七夕の逢瀬

泰明×あかね 京ED後

小説部屋の泰あかSS 「星降る夜に」の続きです。




季節は巡り、今年も七夕の日が近づいてきた。

そんなある夜のこと。
あかねが、星空を見上げて言った。

「泰明さん、今年の七夕には、
あの二人が無事に逢えるといいですね」

泰明が全力で頷くと、あかねはにっこり笑った。
「じゃあ私、七月七日がお天気になるようにお祈りします」
あかねは天に向かって眼を閉じる。

しかし、あかねの無垢な祈りの傍らで、
泰明は別のことを考えている。

――祈りを捧げる神子は、愛らしく美しい。
その願いがかない、今年こそ何ごともなく過ぎれば何よりだ。
だが僥倖に頼るなど無意味。
すでに準備は………

その時だ。












何者かが庭にどさっと落ちてきた。

「来るのが早すぎるぞ、不吉っっ!!」
反射的に泰明は呪符を構える。

しかし塀の方から聞き慣れた声がした。
「不吉とは何だよ! 失礼だろ、泰明」

泰明は呪符を下ろす。
「イノリか……。
不吉と呼ばれたくなければ、縦方向に落ちるな」

「おい……無理言うなよ」
「ならば『あ』は少なく叫べ。
この家の塀は『あ』を七回叫ぶほど高くない」

「へえ、よく数えたな。
でも言っちまうものは仕方ないじゃん。」

「ならば無言で落ちろ」
「好きで声出したわけじゃねえ」
「では不審者と区別するために名乗りながら落ちろ」

そこであかねが泰明の袖を引いた。
「泰明さん、いいじゃありませんか。
イノリくん、いらっしゃい。どうぞ家に入って。
でも、声をかけてくれたら門を開けたのに」
「でっかい声で呼んだんだぜ。 聞こえなかったのか?」

あかねは、くるりと振り向いて泰明を見た。
「泰明さん、もしかして何かしましたか?」
「(神子と一緒の)夜は(誰にも邪魔されずに)静かな方がいいからだ」

「なんだ、やっぱり泰明の術か。おかげで苦労したぜ」
「ごめんなさい、イノリくん。怪我はなかった?」
「へへっ、このイノリ様をなめてもらっちゃ困るぜ。
で、もう一人外にいるんだ。門、開けてもいいよな」

まさか不吉男かっ!?
身構えた泰明の手には、再び呪符がある。

しかし現れたのは頼久だった。
「神子殿、泰明殿、失礼いたします。
藤姫様からの文をお持ちしました」




「わあっ! 藤姫が七夕の宴に招いてくれましたよ、泰明さん!」
文を読んだあかねが喜びの声を上げた。
「場所は左大臣さんの宇治の別荘で、八葉のみんなも呼ぶそうですよ。
広いお屋敷みたいだから、みんなが泊まっても大丈夫ですね」

泰明の眼がきらりん…と光った。

――左大臣の別荘か。
京から離れた広壮な屋敷は、かなりよい場所かもしれない。

一方、イノリはがっくり肩を落とした。
「そっか。藤姫の招きなら仕方ねえな……」

「どうしたの、イノリくん?
イノリくんは一緒に行かれないの?」
「オレ、今日は子分達に頼まれて来たんだ。
あいつらが、七夕はあかねと一緒がいいって言うからさ。
飾りの作り方も教えてほしいって、楽しみにしてるんだ」

――そうだ! 子供の中に紛れ込めばさらにいい。
二人で隠れるよりもかえって見つかりにくいはず。
何より神子が、こんなに喜んでいる……。

「神子、藤姫に、子供達も一緒に行けるよう、頼んでみてはどうだ。
何日か前から滞在すれば、飾りの準備もできる。
無論、私も手伝おう」

「や……泰明…殿、今、何と……?」
「泰明……お前、具合でも悪いのか?」
「問題ない」

「泰明さん、ありがとう!
でも、陰陽寮をいきなり何日もお休みして大丈夫なんですか?」

実は、いきなり……ではない。
七夕休みは、泰明が以前から計画していたことだった。
あの不吉迷惑男が最初に降ってきたのは、七夕が近づいた夜のこと。
つまり七夕の前から対策を取っておくべきなのだ。

それには、あかねを連れて旅に出るのが一番と考えていたのだが、
京を離れるなら、あかねが喜ぶ所に行くのがいい。

「欠勤する分の仕事は、いつもの倍以上働いて終わらせたから問題ない」
「このところ早出と残業が続いていたのは、そのためなんですね。
私、陰陽寮って黒官庁だったのかもって、ちょっと疑ってましたけど、
それなら本当に『問題ない』ですね。
すぐにお返事の文を書きます!」

「私も、頭痛歯痛腹痛腰痛届けをまとめて出しておこう」


こうして、七夕は宇治でにぎやかに過ごすことになった。





そして、七月七日。

その日は朝から清々しく晴れ渡り、
夜になってからも、美しい星空には雲一つ無い。

今宵天界では、年に一度の逢瀬が叶ったことだろう。

地上の宇治の別荘では、藤姫、八葉、イノリの子分達も揃い、
賑やかな宴が続いている。

宴席の前庭には、あかねと子供達が何日もかけて飾り付けた笹が揺れ、
色とりどりの短冊には、みんなの願い事が書かれている。
子供達も、あかねから教わって一生懸命文字を書き付けた。

宴もたけなわとなり、みんなに請われてあかねが「七夕」の歌を歌うと、
永泉がすぐにその旋律を笛で奏でた。
友雅が琵琶を取り、永泉の笛に和す。

「ステキな七夕になりましたね、泰明さん」
歌い終わったあかねは頬を上気させてにっこり笑った。

「そうだな、神子」

――本当によい夜だ。
私の隣には神子がいる。
二人きりが望ましいが、皆と一緒に笑い会う神子は幸せそうだ。
神子が幸せであるなら、私も満たされる。

天界の二人が再会を果たせたなら、
もう不吉は天から降ってこないだろう。
今年は無事に七夕を乗り切ったのだ。

よい夜だ………。

泰明は天の川を見上げて微笑んだ。





しかし翌日の夜、二人が京に戻ってみると、
家が黄金色の神々しい光に包まれていた。

泰明が庭に飛び込むと、桜の木の下に
あの不吉男が立っている。

年の頃は二十二、三。
長い黒髪を後ろに垂らし、殿上人の装束を纏っているのは以前と同じ。
だが、目も眩むほどにきらきらと輝いている。
光の元はこの若者だ。

「みこさん、仏頂面の人、こんばんは。
お久しぶりですね」
若者が頭を下げると髪が揺れ、装束も揺れ、
その動きと共に光の粒子がきらきらと飛び散る。

「無事に逢瀬はできたはず。なぜだ!」
「こんばんは。今年は無事に奥さんに逢えたんですね」
「あは、みこさんには分かっちゃいました?」
「分かりますよ。幸せオーラがいっぱいですもの。
本当によかったですね」

「幸せおおらとは何だ、神子」
「無粋なことは言いっこなしですよ、仏頂面の人。
幸せ気分が溢れてるってことでしょ?
あなただって、そうじゃありませんか」

「私が……?」
「あれ、気づいてなかったんですか?
みこさんもあなたも、いつだって燦めいてるじゃありませんか。
いいなあ、いつも一緒で。
………って、うっかり忘れてました。
今日はお二人にご挨拶に来たんです」

「来なくていい」
「遠慮なんかいりませんよ。
礼儀を欠いてはいけませんからね。
奥さんと逢えた年は、日頃お世話になってる人達に挨拶しないと。
つまり、挨拶回りを終えるまでが七夕ってことです」

「以前、七月七日が晴れた年には来なかったはず。
なぜ今年に限って挨拶など」
「あ〜、お義父さんに書類をいっぱい書かされて忙しかったんですよ。
始末書って、面倒ですよね」

「わざわざ来てくれてありがとうございました。
また来年も奥さんと逢えると……いいえ、
今度こそ、お義父様が許してくれるといいですね」
「ありがとう、やさしいみこさん!!!!
希望を持って、牛飼いの仕事に励みますよ。
じゃあ私はこれで………あれ?」

急に若者はそわそわして周囲を見回した。

「どうしたんで………
んむぐっ! むぐむぅぅぅ(なぜ口を塞ぐんですか! 泰明さん)」
「何も尋ねるな、神子。厄介事に巻き込まれる」

「牛がいない……。
おかしいなあ、そこに待たせてたのになあ……」

「神子、眼を合わせるな」
「んむぐっ(合っちゃいました)」
「みこさん、心当たりはありませんか?」
「もしかしたら、帝に会いに行ったのかもしれませんよ。
牛さん、帝になついてるみたいですから」

「そうか! そうですよね!
じゃあ、帝にもご挨拶してきます」
「道案内などしないぞ」
「ええっ!? 仏頂面の人は厳しいなあ。
でも安心して下さいね、みこさん。
今日の私は無敵ですから大丈夫」

若者はそう言うと、ひらりと宙に飛び上がった。
「じゃ、行ってきま〜〜〜〜す。
みこさん、仏頂面の人、来年までお元気で〜〜〜〜!!」

そして若者は黄金色に輝きながら、夜空を駆けていった。

――来年?
来年も来るのか?
無事に逢瀬できてもできなくても来るのか。

「行っちゃいましたね……」
あかねが眼をぱちくりしながら泰明を見上げた。
驚いたその表情は、とても愛らしい。

そこで、泰明は気がついた。

やっと二人きりになれたのだと。

「神子……」
「はい、泰明さん?」
「もう一度、歌ってほしい。
今宵は、私だけのために、お前の世界の七夕の歌を」

少し頬を赤らめて、あかねはにっこり頷いた。

花びらのような唇から流れる歌声に、
泰明の胸の鼓動が痛いほどに高まる。

――そうだ。不吉など気にかけることはないのだ。

歌い終えたあかねに手を差し伸べ、
腕の中に柔らかなぬくもりを抱き止める。

私は神子と共にある。
だから、いつ何が降って来ようと……

「問題ない」




その夜、内裏では不思議な騒動があったらしい。
だが、帝は鮮やかな手腕でそれを治めたという。

若者がその年も始末書を書いたかどうかは、定かでない。










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一日遅れのアップですが、恒例?の七夕SSでした。

今回は「彼」が降らなかったので、
イノリくんに落下してもらいました。

で、金色が無敵状態なのは、ゲームではお約束かな(笑)。


2015.7.08 筆