聖夜の約束

泰明×あかね 京ED後
「聖夜の邂逅」 と同じ時系列の設定です



「九百九十九体目!!!」
泰明の手から呪符が飛び、夜闇に五芒星が花開く。

「グググ……グワァァァ!!」
術に捕らえられた怨霊は、跡形もなく消え去った。

五芒星の光が照らし出したのは、絶え間なく降りしきる雪と、
白い原の向こうに黒く広がる巨椋池。

ここ洛南で、泰明は一人で千体の怨霊と戦っている。

周囲の兄弟子達は、泰明の戦いの邪魔にならないように松明を掲げるのが精一杯。
つまり全くの戦力外だ。


今日はあかねの大好きなくりすます。
三太という謎の老人が出没する特別で聖なる日だ。

これまで、小さな事件が起きたことがあっても、
最後には二人きりで静かに甘く過ごすことができた。
もちろん今年もそのはずだった。

なのに、なぜこうなるのか。
よりによって、今日という日に、
巨大な怨霊と強力な怨霊と逃げ足の速い怨霊と無数に分裂する怨霊が
京の洛外――極端に離れた東西南北に同時に出現するとは。

怨霊を調伏するため、陰陽寮に勤める陰陽師はもちろんのこと、
出仕していない晴明の弟子達もこぞって各所に急行した。
だが人数が分散したこともあり、どこもかしこも苦戦に次ぐ苦戦。

その結果、

――とにかく全然歯が立たないから助けて!!

という救援要請の式神が、陰陽寮頭と安倍晴明の承認印を携えて、
欠勤中の泰明の家に飛び込んできたのだった。
その時点でもう昼は過ぎていた。

「まあ、大変!!
泰明さん、早く助けてあげて下さい」

あかねに懇願されたら、すぐに行くしかない。

「お祝いの準備をして待っていますね、泰明さん」
「共に祝おう、神子。では、行ってくる」

愛らしくにっこり笑って、あかねは送り出してくれた。



しかし―――

今日に限って、怨霊はどれもが極めて強く、しぶとかった。
しかも出現場所が、それぞれとても離れている。

何とか三体目を倒し、洛南に向かった時にはもう夕闇が迫っていた。



洛南の怨霊は千面鬼。
百面鬼のまがいもののようなやつだが、
千体に分裂するという悪質な怨霊で、
陰陽師達が全滅せず持ちこたえていたのは奇跡に近い。

十体、二十体……、泰明は凄まじい速さで怨霊を倒していった。
だが、一対千の圧倒的な数の違いに、時間は無情に過ぎていく。

それでも、九百九十九体まで来た。

「残るは一体……そこだ!!」
「キィ……キシャシャシャシャ」
「逃がさぬぞ、千面鬼!!」

「すごいなあ、泰明」
「おれ達もよくやったなあ」
「うん、こんな真っ暗になるまでよくがんばったよな」
早くも兄弟子達は感慨深げな様子だが、泰明にそんな余裕はない。

泰明は大きく跳躍すると、逃げる怨霊を飛び越えてその眼前に着地した。
「ギグッ!」
驚いて足を止めた怨霊に、泰明はぺたりと呪符を押しつける。

「これで最後だ!!」
「キィイィ……グファァァ!!」

五芒星の光の中に、怨霊は消えた。

一日がかりの長い戦いは終わった………。
…………………
……………
…………
………

雪の原に静寂が降り、次の瞬間、
どっと上がった兄弟子達の歓声を背に、泰明は全速力で駆け出した。




雪を蹴立てて、泰明はひたすら走る。

これまでの戦いで呪符も式神も使い果たしている。
京に戻るには、自分の足に頼るしかないのだ。

もう夜半は過ぎただろうか。
一刻も早く戻らないと、あかねと一緒に「くりすます」の祝いができない。

しかし気持ちは焦っても、足取りはどんどん重く、遅くなっていく。
疲れを知らぬ泰明とはいえ、一日中戦い続けて無傷ではいられない。
むしろ、満身創痍と言ってもいいくらいだ。

それでも、あかねを思えば痛みなど感じない。
一方、陰陽寮の仕打ちを思うと、極めて不機嫌になる。

――そもそもいつから陰陽寮は、
頭痛歯痛腹痛腰痛という完全無欠な欠勤届を無視するような
黒官庁に成り果てたのか。

遠くで鳴る刻の鐘の音を数えながら、
泰明は夜闇の彼方へと果てなく続く白い道を見やった。

ここで倒れるわけにはいかない。
この先に、神子がいる。
神子が、私を待っている。

その時、上空から別の鐘が聞こえてきた。

どこか聞き覚えのある、落ち着きのないこの鐘の音は……
……違う! ……これは鐘ではなく、鈴だ!!

顔を上げると、ぴかぴか光る桃鼻の鹿が、
こちらに向かって空を駆け下りてくる。

鹿の後ろには三太と大きな袋。
そして一緒に乗っているのは…………

「泰明さぁぁぁぁん!!」
「神子!!」

泰明を乗せると、そりは再び空に駆け上がった。




「お嬢ちゃんは、雪の中で坊やの帰りをまっておったのじゃ」
「とても遅いから、何かあったのかなあって心配になって……。
そうしたらサンタさんが、泰明さんの所まで連れてきてくれたんです」

「神子、私が遅くなったばかりにすまなかった。
お前の身体がこんなに冷え切っているのはそのためか。
二度と私のために無理をするな」
「ごめんなさい、泰明さん。
でも泰明さんもこんなに傷だらけで……。
約束を守ろうとしてくれたんですね。
一緒にクリスマスのお祝いをしようって……」
「当然だ。お前との約束を違えるなどあり得ない」
「泰明さん……ありがとう」
「神子……」

「うぉっほん!!」
サンタが大きく咳払いすると、そりが止まった。
「さあて、着いたぞ」

見下ろせば、真下に二人の家がある。

「わああっ! サンタさんのそりってすごく速いですね……」
「ほうほう、無駄に赤いわけではないのじゃぞ。
速くなくてはサンタは務まらんのじゃ」

「神子、しっかりつかまっていろ」
泰明はあかねを抱えて立ち上がった。

サンタは眉を高々と上げたが、すぐに深く頷いた。
「ふむふむ、坊やなら大丈夫じゃ」
桃鼻のトナカイも、ぴょこんと首を縦に振る。

「感謝する、三太! 」
あかねを抱いて、泰明はそりから飛び降りた。
目指すは庭の桜の木だ。





















二人が無事に着地したのを見届けると、そりは再び走り出した。

「メリー・クリスマス!!
………よくがんばったのう、坊や」

京の雪空を、今年も鈴の音が渡っていく。






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泰明さんがちょっと災難なクリスマス話でした。

で、巨大な怨霊の名前はだいだら、じゃなくてくりぼっち……なんちて。

それにしても、去年に続いて今年もイブの晩にやっとアップにこぎ着けたって……
ぎりぎりなのか遅刻なのか微妙です(汗)




********ちょっとオマケの翌日談********

「お師匠、『頭痛歯痛腹痛腰痛』だけでは
完璧な欠勤届にはならないと分かった。
何が足らないのだろうか」

「ふむ、『かすみ目動悸息切れ関節痛』を加えてみよ。
これらはなかなか辛いものじゃ」

「分かった、お師匠」


2014.12.24 筆