愛があれば

(リズ×望美・「迷宮」ED後)



カタンコトン……カタンコトン……
冬の入り日を浴びながら、民家の軒端をかすめて江ノ電が走る。

――この電車の音は、心地よい。
そして窓から見る風景も。

リズヴァーンは、ドアの隣に立って外を眺めている。

家路につく観光客で車内は混雑しているが、
周囲より頭一つ分以上抜きん出たリズヴァーンも、
この場所にいれば周りへの影響が少ない。

狭い場所に人がひしめき合って運ばれていくというのは、
リズヴァーンにとっては異様な光景だったが、 それも今では慣れた。
そして車窓の風景も、いつの間にか見慣れたものになっている。

――神子の生まれ育ったこの世界の住人となって、
もう、一年が経つのだな。

そして今日はリズヴァーンの誕生日。

望美が、祝いの宴……パーティーというのだったか……を
開いてくれるそうだ。

リズヴァーンの顔には、穏やかな笑みがある。


目的地の一つ前の駅で、若い女性が三人、乗り込んできた。
リズヴァーンに気が付くと、一様に目を見張り、
口元を押さえ、「きゃあっ」と小さな声で言いながら、
互いに顔を見合わせて、次にまたリズヴァーンを見る。

もう慣れっこになっているので、リズヴァーンは驚かない。
異国の人間を見た時の、女性達の習わしなのだろう。
鬼と謗られるより、よほどましだ。

だが以前このことを望美に言ったところ、
なぜかみるみる不機嫌になったので、
彼女達の不思議な所作に関しては、理由を尋ねないままになっている。
とにかく気にしないことが一番なのだろう。

三人の女性は、リズヴァーンの近くに並んで立った。
時折ちらりとこちらを見るが、
リズヴァーンは窓の外に視線を向けたまま、動じることはない。

そのうち女性達はおしゃべりに興じ始め、
リズヴァーンは少しほっとする。
が、それも束の間のことであった。

右端の女性が大きな声を出した。
「ええっ?! あなた、先生と離婚したの?」

――「先生」とりこん……離縁のことか。

リズヴァーンの表情は変わらない。
が、電車の揺れには微動だにしないにも関わらず、
思わずドア横の手すりを握ってしまう。

「やっぱり、年が離れすぎてたってこと?」
「一言で言えば、そうかしら」
左端の女性の言葉に、真ん中の女性が頷いた。
「大人の落ち着きがステキとか言ってたわよね」
「先生先生って、すごくなついてたのに」
「だって、あの頃はカッコよかったんだもの」

リズヴァーンは手すりをぐっと握りしめた。
――いったい何の先生なのだ。

話をしている女性は、電車が揺れる度によろけている。

――少なくとも、剣術の師ではないな。

「17歳の違いは大きかったのね」
「ええ、だって私が大学出たと思ったら、もう40歳よ」
「わ〜〜、そっかぁ」
「おじさまって呼ぶには、ハンパな年齢ね」
「体力的にも他のこと的にも衰えるし」

――心身の鍛錬は今まで以上に心して行おう。
他のこと的にも鍛えよう。

「でも、共通の趣味だってあったじゃない」
「仲よく一緒にやってると思ったのに」
「ああ釣りのこと? 誘われればどこにでもついていった頃の話よ。
だいたい、海に行っても泳がないってどうよ。
ビーチに近寄りもしないのよ。
そのくせ、釣れもしないのに、一日中竿を持ちっぱなしで」

――釣りとは、魚を獲るだけのものに非ず。
天と地と海に向かい、己に向かい…

「とにかく、共通の趣味が無いのよ」
「それじゃ、つまんないわね」
「一緒に楽しめるものが無いなんて、淋しいわ」

――一緒に楽しむ……趣味……?

剣は修行。

釣りは己を見つめる精神修養。
近頃は、神子と一緒というより、
神子の父と有川家の父がよく同行している。

木彫り細工は、神子の母と有川家の母が熱心だ。

神子は漢詩に興味を示さない。
専ら、ご近所のお年寄りと共にその興趣を味わっている……。

「共通の話題とかもないの?」
「見てきたテレビだって、全然違うしね。
昭和と平成ですもの。生きてきた時代が違うのよ」
「時代が違う…か。17年の違いは大きいってことね」

――生きてきた時代……
十七年どころの違いではない。
私が生きていたのは、神子の世界でいえば八百年以上前だ。
つまりは、八百十七年の違い…。


まだかまびすしく続く話し声を背に、次の駅でリズヴァーンは降りた。
車内の喧噪から解放され、大きく息をつく。

改札口の前で、望美が待っていた。
黄昏の中、その周囲だけが、ほんのりと明るく見える。

「先生、お迎えに来ました!」
「待たせたか、神子。寒い思いをさせてしまったようだ」
しかし望美は元気よく首を振った。
「寒くなんかありません。
先生を迎えに来るのは、私の権利ですから」
「権利?」
「だって、この世界では私が先生の一番弟子で…それに…」
「ただ一人の、愛弟子だ」
「はい!」
望美は嬉しそうに笑った。
その屈託のない笑顔が、リズヴァーンには眩しい。

「神子……」
歩き出そうとした望美を押しとどめる。
そして、リズヴァーンの言葉を待つ望美の眼を見つめて言った。

「神子、私はこれからも、自らを厳しく律していくと誓う。
体力的にも他のこと的にも衰えぬよう、鍛錬に励む」

「はい…??????」
かなり不思議そうな表情になった望美に向かい、さらに続ける。
「お前の望むことは何でも、私に伝えてほしい。
これからも、ずっと先までも、お前と共に在るために」

と、望美はにっこり笑った。
「じゃあ、早速お願いしてもいいですか?」
「望むままに」
「次の日曜日、先生と二人だけで、
もう一度お誕生日のお祝いをしたいんです。
今日は、お父さんも母さんもいて、将臣くん家も全員来るし…、
にぎやかで楽しいけど、でもやっぱり私、先生と……
……あの…いいでしょうか?」

リズヴァーンは微笑んだ。
「無論」


冬の夕暮れ時、冷たい風が吹き抜けても、
望美と共に歩くこの時間は、とてもあたたかだ。

遠い遠い昔に出会った少女。
憧れ続けた遠い遠いひとが、今はこんなに近くにいる。
そして、鬼の里も孤独な歳月も今は遙か時の彼方。

愛があれば、時空の違いなど……ほんの些細なことだ。






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リズ先生の生誕祝いSSでした。
ちょっと動揺してしまう先生が書きたくて…(笑)。
でも先生は、何歳だろうがステキなのです。

この話は「迷宮」ED直後ではなく、その1年後のお誕生日を想定して書きました。
拙作 「先生と呼ばないで」 を先にお読み頂くと分かりやすいと思いますが、
この話だけ読んでも意味不明になることはないはず…です。


2009.1.06 筆