聖夜の邂逅

泰明×あかね 京ED後



雪の降りしきる冬の夜、
泰明はあかねと二人、 楽しく甘いひと時を過ごしていた。

しかし……
雪の夜の静寂と泰明の幸せ気分を破って、 空から誰かが落ちてきた。














見なくても分かる。
その人物は、庭に立つ桜をすり抜けて、
そのままドサッと地面にぶつかったはずだ。

「誰でしょう? 早く助けないと、ケガをしているかも!」
「神子はここにいろ。私が行ってくる」
「いいえ、私も行きます! いつもの人とは違うみたいですし」
「神子も気づいたか」
「叫び声がカラフルでしたから」

唐風な叫び声? 異国の言葉には聞こえなかったが……?
小さく首を傾げ、泰明はあかねを後ろにかばいながら庭に出た。

思った通り、桜の木の下に人影がある。
「痛たたた……」
その人物は、腰をさすりながらこちらを見た。
白髪に、白くふさふさとした髭をたくわえた小太りの老人だ。
見慣れぬ形の装束をまとっているが、その色は叫び声と同じ赤と白だ。
怪しい。怪しすぎる!!

しかし、
「神子、気をつ「サンタさん!♪」
あかねはものすごくうれしそうな声を上げ、老人に向かって駆け出した。

「答えは六だ、神子」
――いや、神子はさんたすさんと言ったのではないか…。
さんたさんと言ったのだ。だがさんたさんとは何だ。


泰明は一瞬で様々な可能性を考えた。

算多産 散他参 惨田山  どれも違和感がある。
ここは普通に考えるべきだろう。
神子は人を呼び捨てにしない。
だからあの老人は三太三 三太さん……という名の怪しい人物なのだ。
しかし、神子が!だけならまだしも、♪まで付けて名を呼ぶとは……。
三太とは何者だ!


「神子、この胡散臭い老人を知っているのか?」
しかし泰明の問いかけは無視された。
あかねは眼をきらきらさせながら三太と話している。
三太は当然、とてもうれしそうだ。

「ほうほう、お嬢ちゃんや、わしのことを知っておるのかね」
「もちろんですよ! ああ…感激です! 本物のサンタさんに会えるなんて!」
「わしもじゃよ。この世界でわしを知っているばかりか、
わしが実在していることまでも信じてくれている人がいるとはのう」

知り合いなのか。だがそれにしては初対面のような会話だ。
そして三太には本物と偽物がいるらしい…。


「ここは寒いですから、どうぞ家に上がって下さい」
「おお、ありがたい」
三太は丸い顔に満面の笑みを浮かべた。

泰明は驚いた。
「神子! その怪しい者を家に入れるのか」
あかねはきょとんとして、すぐににっこり笑った。
「この人は怪しい人じゃないですよ。
サンタさんと言って、クリスマスには子供たちに贈りものを届けてくれるんです」
「知らない人から物を貰ってはいけない」
「この人は特別なんです。さあ、サンタさん、どうぞ」

しかし三太はかぶりを振った。
遠慮というものを知っているのはよいことだ、三太とやら。
「お嬢ちゃんや、坊やがふくれっ面をしておる。本当にいいのかの?」
「そんなことありません! 泰明さんも歓迎しています。ね、泰明さん」

あかねにここまで言われては、もう逆らえない。
しぶしぶしぶしぶしぶしぶ…………こくん………
「ふぉっふぉっ、可愛い坊やじゃ。ありがとのう」
満面の笑みに、さらに笑い声までが加わった。

「私は、坊やではない」
「はて、違ったかの? 坊やは二つか三つくらいと思ったが…」

あかねと話しながら家に入っていく三太の後ろ姿を、泰明は凝視した。

邪気は皆無。
否、むしろ、聖らかともいえる気を放っている。
天から降ってきた…ということは、この世ならぬ存在であるはずだが、
近寄りがたい雰囲気はなく、とてもなれなれしい。

そういえば……あの不吉の塊もそうだった。

泰明は雪の降りしきる空を見上げた。
三太がここに落ちて来たのには、何か理由があるはず。
さっさと聞き出して、さっさと帰ってもらおう。



泰明の推測は当たっていた。



その少し前、土御門でのこと――。

眠っていた藤姫が、眼をぱっちりと開けて起き上がった。
声が聞こえたような気がしたのだ。

「誰かいるのですか?」
だが返事はなく、部屋の中は真っ暗で、人の気配もない。

「不思議だわ。確かに聞こえたのに…」
藤姫がきょろきょろと周囲を見回した時……
チリン…と鈴の音が聞こえ、
目の前に、淡い光をまとった獣がストン!と降ってきた。

「あ……」
藤姫は、思わず出そうになった悲鳴を抑える。
なぜかわからないが、獣が危険ではないことを感じ取れたのだ。

その獣は子鹿に似ているが、頭にはもう角があった。
首に鈴をつけ、 後ろには大きな(はこ)のようなものを引いている。
藤姫は天井を見上げたが、どこにも壊れた痕跡はない。

「鹿…さん……?」
藤姫は子鹿に呼びかけた。
子鹿はためらいがちに藤姫に歩み寄る。

互いの眼が合い、その瞬間、藤姫と子鹿は友達になった。

「私は藤と言います。あなたは……鹿ですか?」
子鹿はもじっと身体をよじった。
「鹿…ではないのですね。
では……何と呼べばいいのでしょう」
子鹿は首を縦に振ると、藤姫の肩に頭を乗せてすりすりした。
「まあ、鹿さん…でいいのですか?」
すりすり。
「ありがとう、鹿さん」
すりすり。
「ねえ、あなたの引いているのは乗り物?」
すると子鹿は、筥に向かって首をちょんちょんと振った。
「乗っても…いいのでしょうか?」
すりすり。

藤姫は筥に乗り込んだ。
「まあ! 屋根のない牛車みたい!
このまま動いたらどんなに楽しいでしょう」
すると、子鹿を包んでいた光が強くなり、筥はふわりと浮き上がった。
「わあ! すてき!」
子鹿は慎重に歩を進め、藤姫を乗せたまま部屋を一回りする。
そして浮いた時と同じようにふわりと着地した。

その時、藤姫は筥に引っかかった白い袋に気づいた。
同時に、子鹿が誰かを乗せていたのではないか、ということにも。

「鹿さん…」
藤姫の震える声に気づき、子鹿は振り向いた。
「あなたはもしかして…迷子?」

とたんに、子鹿の眼がうるっと潤んだ。
答えはそれで十分だった。
「かわいそうに…。筥に乗っていた人と、はぐれてしまったの…?」
うるうる…うるうる……。
藤姫は筥を降りて、子鹿の前にしょんぼりと立った。
「ごめんなさい。すぐに気づいてあげられなくて…
私ばかりはしゃいでしまって……」
もじっ!
子鹿はきっぱりと身体をよじる。

「……あなたも楽しかった?」
すりすり。
「ありがとう、鹿さん!」

その時、部屋の外から女房の声がした。
「姫様…お声が聞こえましたけれど、いかがなさいましたか?」

とたんに、子鹿はびくん! と震えた。
いけない! うっかり大きな声を…。
反射的に藤姫は子鹿を後ろにかばう。

だがその瞬間、藤姫はよいことを思いついた。

「大丈夫、安心して。鹿さん」
藤姫は子鹿ににこっと笑いかけると、落ち着いて女房に返事をする。
「使いを頼みたいのです」
「え…このような夜更けに…ですか」
「急ぎなのです。頼久を、呼んで下さい」




「となかい?」
小さく首を傾げた泰明に、あかねは説明した。
「鹿に似ていて、北の国に住んでいる動物です。
ソリっていう乗り物を引いて雪の中を走るんですよ。
でもサンタさんのトナカイは特別で、空を飛ぶんです」

「三太、となかいとは、なぜはぐれた?」
「……それがのう、時空の分岐点に突っ込んでしまったのじゃよ。
あの子はまだ小さくて、わしの指示を勘違いしたようじゃ。
この時空に出たとたんに、バランスを崩してのう……」
「その時にサンタさんはソリから転げ落ちたんですね」
「手綱を手放してしまうとは、わしも衰えたものじゃ…。
あの子はまだ子供。今頃、知らぬ世界で一人でどうしておるのか……」

「トナカイさん、かわいそうに…」
あかねの瞳に、じわりと涙が滲んだ。
「私、トナカイさんの気持ちがわかるような気がします。
知らない世界でひとりぼっちになってしまったら
とても心細いだろうなって……」

ズキンズキンと泰明の胸が痛んだ。
あかねは、この世界に来た時のことを思い出しているのだ。
あの時は天真も詩紋もいた。
だが、もしも一人であったなら…と想像したのだろう。

「泣くな、神子。三太のとなかいを探せばいい」
「泰明さん……ありがとう」
あかねは袖で涙を拭った。
「泣いている場合じゃありませんね。私たちにできることをしないと」
三太は顔を輝かせた。
「おお、二人とも、わしに協力してくれるのか!?」
「もちろんですよ! 一緒にトナカイさんを探しましょう。
泰明さん、陰陽の術に、迷子を探すものはありますか?」
「やってみよう」
短く答えて泰明は立ち上がった。
「どこに行くんですか、泰明さん?」
「式盤を用意する。少し待っていろ、神子、三太」

その時、門を叩く音がした。
「神子殿、泰明殿! 夜分に失礼いたします!
藤姫様が急ぎお目にかかりたいと…」




深夜の土御門。

人払いをした藤姫の庭で、サンタとトナカイは再会を果たした。

「小さな可愛いお嬢ちゃん、
ハニーハニーチャッピーを助けてくれてありがとのう」
「いいえ…私は……お友達の力になりたいと……
思っただけで……ひっくひっく……」
藤姫は、泣きそうになるのを懸命にこらえている。

それを見たトナカイは、庭からふわりと浮いて庇の藤姫の前に来た。
すりすり…うるうる……すりすり……うるうる…。
「鹿さん!!」
藤姫はトナカイの首にぎゅっと抱きつく。

「二人はお友達になっていたのね」
「言葉は交わさずとも、互いに通じ合うものがあったのだろう」
「友となってすぐに別れなければならないとは、お辛いことと存じます」

しかしサンタの陽気な声が、悲しい雰囲気を瞬時に消し去った。
「泣くことはないのじゃぞ、小さな可愛いお嬢ちゃん。
ハニーハニーチャッピーは、来年またここに来るのじゃから」

「えっ!」
藤姫は大きな眼をさらに大きく見開いた。
サンタは深々とうなずき、にこにこと笑った。
「わしはサンタクロースじゃ。
わしを信じてくれる子供の所には、必ず行くのが務めでのう」
「まあ! 本当ですか…」
「サンタさんは、ウソは言わないよ。よかったね、藤姫!」

……三太くろうす?
これが三太の本当の名前なのか?
――泰明だけは、全く別のことを考えている。

サンタは藤姫にウィンクした。
「わしとしたことが、肝心なことを言い忘れておったわい。
サンタは、よい子に贈りものをするのじゃよ。
さて、何がいいかのう…」

するとトナカイが首をぴょこぴょこと動かした。
鈴が揺れてチリンチリンと音がする。

「ハニーハニーチャッピーよ、
小さな可愛いお嬢ちゃんに、この鈴を贈りたいのじゃな?」
すりすり。

トナカイの鈴が首から外れ、
きらきら光りながら藤姫の手の中に移動した。
藤姫がそっと鈴を振ると、小さな音が鳴る。
「ありがとうございます! 私、ずっとずっと大切にします!」

「では…そろそろ行かねばのう」
サンタはよっこらしょっとソリに乗り込んだ。
トナカイを包んでいた淡い光が虹色に変わり、
降りしきる雪も庭の雪も、七色に彩られていく。

「桜の家のお嬢ちゃんと坊や、二人には世話になったのう。
あたたかな心の子たちと出会えて、わしは幸せじゃ」
「サンタさん、私こそ、あなたに会えてとても幸せです。
今日のことは、一生忘れません!」
「ほうほう、うれしいのう。
では、次のクリスマスにはくつ下を用意しておくのじゃぞ」

――くつした?
泰明には、最後までよく分からないことばかりだ。
しかしあかねは手を叩いて喜んだ。
「はいっ! 必ず用意しておきますね!」

「今宵はこれでお別れじゃ。
皆には本当に助けられた。
聖夜の贈りものをもらったのは、わしの方じゃったのう」

サンタが手綱を握ると、ソリは静かに地上を離れ、
雪の中に消えていった。

その後を追うように、藤姫の鳴らす鈴の音が、
雪の空にチリン…チリン…といつまでも響いていた。






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クリスマス話でした。
泰あかベースですが、藤姫もかなり活躍?しています。
トナカイが藤姫の所に降ってきた理由は、謎(笑)。

なお、不吉の塊が空から降ってくる云々の所は、
「星降る夜に」をベースにしています。



おまけシーン:
その1
あかねちゃんに教わりながら、くつしたをちくちく縫う泰明さん。
真剣そのもの…なんだろうなあ。

その2
――三太くろうす?
これが三太の本当の名前なのか?

――三太苦労すということだろうか。
名にはその者の真が宿る。
三太は…いろいろと大変そうだ。


11.12.22 筆