ある日、安倍家で



「えっ?嘘だろ」
「この忙しい時に、冗談は止めろ」
「よりによって、あの泰明が?」
「お前、かつがれたんだよ」
「さあ、もう行くぞ」

「ほ、本当なんだよ!俺、確かに、泰明がそう言ってるのを聞いたんだ。
今、泰明が嫁さんと一緒に、お師匠様に挨拶……」

「わかったわかった」
「お前、この所忙しかったからなあ」
「そんな幻聴まで聞こえるなんて、ずいぶん疲れてるんだな」
「いいぞ、今日は俺達が調伏に行ってくる」
「お前は屋敷で休んでいろ」

「え?いいのか?」

「もちろんだ」
「今のお前みたいに気が不安定だと、かえって足手まといになるんだ」
「というわけで、心おきなく休……え?おいっ!!」
「いきなり走り出すなんて、元気がいいじゃないか」
「どこへ行くんだ〜?!」

「もちろん!!泰明の嫁さんを見に行く〜〜〜〜!!!」

「あ……」
「もう姿が見えない」
「すごい勢いだったな」
「そんなに泰明の嫁さんが見たいか……って、ん??ということは…」
「下手くそな冗談じゃ……なかったって…ことか?」
「………」
「………」
「あの泰明が………」
「嫁さん………」
「俺達も、ちょっとだけ、行ってみないか?」
「そ、そうだな。仕事の前に、少し、寄り道するだけだ」
「よし!」

皆の意見が一致した時、

「調伏はどうした」

背後から、不機嫌な声がした。

「わっ!!!」
「泰明!!」
「驚かすな!」
「なんだ、先程の話はやはり……って、ん??」

陰陽師達が振り返ってみれば、
泰明とそっくりの声を発したのは、枝にとまった小鳥。

愛らしい姿とは裏腹に、目を炯々と光らせて、彼らを見下ろしている。

「式神か」
「脅かすなよ」
「ほんとの泰明が来たかと思ったじゃないか」
「ちょうどいい。聞きたいんだが、お前、嫁さんを」

「くだらぬことを詮索するより前に、
するべきことがあるだろう」

「あ、ごまかそうとしてる」

……………

「小鳥が口を開けたまま固まったぞ」
「今だ!それっ!!」

ちゅぴぃぃっ!!!
ぱたぱたぱた

「ふふふふふ。捕まえたぞ」
「さあ、本当のことを言ってもらおうか」
「偉そうにしていても、しょせん小鳥だ」
「本人ならともかく、式神だからな」
「お前の嫁になるほど、物好きな娘が果たして」

「黙れ」
どっかぁぁぁぁぁぁん!!!!

「ぐふぇっ」
「式神に兄弟子を攻撃させるなんて」
「ひどいじゃないか、泰明」
「俺達に見せられないほど、可愛くない娘」

「許さぬ」
どっかぁぁぁぁぁぁん!!!!

「うわあああああ」
「俺達を屋敷の外に飛ばすとは」
「ずるいぞ、泰明」

ぱたぱたぱた…
「早く仕事に行け」
小鳥は安倍家に戻っていった。

ぱたぱたぱた…

小鳥は翼を休めることなく、屋敷の上空を巡回する。
と、数人で集まって何やら話しているのが、見えた。

「何だって?」
「先を越されましたか」
「もしかして、あの娘かな」
「ああ、そういえば、一緒に歩いているのを見たことがある」
「だが、泰明と二人だけではなかったぞ」
「俺が見かけた時は、武士もいた」
「あれ?噂では、坊さんだって」
「いや、宮中の」
「子供だ」
「鬼の子だ」
「………」
「………」
「………」
「とにかく、お師匠様の所へ行ってみよう」
「そうだそうだ」
「みんなで行こうぜ」

ぱたぱたぱた…
どっかぁぁぁぁぁぁん!!!!

「うわあああああっ!!」
「いきなり何だ?!」
「あの小鳥の仕業だ!」
「何とも憎たらしい飛び方をしているぞ」
「泰明の式神かっ!」

「ひぃぃぃぃ…」
近くにいた見習いの少年まで、巻き添えを食って焦げている。

ぱたぱたぱた…
「次は…」


その頃、屋敷の奥にある晴明の居室を、
泰明とあかねが訪れていた。

晴明はちらりと外に目をやり、諭すように泰明に言う。
「兄弟子を攻撃するのは、そこまでにしたらどうだ」
「しかし、お師匠」
「みな、驚いているだけなのだ。分からぬか」
「分からない」

晴明は、かすかに苦笑すると、あかねに向き直った。
「この通り、泰明はまだまだ赤子。
神子殿にはこれから苦労もあると思うが、
泰明のこと、よろしくお頼み申しますぞ」

にっこり。

「神子、私は赤子ではない」
「わかっていますよ」

「ではなぜ、お師匠と目を合わせて笑うのだ?」
「同じことを思っているからです」

「同じこと…?」

晴明の口元がかすかにほころぶ。
あかねは、笑顔で言った。
「泰明さんのことを、大切に思っているってことですよ」



帰途、迷路のような屋敷の庭を歩きながら、
あかねは不思議そうに尋ねた。

「泰明さん、今日はお屋敷に誰もいなかったみたいですけど、
私、陰陽師の皆さんにご挨拶しなくてよかったんですか?」

「問題ない。お師匠以外には、お前の姿は見せていない」

「ええっ?それじゃ私、ご挨拶に行ったことにならないですよ」
「龍神の神子の存在は極秘だ」
「でも私、もう神子じゃないですから」
「それでも極秘だ」

門まで来ると、目の前に、見張りの者がいる。
陰陽寮から帰ってきた一団もいる。

「せめてこの人達に、一言だけでも」
「わかった……  ……  ……  ……」

彼らに向かい、あかねは丁寧にお辞儀をすると、自己紹介をした。

しかし……
みんなは怪訝そうな顔で、曖昧に頭を下げるだけ。

「何よ!失礼ね!」
あかねは内心穏やかではない。

でも、今日は泰明さんと
幸せな話の報告に来たんだから、怒っちゃだめ。

「どうした、神子」

荒々しく歩き出したあかねに、泰明が聞く。

深呼吸して気持ちを落ち着けながら、あかねは答える。
「だって、あの人達、変な顔して私のこと見るだけで、
何にも答えてくれなかったし、
せめて一言くらい…」

「それは仕方ない」
「あの人達、いつもあんなに無愛想ってことですか?」
「いや、神子の姿がよく見えず、声もうまく聞き取れなかったからだ」

「………もしかして泰明さん、変な術を使いました?」

「怪しい術ではない。
神子の顔を霞で覆い、声を甲高いものに変えた。
名前を名乗った時には、一時的に音を消した。
それだけだ」

「そ、それだけって……、
泰明さん、どうしてそんなことを」

「龍神の神子の存在は極秘だからだ。
もう問題ない」

あかねは小さくため息をついた。

『神子殿にはこれから苦労もあると思うが…』
先程の晴明の言葉を思い出す。
でも……

『泰明のこと、よろしくお頼み申しますぞ』
もちろんですよ、晴明様。

その時、泰明があかねの肩に手をかけた。

あかねの眼を見つめ、少し首を傾げて問う。
「神子……、もしかして、怒っているのか?」
泰明の瞳には、悲しげな色が浮かんでいる。

あかねは手を伸ばし、泰明の頬に触れた。

……言葉は、いらない。

あかねから返ってきた微笑みに、
泰明の頬が桜の色に染まった。






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泰明さんとあかねちゃんの、
「私達、結婚しました」のご報告話でした。

あかねちゃんの顔にモザイク、声には変調かけて、
泰明さんはどんな術を使ったのか(笑)。

全然ロマンチックじゃありませんが(汗)、
お楽しみ頂けましたなら、うれしいです。



2008.5.8 拍手より移動