちは、神子殿」
「これは奇遇だねえ」
「神子、先ほどは失礼いたしました」
「神子殿…」

なぜみんな、こんな所に来る?!
仕事をしろ!!
街中をうろついていないで、

真面目に仕事場へ行け!!


神子ではなく、今日は私の物忌み日 なのか?と、
自分のことは棚に上げて、ふと思う泰明だった。






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この話は、泰明・泰継生誕祝い企画サイト「神仙に冴ゆる月」様に
掲載して頂いたものです。

お誕生日おめでとう!の話なのに、
泰明さんには、いろいろ大変な思いをさせてしまいました。

あかねちゃんへの一途な爆ラブっぷりと
可愛いヤキモチを
笑ってお読み頂ければ幸いです。



2008.2.15 加筆