自制心


「あらっ、譲くん、そのおでこのコブ、どうしたの?」
玄関に出てきた望美の母は、譲の顔を見て驚いたように言った。

「い、いいえ、何でもないんです。ご心配かけてすみません」
「それならいいけど、手もケガしてるみたいだし、気をつけてね。
部活の大会、近いんでしょ」
「はい、ありがとうございます。
…それで、先輩は」
「望美は部屋にいるわ、上がってちょうだい」
「お邪魔します」
「毎晩悪いわね。譲くんだって忙しいのに」
「いえ、別にそんなことないです」


「あれっ、譲くん、そのおでこのコブ、どうしたの?」
部屋に入るなり、望美は譲の顔を見て驚いたように言った。

「い、いいえ、何でもないんです」
「それならいいけど、手もケガしてるみたいだし、気をつけてね」
「さっきも同じこと言われましたよ」

「え?もしかしてお母さんも同じことを?
なんか、ちょっと複雑な気分だな。だって…」

バン!!

譲は、持ってきた参考書と問題集を望美の前に広げた。
「始めますよ、先輩」

「ええ〜〜〜〜っ?!
少しくらい譲くんとおしゃべりしたいよ」
望美は少しふくれて譲を見上げた。

ドキッ!☆↑

ブンブン!と譲は頭を振った。
ここで負けたらダメだ。

「今は勉強時間ですから」

「もうっ、譲くんてば、真面目すぎるよ」
恨みがましい目。

ドキッ!☆↑

ブンブン!と譲は再び頭を振った。
ここで負けてもダメだ。

「昨日の続き、いきますよ。
いいですか、この方程式の解の導き方は…」

「すごいよね、譲くんて」
ここで負けてたまるか。
「じゃあ、この問題を解いてみて下さい」
「まだ1年生なのに、2年生の数学を完璧にマスターしてるなんてね」
俺は負けない!
「先輩、プラスとマイナスの記号、逆に書いてますよ」
「ああっ!そうか」
ゴシゴシゴシ…。
「消さなくていいんですよ。逆に、間違いは残しておく方が…」
「あっちの世界では全然勉強しなかったのに、どうしてかなあ?
私なんて、全部忘れちゃったのに」

望美は少し首を傾げて恥ずかしそうに笑った。
ドキドキッ!☆↑☆↑
負けないぞ!
「先輩!」
「は〜い」
「シャーペン、反対向きです」
「は〜い…」

望美は悲しそうな顔で頷いた。

「先輩…俺の教え方、下手ですか」
「え?」
「やる気、なさそうだし」
「そんなことないよ!」
望美は顔を上げ、すぐにまたうつむいた。

「せっかく一緒にいるのに…、譲くん勉強のことばっかり」

ドキドキッドキ!☆↑☆↑☆↑
ブンブンブンブン!

「だ、だって俺、そのために毎晩来てるんですよ。
先輩が学年末試験危ないっていうから…」

「ええと…あの…その通りだけど、私…」

望美は、譲の手をぎゅっと握った。

「私、もっと譲くんと話がしたい。
ううん、少しだけでもいいから…お願い」

☆↑☆↑☆↑☆↑☆↑☆↑☆↑
ブチッ!!!

「先輩は…俺の…」

ガタタッ

「きゃっ!」

「俺の自制心を、試してるんですか?!」

バサバサッ!

「譲くん…い、痛いよ!」

ドタッドタドタ!!


「どうした?!」

下の階まで響く大きな音に、
望美の父が階段の下に駆けつけると、
譲が望美の手をつかんで下りてくるところだった。

「うるさくして、すみませんでした」

譲は謝ると、望美を引っ張ったままリビングに入り、
テレビを見ていた望美の母に向かって言った。
「キッチンのテーブルをお借りします」

「ええ、いいけど…」

きょとんとする望美一家を尻目に、
譲はテーブルに勉強道具一式を並べた。

「先輩、ここならサボれませんよ」
俺も、無駄に神経すり減らさずにすむし…。
譲は笑って、望美の向かいに座った。

「なんだ、小学生みたいだな」
「ほんと、いつもあそこでおやつを食べながら、宿題してたのよね」
「●△◆☆@×■◎!!」

「落ち着いて下さい、先輩。
今、ココアでも作りますから」

「わあっ!ありがとう♪」
「私にもお願い」
「ついでに、もう一人分頼む」



あたたかいココアで心が落ち着いたのか、
あるいは両親が見ていたせいか、その晩の望美の勉強はよく進んだ。

「明日からも、テーブルをお借りしていいですか」
「ええ、もちろんよ。ココアもお願いね」
望美が答えるより早く、母が返事をした。

玄関を出ると真冬の夜気がぴりぴりと冷たい。

「先輩、今夜は寒いですから、暖かくして寝て下さいね」
「うん」

門扉の所まで来ると、望美はちらっと家の窓を振り返った。
そして、背伸びをして、
「ありがとう、譲くん」

ちゅっ♪

☆↑☆↑☆↑☆↑☆↑☆↑☆↑

「大会も近いし、おでこの傷、早く治るといいね。
おやすみなさい、譲くん」

「お……おやすみなさい…せんぱい…」

一歩ごとに、顔がユルむ。

せんぱい…☆↑☆↑☆↑☆↑☆↑☆↑☆↑

「ただいま」

夢心地で家に戻り、自室のドアを開ける。

バタン!ゴリッ! ぐはっ!!

しまった!
足が廊下にあるうちに、ドアを閉めてしまった!!

昨晩は、ドアが開ききらないうちに部屋に入ろうとして
思い切り額をぶつけた。
さらにその前は、ノブをつかみ損ねて、
思い切りドアに手をぶつけた。

「お〜い、大丈夫か、譲」

隣の部屋から兄が言った。
全然心配していないのが、声の調子でよくわかる。

「ちょっとぶつけただけだ」

ぶっきらぼうに答えて、今度は慎重にドアを閉めた。

別れ際、望美にキスしてもらうたびに、
☆↑☆↑☆↑☆↑☆↑☆↑☆↑となって
自爆しているとは、
絶対に言えない譲だった。

一人でいる時にも、自制心が必要なんだよな…。
新しい傷を手当てしながら、譲は自分に言い聞かせていたが…

次の日の夜

うわああああああっ!!!
ぐふっ!!



そして数日後、弓道大会が開かれた。

包帯でぐるぐる巻きになりながら優勝した1年生の話は、
伝説になったという。




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25000打お礼でリクエスト頂いて書いたものです。

譲×望美前提の話ですが、
なんだか「譲日記」とあまり変わりがないような気が…。

やっぱり譲くんギャグバージョンには、
☆↑☆↑☆↑☆↑☆↑
が欠かせません(笑)。


2008.2.15 加筆