変わらない想いを



あなたは気づいていない。
俺の、心にあるものを。

だから、あんなに無邪気に尋ねることができる。
あなたの言葉が、俺の心を突き刺していることも知らずに。

「なぜ、朔のことは名前で呼ぶのに、私は『先輩』なの?
昔は『望美ちゃん』て言ってくれたのに・・・」

そうだ、呼び方は、心の表れだ。
朔は、朔で、あなたは・・・特別・・・だから。

あなたを名前で呼べないことが、俺の精一杯の気持ちだと・・・
気づいてもらうのは、無理なのか。
いや、気づいてほしくない。
だから俺は・・・ああ答えるしかなかった。


先輩・・・
確かにあなたは、1つだけ年上で、
俺はいつまでも、あなたより1つ年下のまま。

1年の違いなんて、たいしたことじゃない。
でも、1学年の違いは・・・俺にはひどく・・・大きいものだった。

いつも先を走っていくあなたは、
思ってもみないことなんだろうけれど・・・。


知ってますか。
小学校も、中学も・・・
あなたが卒業してからの1年間が、とても長かったことを。

少し前までは、毎日のように俺が兄さんを起こして、
あなたの家のチャイムを鳴らしていた。

ばたばたと足音が聞こえてきて、
「おはよう、譲くん!!」
ちょっと寝惚けたまま、笑うあなたに会えるだけで、
俺はうれしかった。

当たり前のことだと思っていた朝のひととき・・・
一緒に歩く学校までの道。
大切だった時間。

でも、それは春の日に断ち切られる。

兄さんは、少し早く家を出るようになって、
それでも遅刻ぎりぎりで、
同じ頃に家を飛び出したあなたと一緒に、駆けていく。

「将臣くん、急いで!」
「お前、寝坊し過ぎ」
「それは将臣くんの方だよ」
「ははっ、お互い様ってやつか」

その声を聞きながら、砂を噛むように朝飯を喉に流し込んだ。

隣に住んでいるのに、あなたとは、ほとんど顔をあわせることもなくなって・・・。

そして独りぼっちの1年間が終わり、
心躍らせてあなたと同じ学校に上がるたび、
俺は思い知らされた。
1年という時の重さを。

あなたは1年前より
ずっときれいで、
明るい笑顔がまぶしくて、
その笑顔を、誰にも惜しげもなく向けて
そして、あなたに憧れるやつらが、いっぱいいた・・・。

俺が追い越したのは、背の高さだけ。

あなたはもう、「望美ちゃん」じゃなくて、「先輩」だった。

先輩・・・って、
便利な言葉だ。
その言葉に、俺は心を隠す。

隠しきれない想いも、あなたにだけは、見えていない。
あなたに気づかれさえしなければ
俺達はこのまま・・・何も変わらない。
あなたの笑顔は俺の上を通り過ぎ、
そして俺の視線は、あなただけを追う。

先輩・・・って、
残酷な言葉だ。


それでも・・・いい。
今は、あなたと一緒にいて、力になれる。
戦と怨霊だらけのこんな世界に来ているけど、
・・・俺、今は幸せ・・・だから。

目覚めた時から、あなたが同じ屋根の下にいて、
あなたのために朝食を作って、
寝起きの悪いあなたを起こす。
一緒に出掛けて、怨霊を封じて、
あなたの闘いを支えて・・・。

それだけでいい。
それだけで・・・俺はよかったのに・・・。


俺を苛む、夜毎の悪夢。
ひたひたと迫る死の影。
あの未来が変えられないものだとしても、
俺がまだ戦場に身を置けるのは、
ただ・・・あなたがいるから。

あなたを守れるのなら・・・俺は決して逃げない。
あなたのために、俺は生き延びたい。



思い出せる限りの昔・・・小さかった頃
まだ俺もあなたも、今という時間しか知らなくて、
真昼のようにきらきらした、まぶしい「時」が
ずっと続くと信じて疑わなかった頃も・・・

俺はあなたのことが好きだった。

あれから、たくさんのことがあって、
俺達は少しずつ、変わってきたけど、
この想いだけは、変わらない。

真っ直ぐに俺を見てくれるあなたを
失いたくない。
あなたの本当の想いを知ることが、一番恐い。

だから、あなたを「先輩」・・・と呼ばせて下さい。

俺の、想いの全てを込めて。





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あとがき

譲くんのお誕生日祝いSSでした。
ベースは、共通第五章の譲くん恋愛補助イベント。
当然ながら、セリフは大幅に変えています。

譲くんの気持ちを思うと、望美ちゃんに
「鈍感は罪ですよ」と声を大にして言ってあげたくなります。
譲くんは考え過ぎ。
望美ちゃんは考えなさ過ぎ。
好対照といえばそうですけれど(笑)。

あり得ないような優等生ではありますが、
普通の高校生ということで、悩みも想いも八葉の中では等身大・・・に
一番近い譲くんは、思わず応援したくなるキャラでもあります。
文字通り命を賭けた、いじらしいほどの尽くし方といったらもう・・・。

周りにはバレバレなのにね・・・。

友達としての枠組みができあがってしまって、
そこから踏み出せなくなる、というのはよくあること。
友達以上・恋人未満な関係をブチ壊すかもしれない賭けに出ろというのは、
譲くんの性格を考えると酷な気もします。
でも望美ちゃんて、とても前向きでからっと明るい性格の持ち主だから、
たとえ告白失敗でも、関係がゼロになることはないと思うけど。

など思いつつ、「行けぇぇっ!譲〜っ!!」と
叫んだ神子様もいらっしゃ・・・・・・・らないですか?
・・・すみません・・・げほげほげほ・・・。


2007.7.17筆