あなたのためなら



「え、先輩が? 本当か兄さん」
そう言うなり、譲は立ち上がった。
「ああ、今日も昼はコンビニ弁当だったぜ。
そういやお前、ここんとこ望美に会ってないんだよな」
譲は頷いた。
「廊下ですれ違うくらいで…そういえば先輩、少し元気がなかったな。
どうしたんだろう」
「おばさんが同窓会の旅行とかで出かけてるらしい。
何か事情があって、予定より長逗留になるとか言ってたぜ」
「そんな大事なこと、何ですぐ教えてくれなかったんだ!」
「確かに食いもんは大切だよな。
あんまりうるうるしながら俺の弁当見るから、唐揚げを2コも分けて」

将臣が言い終わるより先に、譲は家を飛び出していた。

春日家の玄関チャイムを鳴らすと、望美の父がエプロン姿で現れた。
「夜分申し訳ありません……」
「ああ、譲くんか。望美なら今キッチンで…」
そして譲の視線に気づいて、頭を掻きながら付け加える。
「母さんがいないんで、私も望美と一緒に晩ご飯を作ってるんだ」

招き入れられたキッチンは、カオスという形容がふさわしい状況だった。
そのただ中に、女神が包丁を振り回しながら立っている。

「譲くん!!」
「先輩!!」
二人は駆け寄ったが、父親の手前、節度ある距離でブレーキをかける。

「もしかして譲くん…助けに来てくれたの?」
望美は包丁を握りしめた。
「当たり前です。兄さんに話を聞いて驚いて駆けつけたんですよ。
でも、どうして最初から言ってくれなかったんですか。
食事の支度くらい、俺がやりますから」
望美の父が、上ずった声で言った。
「ゆ…譲くん、本当か? 本当に手伝ってくれるのか?」

譲の眼鏡が光る。
チャンスだ!!
これこそ、(未来の)お(父さん)じさんに、 認められる絶好の機会!!


「ええ、喜んで!」
これで未来のお父さん確率は50%を超えたはず。

しかし望美がさえぎった。
「だめだよ譲くん!」
「先輩?」
「望美ぃ〜〜」

望美はぶんぶんと首を横に振りながら言う。
「譲くん、もうすぐ部活の大会なんでしょ?
そのために毎日いつもより早く朝練に行って、
放課後も遅くまで残って練習してるんじゃない。
譲くんは優勝候補なんでしょ。だから今は、そっちを頑張らないとね」
そう言って望美は包丁の隣でにっこり笑った。

「先輩…俺に話さなかったのは、俺のためを思ってのことだったんですか?」
「もちろんだよ、譲くん。大会なんて、年に何回もないんでしょう?
今がガンバリ時じゃない。私もお父さんと頑張るから」

話を聞いていた望美の父も、大きく頷いた。
「そうとも! 望美の言うことはもっともだ。
一瞬君に頼りたくなってしまったが、そんなことはもういい。
二度と無い青春、優勝という夢に向かってがんばるんだ、譲くん!」

ピンチだ!!
これでは未来のお父さん確率10%に急降下だ。
こんなことで断られたら、元も子もない。


しかし譲の思惑をよそに、望美の父は続けた。

「なに、心配はいらないよ。こう見えて、望美も私も少しずつ上達してるんだ。
今朝も、会社に着くまでに途中下車して×××(←自主規制)は2回ですんだ。
最初は欠勤してしまったくらいだから、大きな進歩じゃないか。
人間、何でも前向きに考えるのが一番だよ」

それは、間違った方向に前向きすぎます! (未来の)お(父さん)じさん!!
しかし、ここまで遠慮されてしまったら、一気に説得はできない。
まず、地道に実績を作るところから始めよう。


「すいません、エプロン貸して頂けますか?」
譲は望美の父に言った。
「とりあえず、今夜の食事は俺に作らせて下さい。いいでしょうか」

そこまで言われれば、望美の父も頷かざるを得ない。
むしろ、いそいそと嬉しそうにエプロンを外して譲に手渡す。

「何だか、あっちの世界の時みたいだね」
望美が背伸びして譲の耳にささやいた。
☆↑☆↑☆↑☆↑☆↑☆↑☆↑
「俺、がんばりますから!!!!!!!!」

しばしの後、カオスなキッチンはきちんと整理整頓され、
うずたかく積まれていた鍋もピカピカに磨き上げられると同時に、
料理も見事に完成して春日父子の前に並べられた。

「んまい!!」
一口食べた望美の父はそう叫ぶなり、涙を滲ませながら料理にかぶりついた。
「うん、おいしい! 譲くんのお料理、なつかしいな」
望美がにっこり笑って譲を見上げる。
☆↑☆↑☆↑☆↑☆↑☆↑☆↑
「喜んでもらえて、うれしいです」

よし、ここでもう一押しだ。

譲はコホンと空咳をして、望美達に向かって言った。
「どうですか、見ていてお分かりの通り、
慣れていれば、食事の支度はそんなに大変なことじゃないんです。
だから、どうか遠慮なんてしないで下さい。
(未来の)お(母さん)ばさんが帰ってきた時、元気で迎えるためにも」

望美の父が大きな声で言った。
「そうか! 母さんに心配かけてはいけないな」
「ええ、俺、そう思います」
「優しいんだな、譲くんは」
「いいえ、昔からのお隣同士ですから、助け合うのは当然です」

「譲くん、無理はしないでね、忙しいんだから」
☆↑☆↑☆↑☆↑☆↑☆↑☆↑
「無理なんかしてないですよ。ずっとやってきたことですから」
あなたのためなら、これからもずっと…こうして……。

望美の父が茶碗を持って立ち上がった。
「おかわりですか? 俺がやります」
すかさず、茶碗を受け取る。
望美の父はにこにこ顔だ。
「いやあ、ありがとう譲くん。
こんなにうまい飯を食ったのは久しぶりだよ。
そこら辺のレストランなんかより、ずっとおいしい。
これが明日も食べられるなんて、本当にうれしいよ」

よしっ!! 未来のお父さん確率80%

山盛りご飯の茶碗を望美の父の前に置き、譲は言った。

「任せて下さい!(未来の)お(父さん)じさん!!」





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あとがき

譲くんのお誕生日祝いSSでした。
遅刻してごめんなさい。

今回は望美ちゃん父にも登場して頂きました。
天然×2人に、譲くんが挑みます。
愛の力と若さで、家事も部活も学業もがんばってね♪


2009.7.20筆