お留守番(泰明編)

(泰明×あかね・京エンド後)



一条戻り橋。

異界に通じるとも言われる橋だ。
稀代の陰陽師安倍晴明が、自分の式神をこの橋の下に置いたのは
それ故のことかもしれない。

そして晴明の式神といえば、その力は比類なく、
他の式神達が怖れつつも惹かれるのは道理。

数十年の時が過ぎ、いつの間にかここは、
仕事待ち、仕事明けの式神達の溜まり場となっている。


そんな一条戻り橋に、
ある日の夕暮れ、しょんぼりとした式神が戻ってきた。

頬はほんのりと桜色。
しかし、がっくりと肩を落とした様子は、上気した顔にそぐわない。

「どうした?」
面倒見のよい式神が声をかけると、
「わぉぉぉんっ!」
と、その式神は泣き伏した。

「何だ何だ」
「どうした?」
他の式神達も集まってくる。

声を上げて泣いているのは、
式神仲間が一様に、
気だてのよい素直なやつ、と認めている者。
力も強く、主の期待に背くなど考えられない。

「まあ、そんなに泣くな。
何があったんだ。
話して気がすむなら、聞いてやるぞ」
「わぉぉぉん!
ありがとうございますっ!!」

そう言って、式神がぽつりぽつりと話したことには……


「よいか、お前は神子を守れ」
「わんわんっ(はいっ!)」
「でも泰明さん、番犬と変わりないような…」
「そうか……。
この式神の本来の形は犬に似ている。
確かにこのままでは、
単なる番犬と侮って神子に近づく不埒者がいるやもしれぬな。
それならば……!!!」

ぼわぁぁぁぁん!

「あ! 泰明さんが二人になった!」

「私がいると思えば、誰も近寄らないはずだ。
よいか、式神。
私の留守中、心して神子を守れ」
「はいっ」

「わあっ! 素直な泰明さんだ…」

「神子…」
「泰明さんが二人〜〜♪
本物の泰明さんと、素直な泰明さん♪〜〜」
「どちらが私か、分かっているのか?!」
「もちろん、尻尾の無い方です」
ぼわぁぁぁぁん!
「あっ、尻尾が消えた…」

「分かるか?」
「もちろん、分かりますよ!
こっちの泰明さんが、本物です」

「ぽっ………」

「ね?」

「安堵した。しかし、式神は式神だ。
決して私ではない。そのことを忘れぬように」
「もちろんですよ」
「では、行ってくる」
「行ってらっしゃい、泰明さん♪」
「♪……!!!
こっちを見るな!式神」
「はいっ!!」


「つまり、最初は順調だったんだな」
「そうなんだ。
ご主人は恐いけど、あかね様はとても優しくて…
それで……」

「泰明さんの式神さん、お腹空きませんか?」
「いえっ! 私はあかね様を守るためにここにいるのですから、
そのようなご心配などなさらずに!!」
「そんなに緊張しなくていいんですよ。
こっちに来て少しは休んで下さい」
にこっ
ぽっ………

「おいおい、腕利きのあんたにしちゃ、随分緩んだもんだな」
「だって…あかね様は、
私を式神と知っていながら、心を砕いて下さるんだ」
「ほ…本当か?」
「本当だとも。
何しろ……」

がしがしがしっ!
「ど、どうしたんですか?!泰明さんの式神さん」
「こ、これは…
お恥ずかしいところをお見せしてしまい、申し訳ありません!!」

「もしかして、耳の後ろがかゆいんですか?」
「はい…」
「そういう時は、足じゃなくて、手を使えばいいんですよ」
「あっ…!そ、そうでした……すみません」
「でも、慣れていないと大変かもしれませんね」
かきかきかき…
「あふっ……くぅ〜ん」
「やっぱり、ここがかゆかったんですか」
「は…はひっ……くぅ〜〜〜ん」
「今日は、いいお天気ですね」
「はい…」
「ひなたぼっこは、いい気持ちですね」
「は……い……」


「もういい分かった!!皆まで言うな!」
「はい……」
「お前が、あかね様とやらの膝枕で眠っているところに、
恐〜〜〜〜い主が帰ってきたんだな」
「………はい…」

「あ……そういえば…」
「お前の主って……確か……」
「安倍晴明の最後にして最強と言われる、あの……」
「嫁御が来て以来、以前に増してアレになったと噂の……」
「我々式神が、晴明様の次に怖れる……」
「あの……安倍泰●様……か?」

「……………はい……」

「じゃあ仕方がない!!」
式神達は、一斉に言った。






[小説・泰明へ] [小説トップへ]



泰明さんの勇名は、式神界にも轟いている……ようです。

なぜ泰明さんが、式神に留守居を託してまで
出掛けなければならなかったかは、
「雪逢瀬」続編にて、近日(予定……汗)。

そして、「ホットドック兵団」の1シーンが、ちょっとだけベース。
わかりませんよね、すみません……(苦笑)。


2008.9.9 拍手より加筆移動