龍の夢


間章 西の夢幻


1 地




人界から遠く離れた峻険な山々が
海へと雪崩落ちる所に、その岬はある。
切り立った崖と繁茂した緑の厚い要害を抜け
ただひたすらに上を目指し行った果てに現れる
ただ風が吹くばかりの岬。

ここに至る道はない。
己が手で道を切り開き、ただひたすらに来た。

視界の届く限りに、空と海が広がる。

岬の夜明け。

崖の突端に立ち、一人の青年が明けゆく水平線に真向かう。

青年の髪は伸び放題、纏った法衣もぼろぼろだ。
しかしその眼は、暗夜をも射抜くような強い光を帯び、
新しき日の太陽を待っている。

高僧を輩出した由緒正しき大寺に学んでも、
徳高き僧を訪ね、教えを請うても、
万巻の書を読破しても、
生命の際をさ迷うまでの荒行をしても、
真なるものには出会えなかった。

青年が、一心に祈り求める真実とは、理を越えたもの。
魂が揺さぶられ、五臓六腑が歓喜し血潮滾る、己の肉の内からあふれ出る答え。

求め、求め来て、この岬にいる。
風に吹かれ雨に打たれ、食らうこともせず、動きもせず、
もう幾日、こうしているのか。

青年は、滾りつつ、果てしなく空なる存在。
印を結び、ただ真言を唱え続ける。


光の帯が水平線に走った。日の出が間近い。

その時、静かに輝いていた明けの明星が、二つに分かれた。

分かれた星が、動く。

「あれは…太白…」
青年の眸が、大きく見開かれた。

星はみるみる大きくなり、真白な光球と化す。

眩い光に眼がくらみそうになりながらも、
青年は魅入られたように見つめ続けた。

星は、空を切り裂きながら青年を目指し、飛来する。

「…遍照…金剛……」
青年はかすれた声を絞り出した。
……これぞ如来の光か。

すさまじい風が吹き付ける。
木々が地面に伏せるほどの風の中、
青年だけが、真っ直ぐに立っている。

「太白の星よ、我に…来たれ」

世界が白い光に包まれ、
青年は両の手を大きく開き、光を迎え入れた。




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2008.8.9




西の夢幻

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