きつね逃走中

「運命の迷宮」オールキャラ



「先生、お願いがあります。
木彫りのきつねさんを作って下さい」
「きつねを?」
「はい。小さい頃の九郎さんに作ってあげたみたいなきつねさんです」
「望むままに」

やがて、みごとなきつねが彫り上がった。
リビングに集まり、みんなできつねを囲む。

「可愛い!! 九郎さん、見て下さい。私のきつねです!」
「あきれたやつだな。先生の手を煩わせるとは」
「いいじゃないですか、九郎。リズ先生はそのようには思っていないはずです」 「無論」

「さすがリズ先生、上手だな〜♪ 毛の流れまでわかるよ」
「しっぽがふさふさでとても可愛いわ。よかったわね、望美」
「オレとしては、姫君の手に乗ったきつねに少し嫉妬しているけどね。
リズ先生の腕が相当なものだってことは分かるよ」
「細かいところまでよくできていますね。
すごい観察眼だな」

「まるで今にも動き出しそう。あ! 景時さんならできるかも」
「え? オレに何ができるって?」
「きつねに術をかけたら、動くと思うんですけど」
「おっ、いい考えじゃねえか。リアル3Dアニメーションってやつだな」
「きっと、とても可愛く動くと思うよ。ね、朔」
「そうね。でも難しそうだわ。兄上にできるのかしら」

「朔は手厳しいなあ」
「で、どうなんだい?
姫君の願いを無碍に断るなんて、男じゃないぜ」
「しかし…木でできたきつねが…、本当に動くものだろうか。
いや、決して疑っているわけではないのだが…」
「先生の彫りがいかに精緻とはいえ、木彫りが動くわけがないだろう」
「九郎、ここは景時の術の腕を信じましょう。
他ならぬ望美さんの頼みなんですから、
絶対に術を成功させると思いますよ」

「う〜ん、こうなったら、何としてもやってみせるしかないみたいだね」
「そうよ、兄上、がんばって」

「よ〜し。じゃあ、ちょっとみんな離れててよ」
景時は陰陽銃を取り出し、精神を集中する。
みんなが固唾を飲んで見守る中、
「さあ、行くよ〜。きつねくん! 動け!!」
景時は引き金を引いた。

ぼわん!! と、盛大な煙が立ち上る。
「わっ」
「ごほごほっ」
「け…煙い」
「きつねさん…大丈夫?」

その時、煙の中からぴょーん! ときつねが飛び出した。

「すげえな! 動いてるぜ!」
「よかった〜。術は成功だよ」
「さすがは先生のきつねだ」
「九郎、感心するのはそこではないと思いますが」

きつねは勢いよく跳ねてサイドボードの上に飛び乗った。
「きつねさん、こっちだよ」
望美はきつねに手を差し伸べる。
しかし、きつねはさらに跳躍すると、天井の灯りの上に乗ってしまった。

「姫君の手を拒絶するなんて、いったいどういうつもりだい」
「そんなこと、きつねに言っても仕方ないじゃないか。
待ってて下さい、先輩。
ソファに乗れば、あそこまで楽に手が届きますから」
「では、私が反対側に回って退路を断とう」

譲がきつねに向かって手を伸ばした。
するときつねは、リズヴァーンが読んだ通り、
後ろに逃げようと身を翻す。

しかし、リズヴァーンの手がきつねを捕らえた…と同時に、
きつねはぱっと姿を消した。

そして次の瞬間、窓の桟に現れ、再び消えてしまった。

「な…何が…起きたのだろうか」
「消えたように見えたぜ」
「目の錯覚に決まってるよ、兄さん」
「いや、違う。あれは錯覚ではない…」
「え? 錯覚じゃないとしたら、きつねさんは本当に消えたんですか、先生」

「リズヴァーンの言う通りだよ、神子」
白龍がふわふわとリビングに入ってきて言った。
「あのきつねは瞬間移動した。リズヴァーンと同じだね」

「えええええーーーーっ」←リズヴァーンと白龍以外驚愕
「あのきつねからは強い艮の気を感じる。
代々の地の玄武が持つ逃走癖を、
あのきつねも宿しているよ」←白龍無邪気
チクチクチクチクチクチクチクチク →→→→→→→→→→→→→→→→リズヴァーン
「心を…こめすぎたか」←リズヴァーン反省

「と、とにかく、きつねさんを見つけようよ」
「そうだな。せっかくリズ先生が作ってくれたんだ。
どっかに行っちまったらがっかりだよな」
「さすが先生だ。一刀入魂、俺も精進しなければ」
「九郎、違いますよ」
「でも、慌てて追い回すこともないんじゃない?
景時の術はずっと効いてるわけじゃないんだろ」
「いや、だからこそ急いで探すべきだろう。
どこか人目に付かないところで術の効果が切れたら、
先輩の手元に戻らなくなる」
「う〜〜ん、先生が心をこめすぎて、
オレの術が効きすぎちゃったのか〜。
どれくらいで元の木彫りに戻るのか、ちょっと見当がつかないなあ」
「兄上、しっかりして下さい」
「きつねの移動した痕跡を…探る方策はないだろうか」

「そうだ! 白龍、きつねさんが今どこにいるかわかる?」
「うん、わかるよ。今は庭にいる」
「ありがとう! 行ってみる」
「白龍、庭のどこなの」
「一番大きな松の木の上だよ」



白龍の言った通り、きつねは松の枝の先端で空を見上げていた。
しかし、みんなの気配を感じたとたん、きつねはさらに高い枝に飛び移る。

「神子の元に戻るのだ」
「きつねさん、下りてきて」
リズヴァーンと望美が呼びかけるが、きつねは、ぷいっと横を向いた。

「先輩の言うことを聞く気はないみたいですね」
「うん。地の玄武は代々、なつき度が低いうちは扱いにくい。
でもそれが地の玄武の在り方だから、責めることはできないよ」
↑白龍あくまでも無邪気
チクチクチクチクチクチクチクチク →→→→→→→→→→→→→→→→リズヴァーン
「私は、最初から真面目に務めていたつもりだった。
だが、すぐに神子と同行しなかったり、
鞍馬山に結界を張ったりしたことが、いけなかったのか…」
「白龍、何を言う!
先生は最初から協力して下さったんだぞ!」
「その通りですよ。
でも先代や先々代の地の玄武がどうだったか、興味が湧きました」
「そうそう。リズ先生が気にする必要なんてないって、オレも思うな。
そもそもきつねが逃げたのはリズ先生のせいじゃないんだし」
「兄上のせいですから」
「朔ぅ〜〜」

「でも困ったね。あんなに高いところだと、
木登りして近づいても、その間に瞬間移動で逃げられちゃうよ」
「お前、木登りする気か」
「うん」
「ふふっ、その必要はないと思いますよ、望美さん。
瞬間移動が使えるのは厄介ですけれど…それでも、ね」
「おっ、弁慶も気づいたか。あいつ、瞬間移動がヘタクソだよな。
短い距離しか飛べないみたいだぜ」

『####』
「あっ、将臣くんが下手くそなんて言うから、きつねさんが怒ってるよ」
「図星…だったようだ」
「当然だ。きつねが先生のように上手に瞬間移動できるはずはない」

「ま、どっちにしても話は簡単じゃない?
もう一度景時が銃を撃って、術を解けばいいってね」
「あ…え…まあ、その通り……なんだけど、
そんな術、できるといいなあ…なんて、オレも思うよ」
「兄上! できないならできないと、はっきり言って下さい」
「はひぃ!!」

じゃあ、まずは離れた所から仕掛けてみようぜ」
将臣が、細長いものを持ってきた。
「兄さん、これって父さんの釣り竿じゃないか。
いいのか、勝手に持ち出して」
「今から許可なんか取れねえだろ。
事後承諾ってことでいこうぜ」

「将臣くん、釣り針のところについてるのは何?」
「ああ、きつねと言ったらこれだろ」
「油揚げか…。食べ物で釣るなんて、兄さんの考えそうなことだ」
「これで少しはなついてくれれば、それでいいじゃねえか」

「ええ、僕もよい考えだと思いますよ。
せっかくですから、ちょっと協力させてもらえますか」
弁慶は懐から小さな瓶を取り出すと、中の液体を油揚げに一振りした。

「それは何だ、弁慶」
「さあ。今は手の内を明かすべきではないでしょうね」
「だいたい想像はつくけどね。そんなもん、いつ作ったんだよ」
「薬師ですから、これくらいは常備していますよ」
「じゃ、後は景時、頼むぜ」
「ええ〜〜っ、またオレ?」


「!♪!♪!」
目の前にぶら下げられた油揚げに、きつねは大きな興味を示した。
くんくんと鼻を鳴らし、そろそろと近づいていく。
みんなは息を潜めてきつねの動きを追った。

「空きっ腹には勝てねえよな」
「さすが先生のきつねだ。用心深い」

きつねは前足を上げ、ちょんちょんと油揚げをつつく。

「かかりそうだね」
「安心して食べていいですよ。怪しいものではありませんから」

きつねは小さな口をいっぱいに開いた。

よしっ! いける!

しかし、みんながぐっと身を乗り出したその時、
黒い影がひゅんっと飛んできた。
その後には、何も付いていない釣り糸がゆらゆらと揺れるだけ。

「とんびだ! 海岸からこっちまで飛んできたのか」
「わっ! 驚いた〜」

きつねは呆然と、飛んでいくとんびを見送った。
そのとんびは油揚げを一飲みにし、
そしてあっけなく落ちていく。

「#######」

「きつねさん、怒ってるよ」
「意外と頭いいな。油揚げが罠だったとわかったみたいだぜ」
「意外とは失礼だぞ、将臣。先生のきつねだ。それくらい当然だろう」
「きつねがさらわれなくてよかったですよ。
そうなったら先輩がかわいそうすぎる」

「でも、困ったね。前にも増して、こっちを警戒してるぜ」
「何か安心させる手だてを考えた方がよさそうですね」

「その…仲間を作るというのは、どうだろうか」
「仲間って?」
「いや…私の思い過ごしかもしれないが、
あのきつねは、怯えているのではないかと…。
周り中見知らぬものばかりで、
きつねの目には我々のことも、大きくて怖ろしいものと
映っているのではないだろうか」

「敦盛さん…きっとそうですよ。
私、きつねさんに悪いことをしてしまったのかもしれない。
ねえ、みんなでそれぞれ、きつねを作らない?
それで、また景時さんに術をかけてもらえば、
先生のきつねさんに友達ができるでしょう?」
「え? またまたオレ?」
「兄上、最後までがんばって。
私は、望美がきつねを作る手伝いをするわ」
「私も、神子を助けるよ」


「####????!!!!」
松の木の下に、8匹のきつねが並んだ。

「さあ、みんなで先生のきつねさんを説得して!」
しかし……

にわか作りの八葉は、予想通りには動いてくれない。

ふらふらとどこかへ行こうとするきつね。
木の上のきつねに向かって、何か言いたげなきつね。
望美のきつねにまとわりつくきつね。
それを阻止しようと躍起になっているきつね。
落とし穴を掘り始めたきつね。
後ろを向いているきつね。
みんなばらばらだ。
彼らの間を取り持とうとするきつねは一匹だけ。

くるりっ!
木の上のきつねは興味を失ったようで、
きつねたちに背を向けると枝から枝へと飛び移っていく。

「どうしよう、このままじゃ、先生のきつねがどこかへ行っちゃう」
「最悪、そうなっても白龍に気を追ってもらえばいいんじゃねえか」
「それは…できない。家の外には、様々な気が入り乱れている。
きつねの気はとても小さいから、すぐに見失ってしまうよ。
ごめんなさい」

しかし、きつねの足を止めるものがあった。

ぴょんぴょんぴょ〜ん……!!!!
隣家の塀に飛び移ろうとした時、突然きつねは身を低くして身構えた。
その視線の先では、ふてぶてしい面構えの猫が
にんまりと笑っている(ように見える)。

猫は舌なめずりして、じりっと動いた。
猫もまた低く身構え、尻尾を真っ直ぐに伸ばしている。
飛びかかる機を窺っているのだ。

「きつねさんを助けなきゃ!」
飛び出そうとした望美を、リズヴァーンが制した。
「待ちなさい、神子。手助けは不要だ」
「なぜですか!? あんな小さいきつねさんじゃ、
猫にあっという間に食べられていまいます」

「いや、リズ先生の言う通りだぜ」
「見てごらん、姫君」
「やっぱり先輩はすごいですよ」
「仲間とは…よいものだと思う」

「え…? あ! みんな…」
目の前を、きつねたちが走っていく。
先頭に立っているのは、望美のきつねだ。
譲がそっと置いた木の板を伝い、次々に塀の上に飛び移る。

そして、リズヴァーンのきつねと共に、声のない雄叫びをあげた。

「ふしゃぁぁぁっ!!」
猫が背を丸くして毛を逆立てる。
相手が獲物ではなく、戦う相手だと理解したのだ。

「でも、どうやってきつねさんたちは戦うの?」
「神子のきつねがいる。心配はないよ」

その通りだった。
望美のきつねの合図で、全員が息を揃え、一斉に猫に気をぶつける。
どかあああああんん!!!
「ふぎゃっっ!」

もう一度!
どかあああああんん!!
「ふぎゃっ!」

もう一度!
どかあああああんん!
「ふみゃ」

もう一度!
どかあああああんん
「ふにゃ…」

猫はよろよろと逃げていった。

そして望美以外のきつねたちもまた、猫が逃げ去ったことを見届けると、
ぱたりぱたりと倒れて塀から落ちてくる。

「命を削って攻撃したのか…」
「すごい協力技でしたね」

リズヴァーンがマフラーを広げて気絶したきつねたちを受け止め、
最後に、望美のきつねが元気よく飛び降りた。




こうして、きつね騒動は終わった。

望美の部屋には今、木彫りのきつねが11匹いる。
あの後、朔と白龍にもそれぞれ木彫りを作ってもらったからだ。
白龍のきつねは、きつねらしからぬ姿をしているが、
それがありのままの形なのだそうだ。

みんなと一緒に過ごした時間の証。
それがこのきつねたちだ。

ピンポ〜ンと、玄関でチャイムが鳴った。

「あ、もう迎えに来てくれたんだ」

鏡を見て髪をちょっと直し、きつねたちに手を振ると、
望美は急ぎ足で部屋を出た。




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「迷宮」第1章に出てくる、
先生が小さな九郎さんに木彫りのきつねを渡す回想話は
九郎さん攻略のためには失敗になる選択ですけれど、本当に好きです。

好きすぎて、「時空のさすらい人」の 「若き師と幼き弟子」 では、
その時のことを妄想して書きました。

そして、とうとうこんな話まで…(笑)。
楽しんでいただければうれしいです。

地玄武の属性がきつねに反映するなら、
地白虎のフェロモン属性も? なんて考えたりもしたのですが、
長くなるのでカット。

なお、きつねの可愛いカットは 素材のプチッチ様から お借りしました。
多謝!


2011.6.29 筆