病は気から

部分的に、トーン高め、猫なで声系のIAボイスを適用してお読み下さい。


具合が悪くなる…とは、どういうことなのだろう。
よくわからない…。

泰明は首を少し傾げ、考えている。

生を受けてこのかた、病になどかかったことがないのだ。

人の病を治す祈祷はできる。
自分の負った傷を治すこともできる。

だが、病とは、どんなものだろう。

あかねの熱は、幸いすぐに下がった。
今日はもう、いつもの通りに早起きして、忙しく立ち働いている。

神子がよくなったら、私は具合が悪くなると宣言した。
しかし……

どうすればいいのだろう。
神子が心配しすぎない程度に…
でも、少しは心配してくれて…
手を握ってくれて…
おでこをこつんして、熱があるかどうかみてくれるには…

そうか! 熱だ!

小さく呪を唱えると、泰明の体温が急上昇した。
周囲の空気がゆらゆらと揺らぐ。

あ…これでは熱すぎて、神子が火傷する。
泰明は体温を元に戻した。

体温を上げるのは止めておこう。
何より、身体のどこにも異常を感じないのだ。
これでは、具合が悪くなったことにならない。
偽りの病ではいけない。

それなら、お腹が痛くなる、というのはどうだろう。
何か悪いものでも食べれば…。

しかし、いつも神子から、
古くなったものは食べないように、
ものを食べる前には手を洗うように、
など注意を受けている。

これでお腹が痛くなったりしたら……
神子に叱られる。
……それもいいかもしれない……ぽっ……

いや、本来の目的から外れてはいけない。

……そうだ!
病の時は、気の流れが乱れるものだ。
これなら、私にもできる。
陰陽の均衡を少し…崩せばよい。

泰明は眼を閉じ、印を結んで呪を唱え始めた。

しかし……



ここは、京にその名を知らぬ者のない、安倍晴明の屋敷。
数人の陰陽師が集まって、
大内裏の豊楽院に出たという怨霊を調伏すべく、準備をしている。
毎度おなじみ、泰明の兄弟子達だ。

卯の刻の太鼓が聞こえ、彼らは顔を見合わせた。
「おい、泰明はまだか」
「珍しいな。いつも卯の刻までには来ているのに」
「イヤなヤツだが、遅刻はしないからな」
「まあ、来なければ来ないで、平和に調伏でき…」
「う…」
「げ…」

背後に気配を感じて兄弟子達が振り向くと、
そこにはさわやかな笑顔の泰明がいた。

泰明は笑顔のまま言った。
「兄弟子の皆さん、おはようございます」

兄弟子達はあんぐりと口を開けた。

「???どうしたんですか???
あごが外れましたか?」
泰明は兄弟子の様子にきょとんとしている。

「へ……?」
「……お前、泰明…のはずないよな」
「なあんだ、また式神か」

泰明は悲しそうな顔になった。
「兄弟子の皆さんともあろう方達が、
私と式神の区別もつかないんですか…」

「えええっ?!」
「まさかお前、本物の!」
「泰明なのか?!」

泰明はこくんと頷いた。

「なななななんだよ、この前の式神の方が」
「よっぽど泰明らしかったぞ」
「大丈夫か、泰明」
「どこか具合でも」

泰明はもう一度、こくんと頷いた。
「私は今とても、具合が悪い…みたいな気が…。
でも無断欠勤はよくないので、兄弟子の皆さんにご挨拶に…」

「もちろん!休んでいいぞ」
「そうだそうだ、いつものお前には腹が立つが」
「今日みたいに愛想よくされると、すごく変な気分だ」

泰明は再び笑顔になった。
「ありがとう…。兄弟子の皆さん」

ぞぞぞぞぞ〜〜〜〜〜〜〜っっっ

兄弟子達が一斉に身震いした時、
「泰明さん!!!」
あかねが駆け込んできた。
「無理しないで下さい!!!」
泰明の隣に立ち、手をぎゅっと握る。

ぽわん……
泰明は頬を染めた。

あかねは兄弟子達にぴょこんと頭を下げる。
「すみません!
泰明さん、具合が悪いんです。
これから晴明様に相談に行かせて下さい!!」

兄弟子達は激しく賛意を示した。
「それはいい考えだ!」
「そうだそうだ、そうするといい!」
「調伏は心配しなくていいぞ!」
そして声を揃えて言った。
「早く行け〜〜〜〜。頼むから〜〜〜〜」




広い部屋の中に、晴明と泰明が向かい合って座っている。

晴明はしかつめらしい表情で、泰明に問うた。
「ふむ……具合を悪くしようと、陰陽の均衡を?」

こくん…。

「なぜそのようなことをしたのだ?」
「それは……」


ややあって部屋の扉が開き、
外で待っていたあかねが呼び入れられた。

だが、部屋に泰明の姿はない。

「神子殿…いや、あかね殿、泰明は重症じゃ」
晴明が厳かに言う。

「ええええっ!…そんな…泰明さんが…」

しかし晴明は優しく笑って続けた。
「だが、安心してよい。しばらく療養すれば治るのだから」

「ほ…本当ですか!」
泣きそうだったあかねの顔が、ぱっと輝いた。

「泰明には休みをやった。
二人きりで、ゆるりと過ごすがよいだろう。
それで、泰明はよくなる。
二度と病になることもない」

晴明は、部屋の奥にあるもう一つの扉を示した。

「泰明が、あちらで待っている。
このまま物詣でに行くもよし、
花を愛でる旅に出るもよし…」

晴明は声を潜め、あたたかな笑いを含んだ声で言った。

「二人きり…というのが大切ですぞ、あかね殿」

「ありがとうございます…」
あかねは頬を染めてうなずいた。






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タイトルの通り、「気」から病?になってしまった泰明さんです。
晴明様の粋な計らいで、二人はらぶらぶな旅に出ました♪

…ということで、めでたくミニ3部作は完結。
おつきあい下さりありがとうございました。


2009.6.8 拍手より移動