中 秋



静かな長月の夜。

まんまるな月の光に照らされて、
泰明とあかねは簀の子に座っている。
二人の前には、ささやかながら、祝いの膳と酒。

「泰明さん、お誕生日、おめでとうございます」

にっこり笑いながら、あかねは泰明に杯を手渡すと、
なみなみと酒を注いだ。

「誕生日…?」
怪訝な顔をした泰明だが、すぐに理解したようだ。
「そうか、今日は、私が造られた日だった」

しかしあかねの表情を見て、小さく微笑み、言い直す。
「私が生を受けた日だ……。お前と出会うために。
ありがとう、神子」

そして杯を口に運び、ゆっくり味わい、飲み干した。

ぽっ

泰明の目元が桜色に染まる。

「神子、これほど美味な酒は、飲んだことがない」

「藤姫が届けてくれたんです。
きっと、すごくいいものなんですね」

「藤姫…か。そういえば、神子は藤姫から
左大臣家の月見の宴に呼ばれていたのではないか?」
「ええ。でも、断ったんです。
だって今日は、泰明さんのお誕生日ですもの」

そう言うとあかねは、再び泰明の杯を満たした。

「そうか……」
それだけ言って、泰明も再び杯を干す。

ぽっ

桜色が広がった。

「こんなにおいしいのは、神子が注いでくれるからか…」
「いいお酒だからですよ。
左大臣さんのお月見に出されてるお酒なんでから。
お祝いにぜひどうぞって、藤姫が分けてくれたんですよ」

こぽこぽ

くぴっ
ぽっ…ぽっ…

「泰明さん、お酒が好きだったんですね」
あかねの言葉に、泰明はぽわんと上気した顔を上げた。

「…そうれはない。
宴の席に出た時には仕方らく飲むころもあるが…、
これほろ酒が美味いものとは、思っれいらかった」


「そういえば、お家でこうして飲むのは初めてでしたね」

こぽぽ…

くぴっ…
ぽっ……ぽ…

「泰明さん、酔いましたか?」
「問題らい。神子が注いれくれる酒は美味ら」
「本当ですか?」
「ほんろうにおいしい」
「そっちじゃなくて、問題ないって方です」
「もちろん、もんらいらい」

その時、

ばんばんどがどががしがし!

慌ただしく門扉を叩く音がした。

「泰明殿!泰明殿ぉぉぉ!!」
「泰明ぃ!いるかぁ?!」
「いるなら返事してくれぇぇぇぇ」


「あれ?安倍家の人じゃないですか?
急用みたいですね」

しゃきん!!
「問題ない。放っておけ」

「泰明殿ぉぉぉぉぉ!!大変なんですぅぅぅぅぅl!!」
「泰明ぃぃぃ!」
「頼むぅぅぅぅぅ!!」


「泰明さん! 行ってあげて下さい!!」

「………では、すぐ戻る。待っていろ、神子」
「はい」

むすっとした顔で、泰明は門を開けた。

「ひぃぃぃっ!」
門の外にいた陰陽師達が、泰明の形相に腰を抜かす。

「用は何だ。早く 言え」

「あわわわわ」
「ぷるぷるぷる」
「がたがたがた」

たかが物の怪程度に手こずって、
こんな夜更けに人の家に押しかけたというのか」


「え?これだけで」
「よく分かったな」
「すげっ」

泰明は門を出ると言った。
「その物の怪は、どこだ」



ほどなく

どかぁぁぁぁぁぁぁん!!!

夜空に派手な火柱が上がり、すぐに消えた。

そして、

「今、戻った」
泰明が、何事もなかったように帰ってきた。

「早かったですね」
「すぐ戻る、と言った」
「そうですね」
「神子…。注いでほしい」

腕を伸ばして、泰明は杯を差し出す。

「酔いは醒めたみたいですね」
こぽぽ…

くぴっ

とたんに、泰明の顔に桜色が戻る。

ぽわん…

眼も、心なしか潤んでいる。
その潤んだ眼で、泰明はあかねをじっと見つめた。

「ど、どうしたんですか、泰明さん」

恥ずかしそうににこっと笑って、泰明は言った。
「月明かりの下の神子は…とてもきれいら」

「は…はあ…。
うれしい…ですけど、泰明さん、大丈夫…ですか?」

「もんらい…らい」
あふぁぁ…と、泰明はあくびをもらした。

「もう、寝ますか」

「ならば神子……も…一緒が…い…い」

すうっと、泰明の身体が斜めになり、
あかねの肩に寄りかかった。

そのまま倒れそうになるのを、あわてて抱き留める。
触れ合った泰明の頬が、熱い。

「泰明さん、起きて下さい」

すやすやすや……

「こんなところで寝たら、風邪を……」

揺り起こそうとして、あかねは気づいた。

泰明の手が、あかねの着物の袖を、きゅっと握っている。

もう少し、こうしていようかな…。

そっと身体を滑らせて、泰明を膝枕する。


静かな長月の夜。

まんまるな月は、いつの間にか高く上がっていた。
優しい光が、二人を照らす。
今日は満月。

そして、泰明さんの誕生日。






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泰明さん生誕祝いのSSでした。
今年の泰明さんのお誕生日が、ちょうど十五夜にあたりますので、
それにちなんだ話を書いてみました。

泰明さん、お誕生日おめでとう!
あかねちゃんと幸せに!!


2008.10.25 拍手より移動