お師匠のたくらみ

― ある日安倍家で ver.0 ―

(泰明×あかね・本編中背景)



突然、泰明が姿を消した!!!

安倍屋敷にある泰明の家はもぬけの殻。
どうやら「家出」したらしい………。

安倍家の陰陽師達は上を下への大騒ぎになった。

昨今の京は、鬼や怨霊や日照り等々問題が山積していて、
何かというとあちらこちらに駆り出されて目が回るほど忙しい。
しかも仕事の内容は極めて難しいものが多いのだ。

「困るんだよ今日は強い怨霊の調伏をするんだよ俺達だけじゃムリなんだよ」
「何でいきなり家出するんだ! 何が不満なんだ」
「いや……不満というより、不調が原因じゃないか?」
「そういえば………」

兄弟子達は顔を見合わせた。

「泰明のやつ、最近、絶不調だったよな」
「確かに……術を失敗したことがあったな。
やつが失敗なんて、この目で見ても信じられなかったが」
「だからって失踪か? 甘いぜ。それだったら俺なんか何回……」
「そうだそうだ!」
「うううむ……理由が分からん」

兄弟子達は再び顔を見合わると、今度は互いにうなずきあった。

「今は理由なんかどうでもいい! 泰明がいないことが問題なんだ!」
「そうだそうだ! 問題ありだ!!」
「泰明の行き先に心当たりはないか?」
「そんなんあったら、とっくに連れ戻しに行ってるさ」
「こうなったら手当たり次第に捜索だ」
「でも、せっく見つけても泰明が戻りたくないって言ったら?」
「力尽く………では俺達に勝ち目がないよな」
「いくら絶不調でもなぁ、泰明だもんな」
「どうしよう……」
「…………」
「…………」

兄弟子達は黙り込み、次に一斉に駆け出した。

「とにかく、このままじゃ埒が明かない!」
「こういう時には、上司に即、ほう・れん・そうだ!!」
「お師匠様〜〜〜〜〜」

というわけで兄弟子達は、屋敷の主・安倍晴明のもとに、
報告・連絡・相談に押しかけたのだった。


「お聞き下さい、お師匠様!」
「あの泰明めが……かくかくしかじか……」
………というわけなのです」
「私達は如何にすればよいでしょうか」

稀代の陰陽師安倍晴明は腕を組み、厳しい表情で最後まで話を聞くと、
必死な面持ちの弟子達を一喝した。

「うろたえるな!
我が弟子たるものが、これしきのことで気を乱して何とする!!
まずは務めを滞りなく為すことを考えよ」

晴明の叱責は、鞭のように弟子達を打った。
「ひぃぃぃっ……!!」
「ごめんなさい」
「仰る通り!!」

畏れ入って平伏した彼らに、
一転して冷静な声で、晴明は続ける。

「既に対策は講じておる。
泰明の代わりに誰が何をすべきか、吉平が割り振りをした。
それに従うがよい」

「おお〜〜〜〜!!!」
弟子達の間に感嘆の声が上がった。

「さすがはお師匠様! 泰明の失踪をご存知だったのですね」
「慌てることはなかったのか」
「では、直ちに吉平様のもとへ……」

その時、退出しようとした一人がふと足を止めた。
「あ……泰明は陰陽寮も休んでいるのでは」
「このままでは無断欠勤…てことになるな。まずいぞ」
「い…いや……それもきっとお師匠様が……」

「無論」
晴明はおもむろに頷いた。
「陰陽寮にはとうに式神を打ってある」
「してお師匠様、欠勤の理由は?」

「『かすみ目動悸息切れ関節痛』じゃ。
これで問題皆無」

「……………」×弟子の人数



弟子達がその場を去ると、
晴明は簀の子に降りて小さなため息をついた。

青空高く飛んできた白い鷺が、
晴明の姿を認め、真っ直ぐに舞い降りてくる。

「泰明め、何とも分かりやすいやつじゃ。
しかし、自身では何も分かっておらぬ」

白鷺は庭に降り立つと、きしきしとした声を発した。
「ナ…ラ……ビ…ガオカ」

晴明は白鷺の目が映してきた泰明の姿を見た。
朽ちかけた古木の根方に、しょんぼりと膝を抱えて座り込んでいる。

「泰明はお前に気づいたか」
「キ…ヅカヌ  ヤスアキノ チカラハ ウセ…テ…イル」



泰明よ、お前は何と不器用なのじゃ。
答えは傍らに寄り添うておるというのに、
頑なに前を見据えることしかできぬとは。

庭を飛び立った白鷺が遠く小さくなっていくのを目で追いながら、
晴明は再び深い息をついた。


――お師匠、どこにも傷がないのに、胸が痛くて苦しい。

泰明がそう言い始めたのは、卯月に入って間もない頃だった。

そして卯月が終わりに近づいたある日には、
土御門から戻るなり、ここへとやってきた。

――自分で術を施したが痛みが治まらぬ。
身の内の五行も乱れている。

思い当たる理由はないのか、と問うと、
「神子のせいだ」と答えた。

「私の胸が痛いのは神子のせいだ。
神子が私に微笑むからだ。
私の胸が苦しいのは神子のせいだ。
神子が泣くからだ。
他愛もないことに神子は喜び、
関わりのないもののために涙を流す。
神子は……分からない。
だからきっと……私は痛くて苦しいのだ」

人であれば、その痛みと苦しみの理由を知らぬ者はいない。
理由を知ればこそ、甘い疼きに酔いしれることもできよう。

だが、泰明が己をモノと信じている限り、
痛みの正体に名付けることなど、できはしない。

「お師匠、私はもうすぐ壊れるのかもしれない……」

壊れたくないのかと問うと、泰明はこくりとうなずいた。
なぜかと問うと、「八葉だから」と答えた。

「私は神子の八葉だ。
鬼との決着を前に壊れることはできない」

お前は神子を恋うているのだと……
お前は愛を知ったのだと……
言葉で教えたところで何になろう。

心を見出すのは、泰明自身なのだから。

行き先を見失い、力を失い、迷い、惑い、
それでも泰明の心は今、人になろうとあがいているのだ。

悩むがよい、泰明よ。あとは……
ふむ………。

――片想いかどうか、が問題じゃな。





そして――――

「お師匠、今帰った。
何も言わずに屋敷を出てすまなかった」

泰明が戻ってきたのは、三日後のことだった。

その様子は相変わらずの無表情に見えるが――
五行の力が戻っている。
顔のまじないが新しい。
口角が少し上がっている。
全身から幸せの気を発している。

晴明は一瞬で泰明の変化を見て取ったが、
眉根を寄せ、厳しい口調で言った。
「すまなかった、の一言で許されることではないのだぞ、泰明」

「もう二度と、このようなことはしない」
「当然じゃ。言うことはそれだけか」

「私がいなくなったことで、お師匠にも兄弟子、陰陽寮にも迷惑をかけた。
皆に心をこめて丁重に謝罪する。処罰も受ける。
全力で不在の間の埋め合わせをする」

泰明の口からさりげなく出た言葉を、晴明は聞き逃さなかった。
――「心」…と言うたな、泰明。

それでも厳しい表情は崩さない。
「自分で為したことの償いはせねばならぬ。
その覚悟はあるというのじゃな」

射貫くような晴明の視線を、泰明は真っ直ぐに受け止めた。
「無論だ。
そしてお師匠………」

泰明の顔に、柔らかな笑みが広がった。

「私には、心があると分かった」
その頬には、淡い朱の色。

「神子を想う度に溢れ出るあたたかさ、熱さ、痛みと苦しさ……
全てが、私の心だ。
神子を愛しいと思う、私の心だ。
だからお師匠………」

泰明は静かに頭を下げた。
「ありがとう」




泰明の口から、
あのようにあたたかな感謝の言葉を聞く日が来ようとは……。

深更の月を眺めながら、晴明は一人、杯を傾けている。

龍神の神子に遣わした式神のことは、やはり気づいていたか。
だが、式神は龍神の神子を双ヶ丘に導いただけ。

泰明の想い、龍神の神子の想いは、
この晴明が思うていたより、遙かに深いものであった。
目論見が喜ばしい方へと外れるは、佳きことよ。

晴明は、ぱん! と手を拍ち合わせた。

と、安倍屋敷の不思議な庭に、芳しい花が一斉に咲きそろい、
一隅に建つ泰明の小さな家は、花々にみっしりと覆われた。

皆を心配させた罰じゃ。
明日は家を出るのに、せいぜい難儀するがよい。

晴明はほんの少し口元をほころばせ、ゆっくりと杯を干した。


― 終 ―





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ゲーム本編中、泰明さんの通常第3、第4段階をお師匠視点で書いてみました。

あの師匠にしてこの弟子ありかい!?と
お師匠にツッコミを入れながら読めるといいな…とか、
泰明さんもお師匠も可愛いといいな……とか願いつつ、
妄想捏造もブチ込んで書きましたが、
とにかく楽しんで頂ければうれしいです。

まー「我が子」が幸せになったのですから、
乙女の寝所に(式神が)忍び入った甲斐があるというものですね、お師匠。


2014.03.16 筆