今日は陰陽寮の仕事が休みだ。
安倍家の兄弟子からの呼び出しもない。
一日中、神子と一緒に過ごせる!!!
泰明は少し頬を染めて微笑んだ。
ゆっくり語り合いながら家にいようか、どこかに出かけようか。
神子はどちらがいいのだろうか。
どちらもいい。
神子が喜んでくれて、誰にも邪魔されないならば。
そうだ、神子と私の大切な時間を邪魔する者は許さない。
よけいな者になつかれないよう、神子にもよく言っておかねば。
――ん?
神子はどこだ?
先ほどまで庭にいたのに…、と一瞬焦るが、
あかねの居場所はすぐに分かった。
香しく清浄な気は外にいる。
しかし、その周囲が騒がしい。
甲高い声が幾つも聞こえてくる。
家を飛び出し門の外に出ると、
そこには、あかねと五、六人の子供達がいた。
「うええーーーーーん」
背の低い男の子が泣いている。
他の子は口々に、あかねに何かを訴えている。
その中に、ふくれっ面で黙りこくっている大きな男の子が一人。
あかねが話しかけると、その子はぷいっと横を向いて言った。
「だって、こいつが言うこときかねえんだもん」
「それだけのことで、この子をぶったの?」
――神子、また子供の相手か。
子供は優しくしていると遠慮無く寄ってくる。
他愛もない用事で、神子を振り回す。
神子を子供達の魔手から取り戻さなくては。
ずいっと前に出て、仏頂面で子供達を見回す。
子供達は一斉に押し黙った。
「神子、喧嘩の仲裁など鷹通に任せておけばいい」
しかし、きっ!と振り向いたあかねの顔が恐い。
泰明はおとなしく一歩下がって口をつぐむ。
「気に入らないヤツぶん殴って悪ぃかよぉ」
精一杯の虚勢を張って、大きな男の子が言った。
「悪いです!」
間髪入れずにあかねがぴしゃりと言う。
――神子に口答えをするとは生意気な子供だ。
「けっ…」と言いかけた男の子は、泰明の視線に気づいた。
なっ…なんだよ…このおっかねえおじさん…。
――謝れ! 神子に謝れ!!!
「この子にちゃんと謝って」
「ご…ごめんなさい…」
――二度と神子に生意気な口をきくな!!!
ぞぞぞぞぞ〜〜〜〜〜っ
「もう、こんなことしないでね」
「も…もうしませ〜〜〜〜ん!!!」
それだけ言うと、男の子はくるっと背を向けて逃げ出した。
「わあい!」
「おねえちゃん、ありがとう」
「いじめっこにあやまらせるなんてすごいね」
「そのこわいおじさんをだまらせたのもすごいね」
「神子、全面的に否定すべきだ」
「恐くないのよ、それにおじさんでもないし」
「なあんだ、おじさんこわくないんだ」
「子供は一度に一つのことしか理解できないのか」
「じゃあまたね、おねえちゃん」
「こんどいっしょにあそんでくれる?」
「うん、いいよ」
「やくそくだよ」
「きっとだよ」
小鳥のようにさえずりながら、子供達は通りの向こうに去っていった。
あかねはそれを見送ると、むすっとした顔の泰明に言う。
「いじめっこも少し反省したみたいだし、
みんな仲良くなれるといいですね」
「神子を煩わせるとは、全員に反省が必要だ」
あかねはぶんぶんとかぶりを振った。
「私、そんな風に思ってないですよ。
それより、悪いことは悪いって、ちゃんと教えてあげなくちゃ」
ね…?と言うように、あかねは笑って泰明を見た。
「それに、悪いことをしたら謝るのは当たり前だし」
「確かにその通りだ。
だが、あの男の子は神子には謝らなかった」
「え? どうして私?」
「神子に無礼な態度を取った」
「そんなのどうでもいいです。
小さい子はぶたれたんですよ。
その子の方に謝るのが当然です」
あかねと言葉を交わす中で、泰明は心に何かがひっかかるのを感じた。
大きな男の子は、言うことをきかないからと、小さな子を叩いた。
あかねはそれを強く責めている。
そして、詫びるべきだと考えている。
当然のことだ。
非は、大きな男の子にある。
だが、なぜか泰明は、自分も同じような責めを負っている気がしてならない。
――私は何か悪いことをしたのだろうか……。
記憶の底を探る内、ずっと忘れていたことが蘇ってきた。
あ……
どうしよう…………
泰明はおずおずとあかねに尋ねる。
「もしも非のない相手を殴って、しかも謝らない者がいたとしたら、
神子はどう思う」
あかねはきっぱりと答えた。
「そんな人は、最低です!!」
神子…………
やはり…………
そう…か………
このままではいけない!!!!!
心を決めると、あかねの手を掴む。
「神子、一緒に来てほしい」
「え?」
あかねが問うより早く、泰明はずんずんと歩き出していた。
深い森の中……
「泰明だ」
「泰明が来た」
小さな声が、辺りを満たしている。
「また、あの娘が一緒だよ」
「また、恐い顔をしているよ」
「やすあきこわいよ」
「泰明恐いわ」
「神子、ここで待っていてほしい」
泰明はそれだけ言うと、有象無象のざわめきは全て無視して、
数歩前に進み出た。
そしてある場所で立ち止まると、ぺこりと頭を下げる。
「あの時は、すまなかった」
一瞬の沈黙の後、意外そうな声が返ってきた。
「まさか…私に謝っているのか」
泰明はもう一度言った。
「そうだ。すまぬ」
声が一転、強気になる。
「すまぬ、ではすまないぞ。あの時は痛かった。
私が泰明に悪いことでもしたというのか」
「何もしなかった」
「ではなぜ、私をげんこつで叩いた」
「正確には、拳の側面だった」
「どこで叩こうが、同じだ」
「その通りだ。だから謝罪に来た」
「もしかして、私に詫びるために、ここまで来たのか」
「非のないものを痛い目に遭わせた。
詫びるのは当然だ」
「うーーむ、泰明がしおらしいと、かえっておかしなものだ。
特別に許してやる」
「特別に許してもらって嬉しい、と答えておく」
「まあ、泰明にもいろいろ事情があるようだしな。
何しろあの時は、取り込み中だったんだろう?」
「………私の事情などどうでもいい」
「ほれ、泰明の後ろにいる娘、あの時にもいたと思うが」
「神子は…お前には関係ない」
「あの時泰明が取り乱していたのは、あの娘が原因か」
「だから神子は…」
「なあんだ、そうかそうかそうかそうか、はっはっは」
「そうか、は一度でいい」
「分かった分かった、はっはっは。
めでたいじゃないか、よかったな」
「分かったも、はっも、一度でいい。
とにかくこれで、謝罪は完了だ」
泰明はくるりと後ろを向いた。
離れたところで待っていたあかねがやって来る。
「泰明さん、ご用は終わりましたか?
一人で何が言ってたみたいですけど、何かのおまじないですか?」
「いや、まじないではない。
謝罪していたのだ」
「え…?」
あかねはきょとんとして、次に周りを見回した。
――そういえば、前にもここに来たことがあるかも。
あの時は確か…なぜだか泰明さんが苛立って、
あそこの木に手を……。
記憶が戻ってきて、さっきの会話がそれに重なった。
泰明は小さく首を傾げて、心配そうにあかねに問う。
「これで、いいだろうか…神子」
あかねはにっこり笑った。
「泰明さんは最低なんかじゃありません。
ごめんなさい…分かってあげられなくて」
その言葉に泰明はうっすら頬を染め、
「神子…」
腕を伸ばして、あかねを抱き寄せる。
とたんに
ひゅ〜ひゅ〜
いいぞ〜
やるじゃないか〜
がんばれ〜
騒々しい声が辺りを満たした。
――黙れ、木!!
しーーーーーーーーーん……
泰明の一喝に、森の木々は一斉に沈黙した。
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どのスチルか、ご想像のついたことと思います。
直前に入る効果音は木の幹を叩いた音…と解釈してこの話を書きました。
書きながら、泰明さん可愛い〜〜〜っ!と、萌え狂ったあの頃を思い出しました。
行き場のない想いに、コントローラー持ったまま転げ回るしかできなかったなあ。
そして今でも、泰明さんに萌え狂ってます。
つけるクスリはありません。あったとしても、つけませんけど(笑)。
最後になりましたが――
泰明さん、お誕生日おめでとう。
あかねちゃんといつまでも幸せに!!
2009.09.08 筆