牛降る夜に

泰明×あかね 京ED後

小説部屋の泰あかSS 「星降る夜に」の続きです。
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「降ってくるシリーズ」?の話をまとめたページを作りました。
よろしければ こちら からどうぞ。













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「泰明さん、今、空から何か聞こえませんでしたか?」
「問題ない」
「ちょうど七夕も近いし、また天界で何かあったんじゃ……」
「神子が不吉な男を心配する必要はない」
「やっぱり、泰明さんにも聞こえていたんですね」
「………問題ない」
「庭に出てみましょう! 誰か落ちてきているかもしれません」

しかし夜の庭はしんと静まりかえり、
桜の木の根方にも人の影はなかった。

「やっぱり気のせいだったのかな……」
あかねは不思議そうに辺りを見回している。

泰明は空を見上げ、声の消えていった方向を確かめた。

「泰明さん? どうしたんですか? あっちの方に何か?」
あかねが尋ねると、泰明は小さく微笑んで首を振った。
「問題ない。案ずるな、神子」

そう言って、泰明はもう一度微笑むと、あかねを引き寄せた。

泰明にとって、七夕の頃は、
毎年のように災厄が空から落ちてくる、一年で一番不吉な時期。

だが、あかねは七夕の伝説を「ろまんちっく」だと言い、
その夜を楽しみにしている。
だから全力を尽くして空からの襲来に備えてきたのだが……。

落ちてきた不吉は、他所に行ってしまった。
今年こそ、あかねと二人、甘く静かな七夕の夜を過ごせる!!!
もう、問題ないのだ。

なぜなら不吉の塊は今頃―――





辺り一面に四季の花々が咲き乱れる夜の庭で、
泰明の言う不吉の塊が、その屋敷の主と対面していた。

「あれ? あなたはみこさんの家にいる仏頂面の人によく似てるけど、違う人ですね」
不吉の塊は、年の頃二十二、三の高貴な雰囲気を漂わせた若者で、
長い黒髪を後ろに垂らし、殿上人の装束を纏っている。

若者に向かい、屋敷の主は丁重に頭を下げた。
「我が名は安倍晴明。
天界の御方、此度の無礼をお許し願いたい」

「空中の私を引っ張ったのはあなただったんですか。
地上界には、仏頂面さんの他にも凄い力を持った人がいるんだなあ。
あ、もしかしてあなた方って親子ですか? いろいろそっくりだし」

「げほげほげほっ……。そっくりとは心外な。いや、嬉しくもあるが……。
ともあれ、七夕の頃には天界の方が地上を訪れると泰明から聞き
この身に命数の残されている間に、是非一度お目にかかりたく……」

しかし、晴明の言葉など気にも留めずに、若者は情けない声で叫んだ。

「力のある人に会えてちょうどよかった!
仏頂面さんのお父さん、牛を探して下さい〜〜〜」





その頃、内裏では「小さな」事件が起きていた。

「んも…」
「んむぅ…」
「もぅも…」

雀のように小さな三頭の牛がふわふわふわ……と
帝の前に降ってきたのだ。

「おお、何と愛らしいのだ!」
「これは……あの……やはり牛……でしょうか」
「おや、怯えているようですね」

幸いと言うべきか、その場にいたのは永泉と友雅だけ。

「んも…」
「んむぅ…」
「もぅも…」

小牛達は震えながら身を寄せ合っている。

「友雅、この小牛達のために美味な草を持て」
「ああ、主上はお優しいのですね。
食べ物をやれば、小牛も安心することでしょう」

「牛が食べる美味しい草……ですか」

「言うまでもないが、このことを他の者に気づかれてはならないぞ」
「それから、あの……なるべく急いで頂けると」
「草が調達できたなら、すぐに迎えに行ってほしい者がいる」
「泰明殿ですね。友雅殿、よろしくお願いします」

「……………畏まりました」

貴族としての教養は十二分にある友雅だが、
牛のエサのことまでは知っているはずもない。
かつてない無茶ぶりを受けた友雅もまた、
天から降ってきた不吉の巻き添えになった一人と言えるだろう。




「天界から地上に通じている穴……と仰るか?」
安倍晴明は、かすかな後悔を覚えながら若者の話を聞いている。

天帝の娘婿に会った、と話していた時の泰明の顔を思い出す。
いつもの無愛想な表情が晴れ晴れした笑顔に感じられるほどの
特別な仏頂面であった。

妻と引き離されたその男を不吉の塊と呼び、
天人に会えたことを喜ばないとは泰明らしいが、
何とももったいないことだと、その時は考えたのだが……。

「私、牛を飼うのが仕事なんで、
大きいのから小さいのまで、たくさん放牧しているんですけど、
天の牧草地はとっても広くて、管理するのもなかなか大変で……。
あ、もちろん仕事はまじめにやってますよ!!
奥さんともう一度暮らすためには、ちゃんとやらなきゃいけませんから」

何度奥さんの話をすれば気がすむのじゃ……。
晴明はため息を押し殺して、話を本筋に引き戻した。
「それで、牛が落ちたという穴は、その牧草地に生じたのじゃな」

「そうなんですよ。天の地面に穴が空くなんて、驚いてしまいますよね。
で、そこに小牛が落ちちゃったんですよ。
たぶん穴はこの辺りに通じてると思うんですけど」

「天界の方では、もう穴は埋めてあるのじゃな」
「そこはぬかりありませんよ。見つけた所はすぐ直しました。
でも数えてみたら、牧草地の小牛がほとんどいなくなってるんです。
今は穴の中をふわふわ落ちてる途中だと思うんで、
最初に落ちた牛の場所が分かれば、そこで回収できるはずなんですけど」

肝心なことは早く言ってほしいものだ。
「して、それは何頭くらいなのじゃ」
「ええと……地上の人には何て言えば分かってもらえるのかな。
私達とは時間とか数の感覚が違うから……ええと……」

晴明の背中がざわざわした。
嫌な予感がする。

しかし、若者は急に素っ頓狂な声を上げた。
「あっ! そうだ!!
牛が全部落ちてくる前に、地上世界の側から穴を塞げば早いんだ!
あなた、凄い力の持ち主だから、穴を見つけてもらえますか?
私、この世界の地理には詳しくないんで。
ああ、穴を塞ぐのは、ちょっと手伝ってもらえれば私がやりますよ。
ご心配なく。
地上に降った牛を探すのは後回しでいいです」

そう言って、若者はにこにこと笑う。

最悪の事態に備えるため、事実だけは確認しておかなければならない。
晴明は、再び尋ねた。
「牛は何頭いなくなったのじゃ」

「ああ、そう言えばまだ答えていませんでしたね。
そうだなあ……分かりやすく言うなら」
若者はそう言って、夜の空を指さした。

「星の数くらいかな」





「ここに落ちてきた理由をさっさと話せ」

「んも…!」 ぶるぶる……
「んむぅ…!」 ぶるぶる……
「もぅも…!」 ぶるぶる……

美味な草を与えられ、帝の膝の上ですっかりくつろいでいた小牛たちは、
泰明の不機嫌な顔を見るなり、ぶるぶると震えだした。

「や…泰明殿、も、もう少しやさしく」
永泉はおろおろしながら牛と泰明を交互に見る。

「怯えずともよい。しっかりと説明するのだぞ」
帝は小牛達を励ました。

「後は頼んだよ、泰明殿」
役目を果たし終えた友雅は、艶然と微笑んでいる。

「んももも…ももぅ」 ぶるぶるぶる……

一番勇敢な牛が、震えながら泰明に何かを訴えた。

「ならば不吉を呼んで天に連れ帰ってもらえ」
泰明は素っ気なく答える。

「あの…泰明殿、小牛は何と?」
「天の牧場に深い穴が空いていて、そこから落ちてきたと言っている。
牛飼いの管理が悪いからこうなるのだ」
「天上に穴とは驚いたが、この三頭は小さいから落ちてしまったのだな」

と、帝の言葉に小牛達はふるっふるっと首を振った。

泰明ははっとして、再び小牛達に向き直った。
「他にも落ちた牛がいるのか!? 詳しく話せ」

「もひっ…も、もぅもぅ…んも」 ぶるぶるぶるぶる……

「何っ!!」
そう言うなり、泰明は身を翻して庭へと走り出た。

「泰明殿!?」
ただならぬその様子に永泉が顔を強ばらせ、
くつろいでいた友雅も、すぐに立ち上がって泰明の後を追う。

夜の庭で、泰明は空を仰いでいた。

「泰明殿! どうしたのだね!?」
友雅の問いに、泰明はゆっくりと振り向いた。

「天から牛が降ってくる。
京を埋め尽くすほど大量に」

皆は声を失い、その場に凍り付く。

しかし、厳しくも確固たる声が沈黙を破った。

「ならば牛を止めるまで!
泰明、準備をせよ。共に術を放つぞ」

「お師匠! 来たのか!」

「よろしくお願いしますね。仏頂面の人。
あ、これだと長いので、縮めて面さんでもいいですか?」
「面ではない! 泰明だ!
やはり犯人はお前だったか、不吉」

「いやだなあ、犯人だなんて大げさなこと言わないで下さい」
「大げさではない。この事態はおおごとだ」
「面さんとお父さんの力を貸してもらえれば解決できますよ。
私が請け合います」

「相手にするな、泰明」
「心得ている。お師匠」



天に向けて泰明と晴明が同時に術を放つと、
京の星空に、眩い光が桔梗の形に花咲いた。

「あ〜っ! 見つけましたよ。穴はやっぱりここの真上です!!
あれ……穴の所に何かいる?」

その場の全員が目を凝らして見上げると、
光に照らされて、夜空をせわしく行き来する牛の姿があった。

牛が移動するにつれ、黒々とした穴が小さくなっていく。
天界から通じる穴を塞いでいるのだ。

「おおっ!! あの牛はまさしく……!!」
帝が感極まった声で言った。

「その通りです、この世界の帝。
あれは天帝の牛。
これまでにも幾度か、貴方にまみえた牛です」

「天界の方よ、余はあの牛に礼を言わねばならぬ。
牛は、京を救ってくれたのだ。
ここに降りてくるように伝えてほしい」
「喜んで」
「ンモ〜〜〜〜〜!」

帝の願いに応え、満天の星空から牛がしずしずと降りてくる。



その後のことを、泰明は知らない。

「やっと終わったか………」
と、友雅と晴明が胸をなで下ろした時にはもう、
「帰る」と一言言い残し、
泰明は家に向かって猛烈な速さで走っていたからだ。










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留守番をしているあかねちゃんのところにも、
可愛い子が一頭くらい降ってきていたらいいなあ。
泰明さんはとってもいやがると思いますが。

で、翌朝、安倍屋敷ではこんな会話が交わされたかも――

「お師匠様の姿が見えないが、どうなさったのだ?」
「本日はかすみ目動悸息切れ関節痛で、絶対に休むそうだ」

「泰明もいないようだが」
「頭痛歯痛腰痛腹痛の欠勤届が出されている」


2014.7.05 筆