時空(とき)のさすらい人


若き師と幼き弟子




夜更けの山道を、童が一心に駆けている。

小さな拳を握りしめ、肩を震わせては時折袖口で眼をこするが、
その間も決して足を緩めない。

月の光は聳え立つ木々に遮られ、
道の所々を薄明るく照らすだけ。
しかし童は迷うことなく、ごつごつと木々が根を張る急斜面をよじ登り、
二叉に分かれた木を目印に獣道へとそれて、山深くへと分け入っていく。

やがて小さな谷が足元に開け、そこで初めて童は立ち止まった。

もう一度、眼をごしごしとこすると、
懐から大事そうに、小さな木彫りを取り出す。
しばしの間じっと見つめ、にっと口を横に開いた。
精一杯の笑顔のつもりだ。
「きつねさん…心配しないでね」
そう言って、木彫りをまた懐にしまう。

やがて息を整え、童は谷底へと駆け降りていった。

そこは、木々に囲まれた広場。
丈高く、しなやかな体躯の青年が、静かに立っている。
月光を受けて、長い髪が黄金色に光る。

「リズ先生、遅くなり申し訳ありません」
童は青年に向かい、深々と頭を下げた。

「なれば…九郎」
リズヴァーンは剣を構えた。
「一時も無駄にしてはならぬ」

九郎も背に差した木刀を構えた。
「よろしくお願いします!」
言うなり、高く飛んで打ちかかる。

しかしリズヴァーンは僅かに横に動くだけで、その打ち込みをかわした。
「大きな動きは、速さが伴わねば隙を作るのみ」
九郎は着地と同時に、リズヴァーンのいる方向へと飛ぶ。
身軽な動きだ。
だが、
「読みはいいが、身体の均衡が崩れている」
リズヴァーンは剣ではなく、腕で九郎の肩を止めた。
剣を構えたまま、九郎は後ろに飛ぶ。
「そうだ、基本の形こそが己を守り、
次の攻撃へと繋がる」
「分かりました!」

「では、今度は正面から来てみなさい」
「はいっ!」

幼いながら、九郎の構えは剣術の手本のようにきれいだ。
振りも鋭い。
しかしそれをリズヴァーンは剣の鎬で受け、
九郎が隙を見せた時には容赦なく木刀をはじき飛ばす。

幾度となく落ちた木刀を拾っては全力で打ちかかり、
倒されてはまた起き上がって、九郎はリズヴァーンに向かっていく。

暗いので見えぬと思っているのだろう。
九郎の顔には、こっそり流した涙の跡がある。
そして一つならず残る傷、打たれた痕。

今は平家の世。
幼くして父を亡くし、母とも兄たちとも引き離されて、
九郎は鞍馬の寺に預けられた。
仏門に入ることが、唯一、命を長らえる道であったからだ。
しかし寺にあっても、源氏の子の九郎に近寄る者はいない。
辛く当たる者も多い。
まして、同じ年頃の子供達は容赦を知らぬ。

何があったのか、おおよその見当は付くというもの。

しかし九郎は何も言わず、
口をへの字に曲げて、剣を振るっている。

自分の道は、自分で切り開く。
それができないようなら、
源氏再興の大望など、叶うはずもないのだから。

リズヴァーンも、その覚悟を受け止めている。

リズヴァーンの弟子となった時、九郎は小さな頭をぴょこんと下げて
願いを一つだけ、言ったのだった。
「リズ先生、どうか私を九郎…と、呼んで下さい」
「お前の名は遮那王、ではないのか?」
九郎の口が、その時もへの字に曲がった。
「それは、仏門に入った者のための名。
しかし私は、今は無き父上…源氏の頭領の息子です。
僧にはなりたくありません」
「元服もせぬうちに、自ら(あざな)を 決めたというのか」
「はい。私はいつか、伊豆の兄上と共に平家を打ち倒したいのです。
その時には、武士としての名が要ります」
「九郎とは、お前自身の覚悟の名だというのだな」
「はい!」

幼いながらも、そこにあるのは強い意志と退かぬ決意。
自分の行く道を思い定めた者のひたむきさが、リズヴァーンを打った。

ならばこそ、厳しい稽古を続けている。
かつて、剣を通して父から様々なことを学んだように、
リズヴァーンも九郎に教えたい、と願っている。

己を生かす剣を。
道を切り開く剣を。

多くの者に囲まれながら、九郎の孤独は深い。
幼い身には、さぞ辛かろう。
淋しさに泣き叫びたい時もあるはずだ。

だが、それでも曲がらぬ九郎の心は、やがて皆を変えていくだろう。
光への道を選ぶ者を人は慕い、信じるものだ。

そしてリズヴァーンは知っている。
九郎の道が、遠い時の先で、再び自分の道と交わることを。



激しい打ち合いが続いた後、
二人は剣を収め、湧き水で喉を潤して、しばし休んだ。

九郎は再び木彫りを取り出して、丸い指先で形をなぞっている。
隣に腰を下ろし、リズヴァーンは言った。
「友ができて、よかったな」
九郎は嬉しそうに答える。
「はい、先生のおかげです」

しかしリズヴァーンはゆっくりとかぶりを振った。
「九郎、私はこのきつねに話しかけたのだ」
「え?」
九郎はきょとんとした。
「見てみなさい。
九郎という友を得て、きつねは喜んでいる」

リズヴァーンは手を伸ばし、九郎の手の木彫りを少し傾けた。

光の角度が変わり、木肌のわずかな彫り跡に
新たな陰影が浮かび上がる。
まるできつねが、笑っているように。

「あ!…きつねさんが…」
九郎が驚いて声を上げた。
「本当に喜んでいるだろう?」
「はい!!」
九郎の顔に、その日初めて、くしゃくしゃの笑みが浮かんだ。



神子へと続く長い道の半ば―――

小さな喜びを照らして、
満月の光は、その夜も静かに降り注いでいた。







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あとがき

無印3と、「運命の迷宮」の九郎さんルートイベント(でも失敗選択肢・笑)の
コラボのような話でした。

鞍馬寺にいた頃の九郎が遮那王という名だったことは有名です。
でも「迷宮」の回想シーンでは、九郎と呼ばれています。
失敗ルートの1シーンのためだけに、
「遮那王」に関する説明のあれこれを入れるのもなあ、
ということで省かれたのかしら? とも思いましたが、
うがった見方をしたらキリがありませんよね。

とにかく、ゲーム本編至上!な管理人ですので、
先生が「九郎」と呼んでいるなら
そのように書くまでです。
それが「遙か」的史実!ということで。

ところで………
この話の時点の先生は、ゲームより15才ほど若いです。
信じがたいほど美人です。
修行もまだ半ばで、筋肉育成途上なので、
体型はがっちりというより、しなやかな感じでしょう。
そして、●×▼が◇〜Φで、△◎■………きゃ〜〜〜〜……
↑誰か止めて下さい。



2008.12.11 筆